56. 王子再び

「だいたいの話はアレクにここに来るまでに聞かせてもらった」


 アンリが機転を利かせてアレクにギフトの力を使って状況説明をしておいてくれたらしい。


「私の耳にもここ最近、妙な噂が流れてきていて当惑していたところだ」


 レイモンドが眉間にしわを寄せる。


「たぶん昔の私ならそんな噂も信じていたかもしれない。でも今はその噂がいかにでたらめなことか私も理解してるつもりだ」

「レイ様」


 ローズマリーがウルウルした瞳でレイモンドを見詰める。


「魔法学部の三年のほうでもあまりよくない噂が流れている、これは裏で噂を流している奴が必ずいるはずだ」

「いったいなんで……」


 ローズマリーが沈んだ面持ちで呟く。


「マリー嬢を嫌っている、もしくはフローレス家に恨みを持つものとか」


 本当にそうなのだろうか?

 フローレス家は公爵家であるが権力だけで暮らしているような貴族ではない。

 商売も手広くやっていて娘の悪い噂程度で傾くような家柄ではない。


 前の人生でも婚約破棄後ローズマリーは表舞台に出ることはなくなったが、それでフローレス家がどうこうなったという話は聞いていない、寧ろその後事実無根だとわかるやいなや、その矛先はローズマリーと婚約を破棄し安易に縁を切って解決しようとしたレイモンドに非難が集まったのだ。

 そこまで考えてユアンが口を開いた。


「これは、フローレス家に対するものではないのかもしれません」

「それはどういうことだ」


 レイモンドが訊き返す。


「まず、マリーさんの悪い噂を今更流したところで、関わったことのある学園の生徒はもうマリーさんがどういう人柄かだいたいわかっているのであまり意味はありません」


 ユアンが続ける。


「つぎに、フローレス家もこれくらいの噂で揺らぐような貴族ではありません。慈善活動も手広く手掛けているので民衆からの支持も高いです」

「フローレス家が目的でないのなら」

「これは殿下を陥れる罠かもしれません」

「私か……」

  

 レイモンドが渋い顔をする。しかしそこの驚きの表情はない。たぶん同じことを考えていたのかもしれない。

 正式な発表はまだしていないが、ローズマリーはレイモンドの婚約者だ。いずれは王太子妃になるかも知れない令嬢の悪い噂が広まれば、生徒はそうでなくてもその親たちからはそれに真偽を問う声があがるだろう。

 そしてそんな令嬢とそのまま婚約した場合レイモンドもその矢面に立たされるだろう、だからといって婚約を破棄した場合も公爵家の大きな後ろ盾を失ううえ、その後誤解が解けた場合、やはり王子の人を見る目について疑問がとわれてしまう。


「ありえない話ではないな」


 アレクが言った。


「これは早急に真相を確かめ、噂を払しょくしなければならないな」


 深刻な面持ちでレイモンドが頷く。


「皆は自分たちの学年や学部でどんな噂がどの程度噂が流れているのか、そしてそれをいったいいつどこで耳にしたのかすまんが探りをいれてくれないか」


 レイモンドの言葉に皆静かに頷いた。 

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