50. 小さな悩みは吹き飛んだ

「おい、みんな心配してるぞ」


 お昼が過ぎても帰ってこないユアンをキールが迎えにくる。


「うん……」

「で、何があったんだよ」


 迎えには来たが、とりあえずユアンの横に腰を下ろす。

 簡単な経緯は聞いたが、なぜユアンがその場を立ち去ったのか、キールを含めみんなにもわからなかったからだ。


「なにがっていうことでもないのだけど」


 ユアンがポツリと呟く。


「メアリーが醜かった時の僕を本当は知っていたんだって気が付いたら、なんだかあの場にいるのがすごく恥ずかしくなって」

「醜いって──」


 あきれ顔でユアンを見る。


「なんだそれ。だいたい昔からの知り合いだったんじゃないのか?」


 それに対してユアンが首をかしげる。


「だって、前に誤解がどうのこうのって悩んでたのメアリーのことだろ」

「なっ、なぜ!?」

「見ていればわかるよそれぐらい」


「これでも幼馴染なんだぞ」とキールが言う。


 ローズマリーに続きあの恋愛というものに鈍感なキールにすらバレているとは、もう確認しなくても魔具研の全員が気が付いているに違いない。もしやメアリーも、と思ったがそれはないだろうと首を振る。


「確かにそうなんだけど、彼女は僕を同一人物だと気がついていないと思っていままで接してきたのに」


 甘いものが少し好きだけど、スマートでちゃんと自分の体重を管理できる男。そんな虚像を勝手に作り上げていた。


「はあ?」


 鼻で笑われる。


「ユアンは昔からウダウダ考えすぎだ。太っていたことのどこが恥ずかしいんだ。俺は太っている姿も可愛くて好きだったぞ。それを醜いなんて」


 本心なのだろう。キールはお世辞なんて言わない。


「それと彼女は見た目で人を差別する人間じゃないと証明されたわけだろ、よかったじゃないか」

「…………」


 確かに、言われてみれば。彼女はあの十二歳の太った食い意地のはった情けないユアンを知っていながら、今も笑顔で隣にいてくれているのだ。

 さらにいうなら前回の人生ではそのまま太ってたユアンと結婚までしてくれているではないか。

 死の間際、太っているせいでメアリーを助けられなかった。という思いが強すぎて、いつの間にか太っていた頃をユアン自身が嫌悪していたようだ。


(太ってたことを恥ずかしいと思うのも、情けないと思うのも自分なのに、ただ黙っていたメアリーを一瞬でも陰で悪口を言っていた昔の同級生と同じように感じるなんて)


 ユアンは、自分のほっぺたを力いっぱい両手で挟むように叩いた。


「あぁ情けない」

「本当。だが情けないのもウジウジなのもひっくるめてユアンだから」


「なんだそれ」と言い返したかったが思わず吹き出す。


「ほらもう帰ろうぜ、ランチがなくなっちゃうぞ」


 そのセリフで帰ったらそれこそただの食いしん坊みたいじゃないか。と笑ったが、そこで急にお腹が減っていたことを自覚する。


「あとメアリーも確信はもててなかったらしいぞ、ルナの土人形お兄様を見て洗礼パーティーで出会った少年がユアンだったと確信したらしい」


 キールが言った。


「それにわざわざ確認する必要もないことだったんだろう」


 興味がないからとかではなく。と付け加える。


「あの時最後のカップケーキどうしても食べたくて泣いていた男の子ですよね。とは聞きづらいだろ」


 ププッとからかうように笑う。それから「まあそう言われたようなものだと考えると、確かに恥ずかしいか」と、なんだか一人で突然納得する。


「なんだよ、やっぱり僕は恥ずかしい奴だったてこと?」


(別にカップケーキが食べたくて泣いていたわけではないのだが)


 事情も知らないキールに思わず口を尖らして抗議の声を上げる。それからお互いアハハっと笑った。


「でも本当に、土人形お兄様を見るまで、太ってたなんて全然感じさせないし格好良いから別人だと思ってたらしいしぞ」

「格好良い」


 ピクピクと口元がうれしさで緩む。


「今回だって。ルナの泥人形が可愛かったから、そのイメージで作っただけなのに、お前があんな反応するから、メアリーもお前を傷つけたんじゃないかと心配してるぞ」


「可愛い、あの太った土人形が?」


 そう言いながら、その耳は真っ赤だ。それを見ながらキールがさらに続ける。


「よく見たのか?可愛いかっただろ熊のぬいぐるみみたいで」


 なんだかさっきまで色々悩んでいたことが馬鹿らしくなってきた、別にメアリーが気が付いていてもいなくても接し方が変わったわけではないのだし、二人の出会いは前の人生と同じ洗礼パーティーに戻ったんだ寧ろよかったではないか。

 その時ユアンの腹の虫が早くしろと急かすように鳴り響いた。


「戻るか」


 キールがどっこいしょとばかりに腰を上げる。


「ところで、朝のアレク先輩との勝負はどっちが勝ったんだ?」


 何かこのまま黙って付いていくのが気恥ずかしくて話題を振る。


「勝ったというか、認めてもらった感じかな?」

「認める。何を?」

「アンリ先輩との婚約」


「……っ!え──────!!」


 全てが吹き飛ぶ衝撃。


 ユアンの亀の歩みのごとく進まない恋の進展を、キールは全て吹っ飛ばしていきなりゴールテープを握ったようだ。


「えっ、いつから?」


 キールのことだから、自分の恋心にすら気が付いていないと思っていたのに衝撃の告白である。


「いつから付き合ってたの?」


 しかしユアンの問いにキールが首をかしげる。


「まだ付き合ってないぞ」

「だって今!婚約って」

「アレク先輩が俺に勝ったら婚約を許そうっていうから」

「まてまて、順番がおかしいだろ、まずアンリ先輩と付き合ってから、婚約の許可をもらうんじゃ」


 アレクの許可が本当に必要なのかもわからないが、それでもまずアンリの気持ちの確認が先である、そして、先で言うなら許可も婚約でなく交際が先だろうに。


「そうか?」と、キールが首を捻る。


「でもアレク先輩に言われて初めて俺気が付いたんだ、俺はアンリ先輩を好きだって」


 しかしキールは動じない。キラキラした瞳で強く言い切る。そしてユアンの肩をガッとつかむと。


「大丈夫、アンリ先輩を俺は絶対幸せにするから」


 はたから見てもアンリ先輩もキールのことを好いているのはわかるし、あの兄弟が認めたのだったら、この祭もう順番などどうでもよいのかもしれない。

 これからアンリがお茶会や舞踏会に出席することをあの兄弟が許すとも思えないし、ならばもう身元がはっきりして優良物件であるキールを認めてしまったほうが良いと思ったのかもしれない。とユアンは考えた。


「本当に……僕の幼馴染はすごいよ」


 毎度何かあるたびにうじうじ悩んでいるのが、キールを見ていると本当に馬鹿らしくなる。

 

「あと、ユアン」


 さっきまでとは違い真剣な表情でじっとユアンの目を覗き込む。


「どうしたんだよ改まって」

「他にも悩んでいることがあったら、ちゃんと話すんだぞ」

 

 ドキリとする。真剣な眼差し。きっとキールには下手なごまかしは通用しない。


「うん。いつか、いつかきっと全て話すよ」


 ユアンはそう言って笑った。

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