シーズンⅡ 第5話 文学ゲームで最終決戦

① 自慢の家族

 ブラックブックスから、宣戦布告状が届いた翌日。

 その日は朝起きたら、汗をぐっしょりかいていた。

 夢の中で、わたしは昨日起きたことを繰り返していた。

 お父さんと再会して。

 そしてそのあと――。

 首をふって、思い出すのをやめる。

 時刻は7時。

 決戦日の今日は仲間のももちゃん、せいらちゃんと、駅前で待ち合わせしている。

 服を着替えていると、スマホの呼び出し音が鳴った。

 呼び出し番号は1044。

 本の中からだ!

 あわてて通話ボタンを押す。

「もしもし」

『夢未ちゃん、たいへんだ』

 切迫したケストナーおじさんの声がひびく。

『敵さんがさっそくやってくれたよ。――栞町駅ビルが、ブラックブックスの手に落ちた』

 目の前が真っ暗になっていく。

 ということは、ビルの中にある星崎さんのお店――星降る書店も、彼らのアジトに。

 星崎さんが知ったら、どんな顔するだろう。

 ブラックブックスと戦っていることはもちろんカレには秘密だけど、キッチンに言って顔を見るの もつらかった。

 彼はいつものように朝ごはんを作り終えて、微笑みかけてくれる。

「おはよう、夢ちゃん」

 かすかに、違和感を感じた。

 どこか、笑うその目がからっぽで、寂し気に見える。

「あの、星崎さん、今日は、お仕事」

「非番なんだ。用事があって、前から休みをとっててね」

 ひどく、ほっとする。

 それなら当面は、彼は変わりはてた星降る書店を見ずにすむんだ。

 そうなる前になんとしてでも取り戻さなきゃ。

 栞町から消えた本たちを。

「夢ちゃんは、今日はどうするの?」

 ええっと。

「お休みを活用して、ももちゃんとせいらちゃんと、文学乙女会議なんです」

 決戦なんて、言えない。

 星崎さんは静かに、笑った。

「そう」

 ソファに腰かけてなんとか気持ちを落ち着かせようとする。そうしていると、彼がとなりにやってきた。

「昨晩は、大丈夫だった?」

 あ……。

 緊張してるのが余計に悪いのか、夢のなかにお父さんがでてきたのを思い出す。

 あわてて笑顔をつくった。

「いいえ。見たとしても、星崎さんがいれば、そんなのへっちゃら――!」

 急に視界が暗くなって――抱きしめられていることが、わかる。

「その顔を見ればわかる。怖かったね」

 優しく言われたとたん、身体ががたがたと震えだす。

 ぬくもりに触れて、寒さを急に自覚したみたいに。

 星崎さん。

 ほんとはすごく怖いの。

 わたしなんかに、本が守れるか。

 ももちゃんとせいらちゃんと無事に帰ってこれるか。

 不安でしかたなくて――。

「星崎さん。隠れてお父さんに会って、ごめんなさい」

 背中をぽんぽんとたたかれながら、どこか悲し気な声がふってくる。

「きみの気を遣いすぎる癖は、とうとうなおらなかったね」

なおらなかったって、その過去形が、なんだか寂しい。

まるでこれが最後みたい。

「その癖が顔をだすたび、子どもが強がるんじゃないって、叱ってきたけど、悪く思わないでほしい」

「……そんな」

 わたしはそのたび、心地よくて。

 幸せで……。

 言葉を必死に探していると、そのうちに頭をなでられた。

「ほんとうはずっとこうして、こう言いたかったんだ」

 抱きしめてくれているカレの腕がふっと緩んで、わたしの両腕に添えられる。

「夢ちゃん。きみはほんとうにいい子だ。オレの自慢の家族だよ」

 心が言っていた。

 抱きしめられて、幸せ。

 彼の手の甲が、わたしの右の頬を滑っていく。

「もしきみが、こんなに小さくなかったら、迷わず奥さんにする。本当だ」

 幸せで切なくて、倒れてしまいそうだって思った。

「もう、そんなに小さくないです、わたし」

 彼のどこかいたむようなな目が、こっちをのぞきこむ。

「まだまだ子どもだよ」

「ひどいです……」

「守られてしかるべきってことなんだ。――あまり、無謀なことはいけないよ」

 ――え?

 我に返ったとき、彼はもう立ち上がっていた。

「それじゃ、行ってくるね」 

 あ。

 星崎さん――。

 最後にドア越しに笑いかけてから、行っちゃった。

 もうすこし、話していたかった。

 彼に触れられていたかったけど。

 わたしも行かなきゃ。

 星崎さんが手渡してきた本を、栞町のみんなの本を――取り戻しに。

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