② 本のない世界

 栞町駅ビルのエントランスは、いつもどおりおしゃれなハロウィンの装飾が踊っていた。

 でも自動ドアをくぐっていくたくさんの人々の姿はない。

 みんなそのビルが見えていないかのように素通りしていくんだ。

 それでもなにかを感じ取ったのか、お母さんに手をひかれた小さな子が急に泣き出した。

 注意をしても泣きやまないその子に、お母さんは怖い顔をして、大人の言うことはききなさいと強 く手をひっぱっていく。 

 どの人も先を急いでいて、その表情はうつろだ。

 これがほんとうに、いつも朗らかでのんびりしている栞町の人たちなのかな。

 笑っている人がだれもいない。

 ようやく、仲良さそうに歩いている高校生のお兄さんとお姉さんを見つけたと思ったら、お兄さん はスマホを見ていて、お姉さんはヘッドフォンで音楽を聴いていた。 

 最近いっしょにいても話がないよね。

 おー。

 でももう少しだけつきあっていてくれる? 友達の手前、カレシがいるってことにしておきたいんだよね。

 別にいいけど。オレも教室に一人でると、変わり者扱いされて面倒だし。

 カップルはそのあとも無言で歩いていく。

 わたしたち三人はなにも言わなかったけど、それでも、みんがみんな背筋が凍るような想いを共有していることがわかる。

 これが、本のない世界だ。

 くじきそうになる足をふんばって、ブラックブックスの占領下にある駅ビルを見つめる。

 わたしは、気づいていた。

 駅ビル名のBook Mark Towerと書いてある看板の文字が変わっているのを。

 そこにはこう書かれている。

 Black Book Tower.

 わたしは右のももちゃんを、そして左のせいらちゃんを見た。

 ブラックタワーへの招待客は、チーム文学乙女三人だけ。

 ほかの人には知らせちゃいけないって手紙に書いてあったんだ。

「行こう」

 同時にうなずいて、わたしたち三人は、自動ドアをくぐった――。

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