② シンデレラからのSOS ~もも叶の語り~
その日はホテルでゆっくり休んで時差ボケをなおし、翌日の今日から3日間、それぞれカップルに別れ別行動。
そのあとでドレスデンのホテルに集合ということになっている。
あたしは今、ミュンヘンという都市の「あるってピーナッツ、持ってーくー?」という変な名前の美術館に着てきます。
「アルテピナコテーク(~_~;)、古い時代の絵画を集めた美術館っていう、れっきとしたドイツ語だ」
はいはい。
つっこみを入れながらもマーティン少年はさっきから髪の長いおっさんのやたらでかい絵に見入っております。
時折、「これがデューラーの自画像か」「ここに有名なサインが」とかつぶやいています。
あんなおっさんのどこがいいんだ。マーティンそういう趣味だったのか。
まぁ、かわいい女の子に魅入られるよりいいけど。
とりあえずそっとしとこうとあたしはくるりとむきをかえた。
もも的なおしは、こっちです。
ふんわりグリーンのドレスとピンクのリボンがいっぱいの女の人の絵。キレー。
ポンパドゥール夫人っていって、マリー・アントワネットの時代の人なんだって。
こんな感じのかわいい絵を見つけてはじっと見ていきます。
ふいに一枚の絵の前で立ち止まった。
この絵。
すごく明るい色に満ち溢れてて、ファンタジックな感じもする。
豪華な額ぶちはまるでお城のような形。そこにいくつも絵が並んでる。物語になっているようだ。
大勢の人にかこまれた女の人がガラスの靴をはいていて。
あっ!
中心のその絵を見たとき気が付いた。
シンデレラの物語が絵になってるんだ。
へぇおもしろい。
ついまじまじと顔を近づけて見てしまう。
服のしわまで細かく書かれてて、臨場感バツグンだ。
ん?
シンデレラ? 物語の中のヒロイン。
なにか大事なこと忘れてるような。
首をかしげてたとき、今まさに靴を履こうとしている絵の中の彼女の口元が、動いた!?
「助けて」
「わっ!」
漫画のように飛び退る。
絵が、しゃべった……!
「あなた様は、栄えあるチーム・文学乙女のメンバー、もも叶様でいらっしゃいますね」
灰色の質素な服をまとい手と手を組み合わせ、鈴の鳴るようなかわいらしい声で。
「そ、そうだけど……」
思い出した。
ドイツに住む物語キャラの人たちがたいへんなことになっててそもそも助けるためにきたんだった。
たしか、『シンデレラ』もグリム童話――ドイツの有名なお話の一つ。
こくりとつばを飲んで一人、うなずく。
だいたいのことはきいてるけど、ここはやっぱり当事者に話をきいいたほうがいい。
きょろきょろと周りを見渡すと、怪しまれないようになるべく小声で、ささやく。
「シンデレラさん、でいいのかな? 何に困ってるの?」
かすかに描かれたシンデレラの細いまゆが下がった。
「わたしたちドイツ文学の世界の筋書きを――いいえ、世界のすべてを、あのおそろしい組織は変えようとしているの」
「時間さかさま組織だっけ?」
「えぇ。このままではわたしも、王子様と一緒になれなくなってしまいます。――彼らの目的は」
そのとき、シンデレラの瞳がはっとおそろしげな顔になり、再び動かなくなる。
えっ。なんで??
話はこれからなのに。
「シンデレラさん、シンデレラさん、待って!」
気が付かないうちに大声になっていた。
そのとき、ぽんと肩をたたかれる。
ぎょっ。し、しまった。
ここが美術館ってこと、忘れてた。
恐る恐る横を見ると、そこにはエンブレムを刻んだカジュアルフォーマルなジャケット姿の男の子がいた。ウェーブした薄茶色の髪と、同系色の優しい目。
「もも叶ちゃん。こんなところでなにしてるの?」
あたしも同じく目を真ん丸に見開いてしまう。
「ジョニー。なんで」
おもしろそうに目をすがめると、ジョニーは肩を上下させた。
「ここは僕の故国だよ」
「……あぁ」
まぁ言われればそうですけど。
彼はじつは、『飛ぶ教室』の本の中からやってきた、マーティンの親友なんだ。
「きみこそ、どうして日本からわざわざ――」
ジョニーが言いかけたそのとき、
「ああ! これがかの有名なデューラーのサインか! 感動だ! おがんでおこう。おがむのは日本独特の文化だから慣れないけど……こうかな」
とかいう声が向こうから聞こえて。向こう側の壁を見ると、マーティンが合掌してまわりのドイツの方々にふしぎな目で見られてる。
「なるほど。愚問だったみたいだね」
ジョニーがちょっとだけ片頬をひきつらせて笑った。
「カレとのデート、楽しんでるようでなにより」
「あはは、どうも」
「やけるね」
すっと、ジョニーのきれいな手が、首元に添えられて。
「王子様と美術館で戯れてるシンデレラを盗んでしまおうかな」
――あ。
「どう、物語の外にそれてみない」
もう一度わたしの目の前に現れたジョニーの顔は、不敵に微笑んでいた。
どきっとしてしまう胸をごまかすように首をふる。
だ、だめだめ。惑わされちゃ。
紳士的がすぎるというか、ジョニーはこういうことふつうに言うんだから。
「ご、ごめん。あたし、じつはさ、任務できてて。マーティンにはひみつなんだけど」
探るように、その肩眉が上がる。
「ふぅん?」
「だから、今回は、ごめんね!」
ぱちっと手をあわせると、あたしはまだ声を上げているマーティンのもとに走った。
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