⑤ カレから突然の別れ ~side:せいら~

 試験勉強で、勉強していた深夜だった。

 スマホの着信が鳴ったの。

 カレの名前を見て、迷わず出たわ。

「はい。なに?」

『せいら。オレだ』

「わかってるけど」

『ちゃんとやってるか、勉強』

 いつもどおりのカレの声に、ほっとする。

「やってなければこの時間にはもう寝てるわ」

『そりゃそうだ』

 スマホを肩に挟む。

「なんか元気ないわね。風邪でもひいたの?」

『ん。まぁ、そんなとこだ』

「やだ。ほんとなの?」

 かわいた笑い声が電話越しに響く。

 今日はやけにのんびりしている。

「用事があるから体調悪いときに、わざわざかけてきたんじゃないの?」

『……まぁそりゃ、そうなんだけどな。そう急かさないで、ちょっと声聞かしてくれたっていいだろ』

「……」

 その言葉にはきゅんときたけど。

 同時に、第六感が言っていた。

 なにかがおかしい、いつもと違うって。

 夜中の電話で、彼が要件を長引かせるなんてことは今までなかったの。

 無理やり話題をつくって引き延ばすのは、いつだってあたしのほう。

 いい加減にして寝ろ、身体壊すぞって最後は叱られて、泣く泣く通話を切るの。

「あたしの声が聴きたくて電話? 連絡無精なかみやんが、どういう風のふきまわしよ」

『オレだって、そういう気分になるときぐらいあんだよ』

「信じられないわ。第一、ぜんぜん似合わない」

 悪かったなとか、そういう軽口が返ってくるかと思ったら、聞こえたのは楽しそうな笑い声だった。

 でも少しかすれていて、やっぱり弱ってるみたい。

『お前のその歯にもの着せぬ言い方、聴けてなんか、ほっとしたよ』

「で、用事はなに?」

『あぁ』

 一段、低くなった声が、聞こえた。

『もう、会うのはやめよう。オレたち』

 ばたりと、スマホが床に落ちて、再び拾う。

『せいら。……だいじょうぶか?』

「ごめんなさい。変な幻聴が聴こえて、スマホを取り落としたの」

 しばらく沈黙がつづいたあと、不自然なほどやさしい声が返ってくる。

『幻聴じゃない。別れようって、言ったんだ』

 まるで高速のエレベーターで地下まで落とされるような感覚がする。  

「……本気なの?」

『あぁ。これ以上このままでいるのはしんどいわ』

 最後に彼はこういった。

 変わらずにあたしをときめかす、口調で。

『待たせすぎなんだよ、ばーか』

おどけて軽くしようとしてるその声にはいつもの余裕がなくて、かすかにふるえている。

「いやよ」

 みっともないとか、重いと思われるとか。

 そんなことはぜんぶふっとんで、ただ、あたしはすがっていた。

「あたしは、かみやんが好き。今も昔も。大好きだもの。かみやんは違うの?」

 時も、心も、世界も、すべてが凍てついてしまったようだった。

 待っていたのは、鋭い氷のナイフが、ひとつき。

『もう、そういう気持ちはない。だから言うんだ』

 そう、言われてしまってはもう、なにも言えることはない。

 わかっているのに、まだ必死になって、言葉をさがす自分がいる。

 どうして? 急に?

 まだなんとかできないの?

 このあいだ居酒屋でだってあんなにやさしかったのに。

『お前の夢がかなうこと、祈ってっから』

 なんで。

「なんでよ。かみやん――」

 ようやく意味をなすかもあやしい言葉がでてきたそのとき、あたしの耳に響いていたのは、無機質な機械音だけだった。


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