第20話 サキュバス流サークルクラッシュざまぁ!

 ラーメンをチュルチュルと啜りながら、ハルソールのお友達の方へ目を向けてみた。


「おめぇは言われたこともできねぇのかよ!オレが喰いたいのはうどんだぼけ!ラーメンじゃねぇよ!」


 厳つい感じの男子が気弱そうだけど美形な男子に向かって怒鳴ってた。怒鳴られてる男の子の耳はよく見ると少し尖っている。どうやらハーフエルフっぽい。ウェスタリス大学付属の制服を着ているから彼らの同級生だろう。亜人種の子は他にもいた。猫耳生やしてる女の子や二本の角を生やした鬼の女の子等々。座っているリア充共と違って、亜人種の子たちは立たされていた。


「でも頼んだ時はラーメンだって」


「うるせえよ!口答えすんな!お前が列に並んでるときに気分が変わったんだよ!」


「そんなぁ…」


「まったくお前たち亜人共は人間の心がわからないからこんなくだらないミスをするんだよなぁ。お使い一つ出来ない奴は人間じゃないんだよ!ぎゃははははは!」


 彼らの足元にラーメンのお皿が落ちていて、中からこぼれた面とスープが床を汚している。亜人種の子たちは屈辱に顔を歪ませながら必死に耐えていた。ふざけた光景だ。どう考えてもいちゃもんつけてるだけだ。ハルソールのお友達たちは男女問わず、詰られている亜人種の子たち相手に蔑みの笑みを浮かべてる。人をいたぶって楽しんでる。


「あれは何なの?あなたの御友達は秋の空のビッチ並みに気分がころころ変わるの?」


「ビッチだって注文内容は変えないと思うんですけど。あいつらいつもあんな感じなんです。亜人種の人たちが嫌いみたいで…。わたしは何度注意したのに、すぐに忘れて繰り返すんですよ…」


 ハルソールは気まずそうに目を伏せている。恥じているようだ。マジョリティのヒューマンから亜人種への差別感情はかなり根強いものがある。憲法や法律で差別を禁止してもちっともなくなりはしない。亜人種の人たちを人間扱いしない卑劣な者たちがこの国にはごろごろいるのだ。


「あなたは嫌がってるみたいね?なのになんであいつらと一緒にいるの?」


「…だって彼らがクラスの中で一番強いから。強い人たちの仲間じゃないとわたしがいじめられちゃう」


「だから媚びるの?あんなやつらに?」


「仕方ないです。私強くないんです。女だから弱いまま。強い人見つけて依存してれば守ってくれます。でもでも楽ですよ。いつもニコニコして、たまに意味深な事だけ言って、適度にヤレそうな雰囲気だすだけで彼らは勘違いしてくれて毎日平和に過ごせますもん」


 この子の言っていることに腹が立った。サキュバスでもないのに、男のこと機嫌をとることばかり考えてる。…なんでサキュバスでもない普通の女の子がこんな悲しいことを言ってるんだよ?


「やっとわかった。だからあなたはビッチなのよ…」


 なんてことはない。ビッチなんてどこにでもいたんだ。女の色香を使って利益を追求する卑しい行動は忌むべきだ。だけどそうせざるをえない可哀そうな女たちはあの遊園地だけにしかいないわけじゃなかったんだ。


「そうですよね。わたしはビッチなんでしょうね…」


 ハルソールは寂し気な笑みで自嘲した。せっかく美人なのにちっとも綺麗に見えない。それが私をさらに腹立たせた。すぐにラーメンとライスを食べて容器を空にする。


「これ片付けてきて。あなたみたいな媚びることしか能のないビッチには相応しい仕事よ。すぐにやって頂戴」


 私は容器の載ったトレーをハルソールの方へ押す。彼女は私の方へすごく悲しそうな目を向ける。だが私がきっと冷たい目をしていたんだろう。すぐに目を逸らしてトレーを持ってカウンターの方へとぼとぼと歩いていった。こうして私は一人になれた。


「でも多分わたしもビッチなんだ…仕方ないよね…」


 私はスカートを腰のあたりで追って引き寄せて短くした。そしてブレザーの前を開く。そしてまだ半分近く残ってるタピオカミルクティーのカップを持って私は立ち上がり、彼らの方へ歩いていく。歩きながら私は髪を纏めているゴムひもを外し、シャツのリボンを外して、胸元を少し開いた。きっとこれで多少は派手に、そしてビッチ臭く見えてくれるだろう。


「ちょっといいかしら?」


 ハーフエルフの男子を詰っている厳つい男子に私は声をかける。


「あん?俺たちに何の…わっ…すげぇ…」


 ハルソールのお友達たちの男たちは私のことをジロジロと舐め回すように見ている。鼻の下がだらしない。だけど


「えっと…先輩は俺たちになにか御用ですか?」


「私もあなたたちのお仲間にいれてもらっていいかしら?」


「え?まじ?こんな美人が?どうぞどうぞ!」


 厳つい男子や他の男子は私のことを歓迎してくれた。わざわざ椅子を持ってきてくれて、恭しく丁寧に私をエスコートしようとした。リーダーの男だけは私に戸惑いの目を向けている。だけど私がサキュバスであることを口にはしなかった。ハルソールが騒ぐなっていったのをまだ律義に守っているようだ。もっともこの男も私の胸の谷間に視線を向けてるし、お察しって感じではあるが。


「お気遣いありがとう。でも椅子はいらないわ。私はここに座るから」


 私はあえて彼らの使っているテーブルに座ることにした。これで視線は彼らよりも私の方が上である。


「誰よあんた。ちょっと偉そうなんだけど」


 声の聞こえた方を見下ろすと、派手女子たちが私のことを睨んでた。私が気に入らないようだ。


「てかあんた!噂のサキュバスじゃん!なんでこんなところにいるのよ!捕まったって話じゃないの?!」


 女子さんはすぐに私の正体に気がついたようだ。


「別に捕まったわけじゃないわ。だからここにいる。私は自分のいたいところにいる。だから今ここにいる」


「意味わかんないんだけど!つーかこんな奴追っ払ってよ!サキュバスと一緒にいるとかありえないし!」


 女子の一人が男子たちに私の排除をおねだりしはじめた。だけどそんなのは無意味だ。


「え?別によくね?俺たちの仲間になりたいって言ってるんだし…」


「だよな。てか新しい仲間なんだし仲良くしろよ!」


 男子たちは女子のお願いを蹴っ飛ばす。彼らはすでに私の魅了の影響下にいる。普通の人間の女の子じゃ私の魅了を超えて男子に影響を与えることは出来ない。


「ありがとうね。私とっても嬉しい!」


 私は尻尾を生やして、その先っぽで男子たちの頭を撫でてやった。それだけで彼らは頬を赤く染めて鼻息を荒くする。


「目を覚ませよ!そいつはサキュバスだよ!人間じゃない!騙されてるよ!」


 派手女子の皆さんは男子たちに必死に呼びかけるが、無駄だし無意味だしむしろ滑稽でとてもとても哀れ。可哀そうに男子たちは私のことに夢中なのだ。


「そんな…ひどい…。私はサキュバスだけど…。でも…あなたたちと同じ人間だよ。たしかにヒューマンと違って角とか尻尾とか違うところもあるけど…同じ人間だよ…」


 角の方も生やしてから、私は顔を伏せて声を震わし涙を流す。サキュバスになって獲得した能力の一つに感情の擬態がある。私たちはいつでも泣けるし、笑えるし、怒れる。心と乖離した感情を表にいくらでも出すことが出来る。つまり演技が極めてうまい。男を騙すことに特化した技能。これも異能ではなくあくまで身体の操作力でしかない。だからレジストは決して出来ない。私の涙を見た派手男子たちは派手女子に向かって起こりはじめた。


「お前らいい加減にしろよ!なに先輩のこと泣かしてんだよ!」


「そうだぞ!先輩が可愛いからどうせ嫉妬してんだろ!マジだせぇんだけど!」


「つーかちょっと角生えてたり、尻尾生えてるくらいで人間じゃないとかひどすぎじゃね?先輩に謝れよ!」


 男子たちが口々に女子たちを責め始める。かなり強い口調の上に声音が荒い。だから女子たちはビビってしまいすぐに泣き出してしまった。馬鹿馬鹿しい。見ていて哀れにさえなってくる。だけど言質は取れた。


「ねぇ。今尻尾生えてても角生えてても人間って言ったよね?じゃあ彼らも人間だよね?」


 私は亜人種の子たちの方を指さした。男子たちは一瞬戸惑いの表情を見せたが。


「ああ、あいつらも人間だ」


「そうそう。俺たちと同じ人間だよ」


 まったく根性の無い奴らだ。女に言われるがままあっさり差別思想を捨ててくれた。まあ今だけだとは思う。どうせすぐにまたやらかすんだろう。


「だよね。皆同じ人間だし仲良くしなくっちゃ。でもその前に、それ片付けて。汚いのはいやなの」


 私は床に零れたラーメンを指した。派手男子たちは戸惑ってる。彼らはコミュ障じゃないから、私が彼らに頼んでることくらい重々承知だろう。でもプライドがあるからやりたがらない。


「私、綺麗好きな男の子が好きなの…」


 だからちょっと駄目押ししてやる。それだけで男子たちは我先にと床に伏せて、グチャグチャに広がったラーメンを片付け始める。割れた皿の破片を集めて片付け、麺や具を拾ってビニール袋に入れたりした。床のスープを拭こうとして、近くの台からペーパータオルの詰まった箱を持ってきた。だめだめ。そんな横着は認めない。


「ねぇ。もっとエコにやりましょうよ。ペーパータオルなんてもったいないわ。床を拭くなら他にあるでしょ。ほら。あなたたちが着てる服とか」


 派手男子たちは私に対して許しを請うような目を向けた。でもこの期に及んで反抗しないんなら、もう抵抗なんて出来やしない。


「私、皆の為に自分の身を汚せるような男らしい子と付き合いたいなぁ…」


 こんなくだらない一言だけで彼らは奮起した。着ていたブレザーを脱いで、それで床を拭き始める。あまりにも可笑しな光景に私は内心腹を抱えて笑いたかった。サキュバスの技能のおかげでそんなみっともないことはせずに済んだけど。


「終わりました!どうですか?ぴかぴかですよ!」


 馬鹿な男たちはブレザーを犠牲にして床を綺麗にした。みんな私に褒めてもらいたがってる。アホ。


「すごーい!ありがとうね!みんなお疲れ様!」


 こんなちょうどうでもいい言葉だけで彼らは誇らしげな表情を浮かべる。もともといちゃもんつけて床にぶちまけたのはこいつらなのになんでドヤ顔してるんやら。


「わたしね。思ったんだけど、皆ってブレザー似合ってるよね…でも脱いじゃったのは残念かな…」


 我ながら馬鹿っぽい。だけどこれでも十分。彼らはすぐにブレザーを再び羽織る。スープが染み込んだ臭いブレザーを!


「うんうん!似合ってる皆すごくかっこいいよ!」


 後からちょっと噴き出す声が聞こえた。亜人種の子たちが必死に笑いを堪えてた。彼らと目が合う。私は派手男子たちに見えないように小さく親指を立ててアピールした。彼らにはそれで何かが伝わったような気がする。


「こんなにかっこいい男の子たちに囲まれて私すごく幸せ…本当にそう思ってるよ…」


 今私は派手男子たちに向かって渾身の恋する乙女フェイスを作って向けてやった。吸精できるくらいに彼らが私に向ける感情は高まっている。皆わたしとヤリたいだろう。あるいは愛されたいだろう。だけど古来より男とは女を得るために争うべき生き物と定められている。一匹の雌が受け入れられるのは一匹の雄のみ。それが摂理であり真理であり、絶対のルール。


「でもね。お付き合いできるのは一人だけだから…。だからね。一番強い人と付き合いたいの…ね?誰が一番強いのか、私に教えて…お願い…」


 私は祈るように手を組み、彼らにおねだりした。いいや言葉を誤魔化してはいけない。私は彼らに命じたのだ。互いに潰しあえと!そしてこの後はなし崩しだった。


「お前のこと昔から気に入らなかったんだよ!」「ふざけんな!お前こそ、うぜぇんだよ!」「俺が一番なんだよ!」「俺の方が彼女にふさわしい!」


 男たちは私を巡って殴り合いの喧嘩を始めた。亜人種の子たちはドン引きしてた。確かにあまりにも滑稽だ。でも私は楽しい。この光景に胸が熱くなる。原始的本能に火がついて体がとてもとても熱くなる。


「ヤりたいのぉ?そんなに私とヤりたいのぉ?っ…ン…ああっ…あ…ん…はぁはぁ…」


 震えるような甘い熱が私の体を包みこんで弄る。私は派手女子たちの方へ目を向ける。彼女たちは争い合う男たちを見てショックを受けたらしくボロボロと涙を流してる。その顔に堪らないほどの優越感を感じてしまう。


「抱きたいんだね!そんなに私に愛されたいのね!んんっ…あはっ…ああ…っん!」


 駄目だった。声が漏れるのを止められない。これじゃ本当にビッチじゃないか。


「だめなのにぃ。こんなのだめなのにぃ。私なんかの為に争っちゃダメなのにぃ…あはっ!はは!あーははははははっはははっははははは!」


 嗤い声が止まらない。目の前に繰り広げられる暴力はすべてこの私の為に引き起こされたもの。私の愛を手に入れるための生存戦争。なんて浅ましく醜く儚くそして麗しいんだろう。男たちが互いに傷つけあっていく光景は堪らなく愛おしい。


「なんで笑ってるのよ?なんであんたはこんなの見て笑ってるのよ!変態!最低!あんたなんてクズだ!淫乱女!」


 女子の一人が涙目で私のことを睨んでる。でも声に力はないし、迫力もない。きっとわかってる。私に勝てないってことに。


「ほんとは羨ましいんでしょ?私のことが」


「そんなわけあるか!こんなの怖いだけ!気持ち悪いのよ!あんたは!」


「羨ましいくせに。どうせ普段はちょっとお茶をおごってもらったり、デート代だしてもらったり、荷物持ってもらったり、メールの返信速度と数を確認したり、そんなチンケなことを男にさせて。それで女の価値を計ってるんでしょ?男に奉仕させて貢がせて女の値段を決めてるの。そしてその値札を見て悦に入ってる。でもそんなのやっぱり小さいよ。私たち女の子は、男に殺し合わせて初めていい女って言えると思うんだ」


「そんなこと考えてるのはお前だけだ!このくそビッチ!」


「でも気持ちいいよ!ビッチになるって気持ちいいの!あはは!あはははははは!」


 殴り合う男たちを見ながら私は高笑いを続けた。一人また一人と傷つき気絶して床に倒れていく。そしてとうとう最後まで勝ち残った一人が現れた。満身創痍と言った感じでボロボロ。ある意味順当な結果で、最後まで残ったのはリーダー格の子だった。


「勝った…!俺が勝ちました…!ぐぅ…」


 立っているのがどうやらつらかったようで、痛みに耐えながらも床に膝をついた。なんて…。なんて可愛らしい強がりなんだろう。ああ、抱きしめてあげたくなった。


 私はその男子の前に立って、彼のことをぎゅっと正面から抱きしめる。


「うん。頑張ったね。偉いよ。あなたはとっても偉い子だよ。すごいね。とってもすごいよ」


 勝ち残った男には褒美をくれてあげなければいけない。私は彼の頭を優しく撫でてあげた。彼はとても幸せそうな顔をしている。


「ねぇ?聞いてもいい?」


「なんですか?何でも聞いてください」


「ハルソールよりも私が好き?」


「はい!大好きです?」


「ハルソールよりも私は綺麗?」


「はい!とっても綺麗です!」


「私はかわいい?」


「はい!とってもかわいいです!」


 そう。私はかわいいんだ。とてもとてもかわいいから彼らは私を奪い合って傷つけあった。仕方ないよね。仕方ないよ。私が可愛いから仕方がない。ではその奉仕に報いてやろう。食べてあげる。


「…あっ…ああ…」

 

 男の子は気持ちよさそうな声を上げて私の胸の中で気絶した。その直前彼からキラキラした精気が放たれていた。私はそれを思い切り深呼吸して吸い込む。


「ん…あっ…いい…ん…ああっ…あんん!」


 胸がビリビリと痺れた。激しく心臓を揺らすような波。その中にある血が一瞬で沸騰してしまいそうな熱さ。


「頑張った男の子をフるのって最高ぅ!あーははははははははははは!ひーはあははははああはははっははあああああああああ!」


 波打つ快楽の中で私はハイになって笑い続ける。きっと今この瞬間、この私こそが世界一可愛いビッチだった。



 



 

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