87. 合宿
アスタがうちの別荘を使えばいいと言ってくれたので、今年もオルレアン家の別荘で合宿が行なわれることになった。
OBと部員以外にもキールと今回はレイモンドも参加している。
「剣鬼様に昨年の魔術大会でやばい魔力量を解き放って問題になった優勝チームのリーダーアレク様と、あぁ、あとあれはまさかレイモンド王子ではないですか」
「あぁ、君が新しく入った子か」
レイモンドがクリスを見てニコリと微笑む。
国の王子をこんな間近でまして会話をすることなんて想像していなかったクリスが緊張のあまり口をパクパクさせている。
アスタはよく部室に顔を出していたが他の三人に対しては初対面、それもみな学園で名前を知らないものはいないだろう、豪華なメンバーだ。クリスが興奮を通り越し青ざめるのも無理もない。
確かに改めてみるとその三人だけでなく、ローズマリーも忘れがちだが公爵家の一人娘で次期王太子妃になるかもしれない人だし。アスタもなんだかんだ言って天才魔術師と言われている。
メアリーにいたっては、昨年の放送以来聖女様と一部でファンがついてしまった。
前回の人生では平平凡凡でのんびり過ごしていたのに、二度目の人生は波乱に満ちた、場違いな世界に飛び込んだことに思わず笑えてくる。
「アンリ!」
「キール」
キールとアンリは離れていても変わりなく仲良くやっているようだ、でもすぐに会える距離ではないので今日は久々の再開にどちらも初々しい雰囲気をだしている。
そしていつのまにか呼び捨てになっている二人に、どこからか風魔法で攻撃が飛んでこないかユアンが身構えたがそれは起きなかった。
「アスタ先輩も随分成長したんですね」
おもわずそう漏らしたユアンは次の瞬間風で後ろに吹っ飛ばされた。
「大丈夫ですかユアン」
メアリーが慌てて駆け寄って来る。
「やっぱり大人げないなあの人は」
メアリーに起こしてもらいながら、去っていくアスタの後姿を眺めユアンが苦笑いをこぼす。
「ありがとうメアリー」
「どういたしまして」と微笑むメアリーはもう天使にしか見えない。
しかし改めて見るとカップル率の多い現場だ、ここで一人なのはアスタとアレクの兄弟だけなのに気が付く。ルナとクリスはまだ付き合っていないが、時間の問題だろう。
そう思ってふと見れば、目の前でアスタに駆け寄るルナの姿が目に飛び込んできた。
そして仲良く屋敷の中に入っていく。
「ルナ! クリスはどこにいる?」
慌ててユアンが首を回す。メアリーが指をさしたその先ではクリスはまだレイモンドと話し込んでいるのが見えた。
(おいおい、王子と話しこんでいる場合じゃないぞ)
ルナとアスタはブラコン、シスコンということで妙に意気投合している節がある。確かにここには、前回の人生とは違って、出会ってしまったキールとアンリ。破局しなかったローズマリーとレイモンド。付き合う時期が早まったユアンとメアリーという組み合わせが存在する、だから、クリスではなくアスタとルナの組み合わせだって、絶対ないとはいいきれないことにふと気が付いてしまった。
ユアンが首を振る。
アスタのように、妹を過剰に過保護に扱う気はないが、兄としてアスタはちょっと妹の恋人としてはいただけない。
いやアスタは優秀だ。とっても。将来だって明るいだろう。妹に向ける愛情は計り知れないから、それを恋人に向けてくれれば、きっと恋人も幸せだと思う。
それでもだ! それでも、その組み合わせは無理だ。アスタ先輩が義弟になるのも考えただけで鳥肌ものだ。
これはこの合宿中にクリスの株をあげる必要がある。
何かを考え込むユアンに、メアリーが首を傾げながら見つめる。
「ユアンまた一人で考え事ですか」
メアリーはいつもこうやって一人で問題を抱え込もうとするユアンを心配気に見詰める。
「いや、考え事というか、ルナは好き人とかいるのかなって」
珍しく問題を口にしたユアンに、それもそんな可愛らしい問題にメアリーの顔がぱっと明るくなった。
「やっぱりお兄様としては心配ですか?」
コロコロと鈴が鳴るように笑う。
「それなりにね」
「確かに、気になりますよね」
メアリーも何かを察するように、まだ話し込んでいるクリスともう姿が見えないルナとアスタが消えた先を見て小さく笑う。
「でもきっと大丈夫ですよ」
どっちに転ぶのが、とは聞かなかった。
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