④ 次のターゲットは『飛ぶ教室』
星降る書店の少女文学の棚の奥につながっているカフェ『秘密の花園』。
ここが、あたしたちチーム・文学乙女の会議の会場だ。
薄茶色のカウンターのショーケースには、今日はイチジクのタルトやマンゴーのクリームケーキが並んでる。
店主のモンゴメリさんが出してくれたアイスミルクティーをストローでかき混ぜながら、せいらがぼやいた。
「夢っち、遅いわね~」
「もうちょい待とうか」
あたしが会議に遅れると、夢はいつも待っててくれるし。
そのときだった。
チョコレートをかたどった扉が開いて、息をきらした夢がやってきた。
「遅れてごめん。ちょっと星崎さんとお話してて」
バスケットの中のミルククッキーを割りながら、せいらが言う。
「約束がある夢っちを星崎さんがひきとめるなんて珍しいわね」
へへん。
あたしも同じく、バスケットからアーモンドクッキーを手に取ってかじる。
「なに、オレ様的わがまま? 『夢ちゃん、今はオレだけに時間をくれ』ってか?」
われながらなかなかうまいモノマネだ。
夢はお決まりのように真っ赤に――ならなかった。
「えっと、うん。そんなとこかな」
ごまかすようにそう言って、席に着く。
なーんか歯切れ悪いな。
「もしかして、うまくいってないの?」
「……そうじゃないんだけど」
握った両手をスカートの上において、ほんのちょっぴりつらそうだ。
「なんかまた心配かけちゃったみたいで」
あたしはせいらとすばやく目くばせする。
「このあいだのことだね」
「お父さんとは会えたの」
夢はじっとテーブルを見つめたままだ。
「それが……」
夢はとぎれとぎれに話し出した。
お父さんの後姿を見て怖くなって、結局逃げてきてしまったって――。
そのつらそうな顔を見てたら、たまらなくなって。
いつも抑えてる言葉が口を出た。
「夢はさ、いっそお父さんお母さんとかもう、いいんじゃないかな」
夢がどういうことかわからないというように目をしばたたいてこっちを見る。
親といっしょにいられないとか、仲良くできないことがどれくらいつらいか、わかんないあたしに、こんなこと言う権利はないかもしれない。
でも。
「一緒にいることばっかりがいいとはかぎらないんじゃないかってこと。血がつながってるとか、前は優しかったって言って、会おうとするたびぼろぼろになってるんじゃ、身がもたないよ」
夢はじっとテーブルを見て、絞り出すように言った。
「お父さんとまた仲良くなるのを、あきらめろってこと……?」
そう言われて、口ごもる。
そう。
あたしの伝えたい意見は、言ってしまえば、そういうことだ。
残酷だってわかってるけど、夢には必要だと思うんだ。
「夢っち」
あたしたちが黙っていると、せいらが口を開いた。
「それがつらいのは当たり前。でも、近づきたいと思ってもやっぱり怖いって感じてしまうのは、それだけ夢っちの身体が危険信号を発してるってことだと思うの。なにかあってからじゃ遅いのよ。みんなそれを心配してるの。ももぽんも、星崎さんだって」
テーブルの瞳を見つめる夢の目がじょじょに曇っていく。
「ごめん。みんな、心配かけて」
……もう。
だから、そうじゃないのに、なんでこんなときにも人のことばっかりなんだろう。
そんなとこ見せられたら、こっちだって泣きたくなる……。
やば、目の曇りが伝染してきた。
「なーに言ってんのよ!」
見ると、せいらがどんっと夢の背中をたたいていた。
「ダチなんだから、あたしたちにくらい、どんと心配させなさいよ! それからカレにもね。 こういうときこそ、年下カノジョの特権を利用するの! 子どもは大人に心配かけるのが仕事って、母さんも言ってたわ」
おぉっ。
中学校始まってからお嬢様モード続きだったせいらが久々に、サバサバモードになってる。
涙をはじいて、あたしもさらに言う。
「そうそう。大人は心配するのが趣味なのさ。うちのママもさ、マーティンとの交換日記盗み見たんだよ! ありえなくない?」
夢が驚いてこっちを見る。
「ええっ」
その目から、もう曇り空は去っていた。
「それは、一大事だね」
自然と、話題はあたしのことにシフトしていく。
このあいだのゲーセンデートについての経過報告だ。
「それで、大変だったの。またブラックブックスのメンバーが現れたんだ」
「なんですって?」
あたしは雪の女王がマーティンをさらおうとしたこと、そして、ブラックブックスのトップの名前を口走ったことを話した。
「ふむ。『ルーシュン』か。詳しく調べてみる必要がありそうだな」
「わわっ!」
いきなりテーブルの下から、ウエイター姿に帽子をかぶったへんてこなおじさんが現れる!
「ケストナーおじさん、脅かさないでよ」
「いやはやすまない。ちょっとこちらへアルバイトにね」
おじさんは隣のテーブルから椅子を持ってきて、あたしたちと同じテーブルをかこった。
「というのは冗談で、ブラックブックスについて、きみたちと話しにきたんだ」
大きな眉毛がぴんと張り詰める。
「あの組織のトップの情報は今のところなぞにつつまれている。かなり優秀な医者だという噂があるが、真偽のほどはわかっていない」
医者……。
そんな話を、前にもちょっと聞いた。
「お医者さんが、どうして本をこの時代から盗むなんてことをするんだろう」
夢が言ってあたしたちは首をかしげる。
「それも、医学書とかならともかく、文学なんて」
せいらの指摘ももっともだ。
まるで謎だらけ。
「わかっているのは、今回奴らのターゲットにされているのが――僕のすばらしい著作だということだ」
あたしたち三人は顔を見合わせた。
みんなの想いを、あたしが代弁する。
「『飛ぶ教室』が狙われてる!?」
そうか。
マーティンの存在を本の中に戻そうとしたのも、そういうことだったんだ。
「間違いない。パレ駅にもやつらの手が伸びている。車掌や駅員を脅して、運営権を奪い取ったらしい」
パレ駅は、本の中と外をつなぐ列車が走っている駅だ。星降る書店とつながっている。
「列車の廃止をもくろんでいるんだ。現に運行本数も大幅にけずられている。本の中と外の世界を完全に切り離すつもりだろう」
「あの本がこの時代に存在しなくなったら……」
震える身体を抱きしめる。
もう二度と、カレには会えないってこと?
「ももちゃん。大丈夫。マーティンだって危なくなったら連絡くれるって言ったんだよね」
「今は、彼を信じましょう」
夢とせいらに励まされて、うなずくけど。
まだ心配ごとはある。
『飛ぶ教室』からやってきた大事な友達といえば、もう一人――。
♡
「きみもか、ジョニー」
栞町のとあるカフェで、僕が確認すると、目の前に座っている親友はうなずいた。
薄茶色のウェーブを描いた髪がさらりと影をつくる。
「あぁ。三日前の正午ごろ。意識が遠くなって身体が透けた気がした」
雪の女王の事件があってから、念のためと思って彼に話を聞くことにして正解だったようだ。
「それはブラックブックスのしわざだ。今回のターゲットは僕らの物語、『飛ぶ教室』らしい。あの作品をこの時代から盗んで、僕らを本の中に永遠に閉じ込めようとしている」
ジョニーはうなずいた。
「あらかた察しはついていたんだ。メルヒェンガルテンと栞町をつなぐ列車も、すでに彼らの手に落ちている」
「なんだって」
「きみもぼくも間もなくここにいられなくなる」
氷のような沈黙があたりを支配する。
ジョニーは軽く身を乗り出す。
「マーティン。それで相談なんだ。一時休戦して、僕と組まないか。――彼女のことだけど」
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