第19話 自称後輩ちゃんはウザかわいいビッチです!
ハルソールは見るからに落ち込んでいた。そのままフラフラとしながら、私の前の席に座った。
「いや。まあ昔の私は目立たなかったし…。でもでもわたしたち一応おな中の先輩後輩だったんですけど…。それでも思い出せません?」
上目づかいで私のことを伺うハルソール。とても可愛いのだが、あいにく私は女だからイラっとするだけで、ご機嫌にはなれそうにない。
「知らない。というかあなたみたいなギャルギャルした子が入れる中学校じゃなかった。面接はとても厳しかった。素行不良なビッチモドキは速攻落とされるはず」
「わたしのことビッチ扱い?!酷くないですか?!」
モドキじゃなくてビッチって断言してもいい。なにせさっきから同伴の男子が不満げな様子でハルソールを見てる。めちゃめちゃ誑し込んでる。高カーストのリーダー男子に好かれてる女は例外なくビッチでいいと思う。
「なあハルハル。そろそろドリンクを取りに行かないか?…先輩と一緒にいるところを見られたら不味いんじゃ…」
お友達さんの男子はハルソールの耳もとでコソコソと話しかけた。それとなく私からハルソールを遠ざけようとしている。空気読めてる感あるね。流石トップカースト男子。普段は憧れと共に腹が立つことも多いが、今日は素直に褒めてやろう。速い所この女を私の目の前から排除して欲しい。
「キモいから耳元でしゃべらないで」
だけどそれはハルソールの機嫌を損ねたようで、ひどく冷たい声で男子を窘める。
「え…俺がキモい?…なんかごめん」
「謝らなくていいから、ドリンク取ってきてよ。わたしはミルクティー、先輩はどうします?」
「いらない。豚骨スープがまだ残ってるから」
「じゃあ先輩もミルクティーがいいですよね!お揃いにしましょう!」
なにそれ?いらないって言ったの聞こえてないの?
「なあハルハルもドリンク取りに来るよな?」
「ねぇ?わたし先輩とお話してるんだけど?」
つよ?!何今の会話の切り方?!つーかすごく怖い!ハルソールは笑顔なんだけど、声にはすごく迫力がある。
「あっはい。…ミルクティーならタピオカはマストだよね?」
なんか気遣ってるのかな?だんだんこの男子に憐みを感じてきた。
「いらないよそんなの。お腹溜まるから嫌い。ていうかタピオカ嫌いなんだよね。顎疲れるし…。あの粒自体は別に美味しくないし…」
「私はタピオカ好きなんだけど」
遠回しに皮肉を投げてやろうと思ってそう言ってみたのだが。
「タピオカミルクティーを二つね。すぐに持ってきて」
一瞬で意見をひっくり返しやがった。女心は秋の空?やめてよ。そんな言葉が似あうのはビッチだけだ。もう何も言うまい。好きにさせてやろう。
「わかった…行ってくるよ…」
男子は肩を落としてとぼとぼとカフェの方へ向かっていく。きっとさっきのジャン負けもわざとハルソールと二人きりになるための手段だったんだろうな。哀れすぎる。そしてハルソールはマジでビッチだ。酷過ぎる。
「やっと二人っきりですね」
「私は一人で食べたいのだけど?」
「そんなこと言わないでくださいよー。やっと先輩とランチをご一緒できるんですもの!長年の夢でした!いっしょの写真一枚いいですか?」
「嫌」
「でも昔は撮らせててくれたじゃないですか!ほら!」
ハルソールは携帯の画面をこちらに見せてくる。私はチャーシューを頬張りながら、画面を覗き込む。するとそこには確かに中学時代の私が写っていた。その隣には地味な眼鏡に野暮ったい三つ編みの茶髪の女の子が写っていた。
「この地味でダサくて芋っぽい上に垢ぬけなくて暗そうな子があなたなの?」
撮らせた記憶がないなぁ。というか写真の私めっちゃやる気無さそうな顔してる。だから忘れてるのか。
「やっぱりわたしに厳しくないですか?!確かに昔の私はちょっと地味でしたね。でもそれはあくまでもあのお嬢様学校に合わせるためだったんで。わたし奨学生だったので、真面目に過ごす必要があったんですよ」
別にそういう事情は聞いてないんだけどね。
「むしろ今のあなたは男に股開いてハメて開き直って、男をとっかえひっかえしてるビッチみたいな感じにしか見えない」
「ビッチ扱いまじでやめてください!私けっこう真面目ですよ!?まだ男の子と付き合ったことないし!」
「付き合わなくてもビッチなら男と寝ることに抵抗はないでしょう?」
「わたしはえっちしたことは一度もありません!すごく真面目系です!例えば先輩の修士論文で使ったデータ解析ツールはわたしが作ったソフトですからね!どうです?!すごく真面目でしょ!」
こいつ私の修論を読んでるのか?今の一言はかなり好印象だ。もしかしたらビッチではないのかも知れない。
「あの魔法術式の立体構造推定アルゴリズムのこと?」
「そうですよ。理論はともかく計算式のアルゴリズムを効率化してプログラムに実装したのはわたしですよ!すごいでしょ!」
専門分野が違うからプログラムの実装についてのすごさにちょっとピンとこない。だけどあのソフトはいいものだった。大量のデータを流し込んで処理させてもサクサク軽快に動いてくれて非常に重宝した。
「そうなの。それはすごいね。修論の時にはとてもお世話になったみたいね。ありがとう」
「いやぁ…それほどでも…」
人差し指をくっつけてモジモジと身をくねらせている。可愛いは可愛いんだけど。食事の邪魔なんだよなぁ…。
「ハルハルー!タピオカミルクティー持ってきたぞ!」
そこへハルソールのお友達男子が帰って来た。ナイスタイミングだな。このまま2人で自席に帰ってもらいたい。
「ありがと。じゃあわたしは先輩とまだまだ降り積もる話いっぱいあるから、先戻っててよ」
「そんな…もういいんじゃないか?」
「いっぱい話したいことあるの。迷惑になるから戻ってて?」
「…わかったよ。速く戻ってきてくれよ…」
ハルソールはあろうことか男子を先に帰してしまった。ところで「迷惑になる」ってハルソールがお友達に迷惑をかけるって意味?それともお友達がいると私と話しづらくて迷惑って意味?どちらにしろ男を手練手管で振り回すビッチ臭さが消えない。
「やっと静かになった。ねぇ先輩ぃちょっと聞きたいことあるんですけどぉ」
「今度は何?近いんだけど…」
私の耳もとにハルソールは唇を寄せてきた。そしてやたらと甘ったるい声でこう囁いた。
「先輩ってもしかしてずっと昔からサキュバスだったんですか?」
くだらない質問だ。ありえないよそんなこと。
「違う。私は事故でこうなってしまっただけ」
「ほんとですか?でもでも先輩って昔からすごく美人だったし、女子校なのにモテモテだったし。本当は隠れサキュバスだったんじゃないんですか?別に嘘つかなくてもいいじゃないですか?もう先輩はパークに入ってるんだし…」
「冗談じゃない!そんなわけないでしょ!私はビッチじゃないの!私は事故のせいで体がちょっとおかしくなっただけ!私はサキュバスじゃない!人間の女よ!ビッチ共と一緒にしないで!」
私は机を叩いて彼女に怒鳴る。自覚はあるが今の私はかなり怒りっぽくなってる。なにせ精気が足りてない。お腹が減ってしょうがない。だからそれを少しでも誤魔化すために私は麺を啜った。
「ビッチ…。ビッチかぁ…そうかも知れないけど。でもでもそんなこと言わないでくださいよ。ビッチなんかじゃ…」
私に怒鳴られたせいだろうか?何故かやたらと暗い顔でハルソールは呟いた。
「ビッチはビッチよ。男に依存しなければ生きていけないのだからビッチでしょう?違う?」
「それはそうかも知れないけど…でもでも先輩だってもうサキュバスですよね?」
「私は違うと言った!聞いてないの?私の話は聞く価値ない?」
「いや、その、あのぉ。そんなんじゃないです。ただ心配なだけだです。それに男に依存する女は別にサキュバスだけじゃないし…私も…男に依存しないと生きてけないし…」
「ねぇなんであなたはさっきからサキュバスの肩を持つの?あんな恥ずべき生き物を庇う価値なんてあるの?私にはそう思えない」
「恥ずかしい生き物…。そんなこと…」
「男の欲望に淫らに縋らないと生きていけないのは恥でしょう。違う?サキュバスは男がいなければ絶滅するより他ないの。そんな生き物に価値がある?」
「そんなこと…。でももう生まれちゃったんだし…仕方ないんじゃ」
「私は納得してない。したくない。何よりできない。私はサキュバスじゃない。人間なの」
「でもでも…どうせもう人間には戻れな…」
そこでハルソールの声をかき消すような物音がした。皿が激しく割れる音だった。その音のした方を見るとそこにいたのはハルソールのお友達たちだった。
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