⑮ 文学乙女・参上!
悪の王子様(仮)は、帯紙公園の中に入っていった。
せいらちゃんといっしょに、それを追う。
公園の奥の滑り台の隣に、銀色のコートの女の人が立っている。
あれは!
くやしそうなせいらちゃんの声がする。
「雪の女王、先回りしてたのね」
雪の女王様の赤い唇がふっとほほ笑む。
「よくやった。漆黒のナイト。初仕事ながら上出来だ。ルーシュン様のおぼえもよかろうぞ」
漆黒のナイト。
そう呼ばれた悪の王子様は、女王様に、マントから取り出した『飛ぶ教室』を渡し――。
すかさず、せいらちゃんと同時に息を吸う。
「「待ちなさい!」」
滑り台のてっぺんに立つ、ふたつの影!
敵さんたちの様子みながら、そっと苦労して登ったんだ、とほほ。
「真夏に雪の見える土地に移動してまでも。
ドイツの天才作家が書き上げた、優しいクリスマス物語。
個性たっぷりの少年たちとすてきな大人は今の子どもたちの心にも生き生き蘇る。
そんな宝物のような物語を奪おうとするなんて」
ここで、決めポーズ!
「一冊はみんなのために。そしてたった一人のために。チーム・文学乙女のなごみ系マスコット、本野夢未にいますぐご返却いただきます!」
次は背中合わせにかっこよく立って腕を組んでるせいらちゃんの番。
「『飛ぶ教室』を盗むにあきたらず、本の外と中をつなぐ鉄道を占領し、自分たちは社割で移動するなんて。
安心安価の旅が大好き、お休みの日は本の中へも旅をする、鉄道乙女としても許せない」
せいらちゃんはびしっと腕を突き出して人差し指をつきつける!
「チーム・文学乙女の参謀、露木せいらはお怒りモード! ドイツ最高峰、ツークシュピッツェの雪でもかぶって、反省しなさい!」
びしっと決まった……!
なのに、返ってきたのは、バカにしたような笑い。
「はははは。なにがツークシュピッツェだ。雪崩の犠牲になるのは、お前たちのほうではないか?」
ぎょっ。
たしかに。
相手は雪を自在に操れる、女王様だった……!
「問答無用! こっちから行くわよ。たぁぁ~」
せ、せいらちゃん。
いきなり滑り台の上から飛び降り&キックは無謀だよっ。
雪の女王さんはふっとほほ笑んで、
手のひらから次々に吹雪を繰り出す。
くりだしかけた足をせいらちゃんは思わずとどめる。
こっちにも雪が飛んできて、これじゃよけるのでせいいっぱい。
わたしは吹雪をよけながら、気が付いたら時計台の下にきていた。
「ばかめ」
はっと気が付いたときにはもう遅かった。
雪の女王さんが時計台の上にたって、両手から雪崩ビームをくりだす!
わぁぁっ、つぶされる~っ。
「夢っち!」
ぎゅっと目をつむって……あれ?
雪の代わりに落ちてきたのは一冊の本。
わたしの代わりにどっさり雪をかぶってる。
それをはらうと出てきたタイトルは『飛ぶ教室』。
目を前に向けるとそこには悪の王子様がいる。
これ、あの人がもってたはずの本。
助けて、くれた?
「せっかく盗んだ本を、なんのつもりだ、漆黒のナイト」
漆黒のナイトさんって言うのか。
雪の女王さんが言うけど、彼は答えない。
「その本を返してもらおうか」
ふわり時計台から降りて女王様が目の前に来る。
力づくでも、本を奪いかえす気だ。
この人にとられるくらいなら。
わたしは思い切って、本を――投げた!
『飛ぶ教室』が弧を描いて、公園を高く飛ぶ。
それを空中で一回転して受け止めてくれた人が一人。
「ナイスパスだ、夢未」
すたっと公園の芝生に降り立って、こっちに笑いかけているのは――。
「マーティン!」
よかった……!
でもほっとしてばかりもいられない。
高くジャンプしたり、身体をよけたりして、マーティンは軽やかに吹雪をかわしていく。
挑発するように、女王様すれすれのところまで近づいたかと思うと、また逃げて。
「ええいちょこざいな。とまれ、とまらぬか小僧!」
女王様もしつこく吹雪をくりだしていたけど、ある時にやりと笑って攻撃をとめた。
「お前がとまったなら、ここにいる全員を凍らせるのはやめてやるがどうする?」
なっ!?
せいらちゃんのつぶやく声がする。
「なんて卑怯なの……!」
マーティンもくっと顔をゆがめる。
「わかった」
彼はぴたりと動きをとめた。
「逃げも隠れもしない。好きにしろ、雪の女王!」
高らかな笑い声とともに、公園の温度が一気に下がった。
今までとは比べ物にならない勢いの吹雪がマーティンを襲う……!
目が、開けていられない……。
吹雪がおさまっておそるおそる目を開けたとき、そこには。
「っ……!」
腕と足を氷の中に収められて苦しそうにもがくマーティンがいた。
「ふふふ。いいかもだ。これで『飛ぶ教室』の登場人物もろとも、ルーシュン様にささげられるというもの。さぁ、この小僧とともに戻ろうではないか、ナイトよ」
漆黒のナイトさんはしばらく黙っていた。
そしてうなずいて、雪の女王様のほうへ一歩踏み出す――。
「そうはイカの生姜焼き!」
突如響いた声に、わたしとせいらちゃんは顔を見あわせた。
鉄棒のてっぺんに、すらりとした影。
自慢のスタイルでかっこいいポーズをとった三人目の文学乙女がそこにいたんだ。
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