④ 秘書のブラックドール

 エントランスを入って早々、普段と百八十度違う内装に面食らう。

 黒いレースのカーテン、あたりをかこう黒い鏡、名物のシャンデリアまでブラックダイアモンドに変えられている。

 ビルが広いところだけはそのままで。

 えっと……。

「何階に行けばいいのかな?」

 ももちゃん、せいらちゃんが……ずっこけた。

「言われてみればたしかに。ビルに招待しといて階数書いてないとか、つくづく不親切な会社だよね、ブラックブックスって」

 ふくれるももちゃんを、まぁまぁとせいらちゃんがなだめる。

「ふつう、こういう場合は、社長を訪ねるわよね」

 うん、そうだよね。

 ブラックブックスの社長。つまり、ルーシュンさんだ。

「でもその社長室がどこなのかわからなきゃね。見た感じだとフロアマップもないし、あったとしてもこう装飾が真っ黒じゃ見えないっつの」

 ももちゃんの文句はえいえんに続きそうだったので、わたしは思いついたことを言う。

「受付嬢のお姉さんに聞けばいいんだ!」

「えー? 悪の組織にそんなのいるの?」

 でも、駅ビルではふつうそうするし。

 ためしに三人で、受付に行ってみる。

 黒いカウンターにかこまれた、そこには。

「うそ」

「ほんとにいた」

 中にいたのは――フランス人形みたいにフリルいっぱいの服をきた、お姉さんだった。

 ドレスもリボンも、頭のボンネットも、みんな、黒。

 ボンネットからのぞく金髪だけが際立っている。

 彼女が、人形みたいな無表情で一礼する。

「ご来賓の、チーム・文学乙女様。お待ち申しておりました。わたくし、ルーシュン様の秘書のブラックドールにございます」

 氷のように澄んだ、きれいな声。

 でもそこにはなんの感情もなくて、まるで機械がしゃべっているようだった。

「ご訪問の目的は、我々ブラックブックとの対決だとすでに伺っております。エレベーターで該当階にご案内申し上げます。その間、当館ブラックタワーについてのご説明もさせていただきたくぞんします」

 ブラックドールさんは立ち上がってカウンターの前までくると、ぴし、と機械ように片手を差し出した。

「こちらです」

 エレベーターの扉が空いて、わたしたちは乗り込んだ。

「当館は、7階まであるブックマークタワーを、対戦用に4階づくりに改装した設計となっております」

 ブラックドールさんはそういうと、エレベーターボタンの4階を押す。

「最上階の4階で、みなさまにはわがブラックブックスの四天王と対戦していただきます。対戦終了後は、一つ下の階に降り、次の対戦にお進みください。三階、二階での対戦後、最後にこの一階に戻り、お帰りいただくというスケジュールでございます」

 ももちゃんがうーんと低くうなった。

「対戦に負けた時点で、次の階に進めない、ゲームオーバーってことだね。なんか、バトルラブ漫画のドリーマー・ドリーマーみたいな展開」

ブラックドールさんの無機質な声が答える。

「いえ、そのような規定はございません。お客様方が敗退なさったとしても、必ず下の階に進んでいただきます」

「なにそれ?」

 つっこんだのはせいらちゃんだった。

「それじゃ、あなたたちは、勝負のいかんにかかわらず、あたしたちを無事に帰してくれるってこと? そんな都合のいい敵役、漫画でもアニメでも見たことないわ」

 ブラックドールさんが、また答える。

「そちらの解釈も、正解とは申し上げかねます」

 わたしはせいらちゃんとももちゃんと、顔を見合わせた。

 いったいどういうこと?

「各階の対戦で勝利したチームは、相手チームのうち一名を指名し、捕虜とすることができるという規定がございます」

 ひそひそと、せいらちゃんとももちゃんが相談する。

「洗脳して、ブラックブックスの仲間にするつもりかしら?」

「言えてる。あたしたちかわいいから、看板泥棒娘にしたてる算段とか?」

 小さな声だったけど、ブラックドールさんから答えが返ってくる。

「ルールの解釈はお客様方にご一任いたします。しかし、過度な疑心は、ときに精神の均衡をくずし、状況を不利とすることもあることを、解析プログラムにしたがい進言いたします。出すぎた真似でしたらお許しください」

 ……。

「あの、ブラックドールさんって、なんでもわかるの? あたしたちの心の中まで?」

 無表情なままブラックドールさんは相変わらず直立している。

「園枝もも叶様。栞町中学一年生。趣味・貯蓄。特技・散財。最近の気がかりは、本の中のギムナジウムのお茶会に呼ばれたさい、出された高級ケーキをそのサイズゆえにバイキング形式と誤認し、隣席のマーティン・ターラー様のぶんまで堂々と食してしまったこと」

「うげっ。だって、こーんなちっちゃいケーキだよ? 縦横三センチもなかったよあれ。ふつうあの大きさは食べ放題って思うでしょ」

「ももぽん、食い意地はりすぎよ」

「露木せいら様。同じく栞町中学一年生。特技・勉強全般。とくに社会科。マイブーム・ダイエットを兼ねた近所の散策。秋から冬にかけてのこの時期の楽しみは、青春十八切符の購入。一方で、残念のたねは、担任の先生、神谷龍介様のシャツの第一ボタンを開けた姿の注視がかなわないこと」

「ひっ。どうしてそれを?!」

「やだーっ。せいらってば授業中カレをそんな目で?」

 うーん、二人には悪いけど、情報が正確すぎる。

 このブラックドールさん、ちょっと怖いかも……。

「最後に、ルーシュン様からのご伝言をお伝えいたします。

『ようこそブラックタワーへ。今日はせいぜい、楽しませてよ。さぁ、ゲームをはじめよう』。みなさまのご健闘をお祈りいたします」

 ピンポンと高い機械音が鳴って、エレベーターのドアが、開いた。

「4階、タイトルネーミング階でございます」

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