シーズンⅡ 第6話 この気持ちをくれた人だから
① 残像
頭がどろんとして重い。
かすかに開けた瞳に日差しが差し込んでくるけど、まだ起きたくなかった。
「夢ちゃん、朝だよ」
朝の世界にわたしを呼ぶのは大好きな人の声なのに、なぜか切なくて胸をしめつけられる。
かけ布団を頭からかぶった。
「珍しいね。布団からでないなんて」
「……すぐ行きます」
なんだろう。
いっぱい寝たのに、
まだすごく眠くて。
こういうとき彼はいつも、なにかあったのかなってちょっとだけ心配そうに首をかしげて、
「いいよ、今日は休みだから、寝ていなよ」
優しくぜんぶ許してくれる。
「それじゃオレも、今日は夢ちゃんと一緒に寝ていようかな」
するりとかけ布団をたくしあげて、彼がとなりにやってくる。
いつもならどきどきしちゃうのに。
身体が重くて、場所を開けるのにせいいっぱいで。
優しい手が肩をすべってほほをなでていく。
「星崎さん」
「ん?」
「ずっとこうしてて……」
枕の隙間からそっと横を見ると、となりにすべりこんできたカレがこっちを見つめていた。
「夢ちゃん」
「はい」
「夢未」
「はい」
「ごめんね」
はっとしてカレの顔を見る。
記憶が、突然、目の前に迫る。
まくらにほほをふせて、ぎゅっと目をつぶった。
いやだ。
言わないで。
願いが口から出る前に、無情に彼の声が響く。
「もうきみとは暮らせなくなった」
♡
針でつかれるように、眠りから覚めた。
徐々にクリアになる視界に最初に飛び込んできたのは、わたしが横たわるベッドに座っていた、よく知った顔。
「気づいた!」
ももちゃんは飛び跳ねるように腰をあげると、わたしの目の先に降り立った。
「だいじょうぶ夢? どこも痛くない?」
自慢のくっきり二重の線がいつもより薄いのは疲れのせいかな。
つづいて、歩み寄って来たのは勉強机の椅子に腰かけていた黒髪ストレートの女の子。
「夢っち、あれから丸二日も眠ってたのよ」
あれから……?
せいらちゃんの言った言葉に首をかしげる。
みんなで、ブラックブックタワーに行って。
ももちゃんとせいらちゃんが、ブラックブックスにとらわれて。
「二人とも、ブラックブックタワーから出られたの?」
わたしの問いに、せいらちゃんがおずおずと答える。
「かみやんとマーティンくんが助けに来てくれて。話せば長くなるんだけど。でも、よかった。――夢っちが無事で」
顔を覆ったせいらちゃんはソファに再びすわりこんでしまう。
その頭を、となりに腰かけた神谷先生がなでた。
少し離れたところには、マーティンもいる。
彼らが、わたしたちを、助けてくれた?
でも、なにか足りない。
――。
思い出したくない。
抵抗するのに、記憶は目を背けるなというように、確実に目の裏に現れる。
漆黒のナイトさんに連れられて行った実験室のような場所に、ルーシュンさんがいて。
そして、ナイトさんの仮面が、はずれて――。
じわりと、夢を見ていたとき感じていた不安が再起動する。
「星崎さんは?」
視線を向けたももちゃんが目を見開いて、うつむく。
マーティンが顔をしかめる。
せいらちゃんが顔を覆っていた手をとって、静かにひざに置いて。
神谷先生が、その頭をなでる手をとめた。
誰も、答えない。
わたしはただ、自分自身の空っぽな声をきいた。
「夢じゃなかったんだ。星崎さんはほんとうに、ブラックブックスのところに……」
しんと音がするほど、室内が静寂に包まれる。
その沈黙の音を聴いていると、狂ってしまいそうになる。
誰かなにか言って。
このままだと、静かな部屋の中で、おかしくなってしまうかもしれない。
そう思ったとき。
「夢未ちゃん」
ぱっとせいらちゃんの髪をはたいて、立ち上がったのは神谷先生だった。
「落ち着いたらさ、オレの実家においでよ。一人でここにいるわけにいかないだろ」
頭を無理やり動かして、考えようとする。
どんなことでも、不気味な静けさよりはよかった。
考えて、わたしは顔をあげた。
「神谷先生、わたし、一人暮らしできます」
ぎゅっと、かき集めたかけ布団を抱きしめる。
「ここを、離れたくない」
予想していたというように、息を吐いて、神谷先生はわたしの頭をぽんとたたく。
「小学生が保護者なしでどーやって生きてくんだ? 強情はるもんじゃないぜ」
おどけていたけど、最後の声音は重かった。
よりいっそう強く、布団を握り締める。
「でも。わたしがここから離れたら、ここは? 星崎さんがいた、この場所は、なくなっちゃうんですか」
また、沈黙が訪れる。
だれか、なにか言って。
そうじゃないと、まるで、そうだって言われてるみたいなの。
ぎゅっと震える腕をだきしめる。
神谷先生がぽんとわたしの肩にふれる。
「今さきどりしてあれもこれも考えるのはよしな。疲れてんだから、ゆっくり休むこった。
そしたら気も変わるよ」
気も変わるって、どういうこと。
星崎さんがいなくてもだいじょうぶになるってこと。
そんなことぜったいない。
なりたくもない。
神谷先生はわたしの気持ちが明るくなるように言ってくれてる。
みんなもわたしの気持ちを考えてあえて黙っていてくれているんだ。
それはわかっているのに。
黒い塊のような感情がわきでてとまらない。
叱るようにもう一度両腕を強くにぎってみたけど、震えはやっぱり止まらなかった。
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