⑥ カレとカノジョの白状 ~夢未の場合~

 冬の海を見つめてお祈りしたあと、わたしはくるりと彼に向き直った。

「星崎さん。明けましておめでとうございます」

 星崎さんは、ぱちっと目をしばたたいて、

「そういえばまだ言ってなかったかな。今年もよろしくね。夢ちゃん」

「はい」

 ここは、栞町神社から国道をだいぶ歩いたところにある海岸。

 星崎さんにお願いして、神社を出たの。

 海の上にお日様はもうたいぶ高くのぼっちゃったけど。

 初日の出、やっぱり見にきたくて。

「なにか拝んだの? 日の出さんに」

 星崎さんに、わたしは答えた。

「はい。星崎さんと、来年のお正月もまた一緒にいられますようにって」

 わたしからしたら、基本のお願い。

 でも彼は、ちょっと不安そうに首を傾げて、わたしを見たの。

「それ……ほんとかな?」

 え?

 もちろんほんとだけど。

 星崎さんだって、さっきお茶屋さんでは、わたしが他の人に目移りするのはあり得ないって言ってなかったっけ?

「まぁね。龍介やマーティンの手前、ああ言ったけど」

 あのときの自信が嘘みたく、ちょっと遠慮がちに、星崎さんは言ったんだ。

「ほんとは夢ちゃんに、嫌われたかなって思っていたから」

 どうして?

 わたしは頭をフル回転させて考える。

 年末にはいろんなことがあった。

 もしかして……星崎さんが、お父さんとわたしを賭けて戦って、お父さんを負かしちゃたこと?

「星崎さんは心に閉じこもったわたしを、ここに連れ戻してくれたんです。確かにお 父さんのことは心配だけど、でも。……嬉しかった」

 がんばって伝えたけど、彼はまだ気まずそうに海を見てる。

「いや。そのことじゃなく」

 え、違うの?

 そのほかに、わたし、星崎さんになにかされたっけ?

 いつも優しい星崎さんが、わたしに嫌われるなんてありえないよね。

 たまにどきっとすることを仕掛けてはくるけど。

 ……あっ。

 思わず、唇を押さえる。

 すべてが終わった夜、本の中の島で、わたしは眠ってしまって。

 目覚めた時、唇がふさがって――。

「眠っているときに卑怯だったと思ってる。だから、忘れてくれていい」

 星崎さん?

 なんか、声がいつもより低くて、硬い感じ。

「でもあのときはどうにも、我慢ができなくて。君は、自分が病気になってまでオレや、 みんなのことを。そう思ったら」

 苦しげな感じのするその声は、でも甘い調べみたく耳をなぞって。

「ごめん。こんなんじゃ説明にならないね」

「いいえ。いいえっ」

 気づいたら、彼の腕にぎゅっと抱き着いてた。

「わたし幸せなんです。だから謝ったりしないでください。星崎さん。もしよかったら、あのときのこと、ずっと覚えていていいですか」

 勢いよく、星崎さんは溜息をついた。

「……やっぱり、懲りてないね、ぜんぜん」

 へ?

「そういうことばっかり言うから君は、眠っているときに唇を奪われるような目に遭うんだよ」

 ……。

 ふふふふ。

 なんだろう、紅茶に落としたミルクみたいにとろけそうなこの感じ。

 怒られてるけど、なんかすごく嬉しくなっちゃた。

 わたしは、両手で彼の腕を揺らした。

「それじゃ、もっと言います。星崎さんが大好き。わたし、幸せです」

 ふいっと、星崎さんが顔を背ける。

「参ったな。――わかった。オレも、幸せだよ」

 照れたようなその声がかわいく思えて、かみしめてたら、今度は――お決まりみたいに、大人な彼の言葉が続く。

「でも、夢ちゃん。ごまかされないよ。それとこれとは別だから」

 え、どういうこと?

「さっきからつらそうな顔してるね」

 どきっ。

 思わずぱっと彼の腕から手を放して、後ずさる。

「なにを隠してるの」

「わ、わたしは別に。星崎さんの気のせいじゃ? ほら、星崎さんは世界一優しいから、すぐ心配になっちゃうんです」

 ふっと星崎さんがほほ笑んだ。

「残念だけど、褒め言葉も通用しないよ。オレが優しいとしたら、それはぜんぶ、夢ちゃんに心を開いてもらうためだから。隠し事をする子にはおしおきだってするよ」

 う。

 おしおきされるかもしれないのに、やっぱり彼はすてきだって思っちゃう。

 星崎さんってなんでたまにこういう不思議なオーラ出すんだろう。

 幸せいっぱいなのはうそじゃない。

 でも、さっきから気になってるあのことを、知られるわけにはいかないの。

「わたし、なにも、隠してなんか」

「信用ならないな。年末のことがあったばかりだからね」

 それを言われると、わたしも黙っちゃう。

 12月に、星崎さんに内緒で危ないことしたのは反省してるんだ。

 あのときはおかげでお父さんに殴られたり、記憶を失くしたり、大変だったけど。

「まさか、お父さんにまたなにかされたんじゃないだろうね」

「ち、違います! ぜんぜん」

 そう言ったら、今度は彼のほうから、ぎゅっと腕を取られて引き寄せられて――っ。

「夢未」

 ひっ。

 突然の呼び捨てっ! わたし、星崎さんのこれに弱いんだ。

「オレたちは家族だろ。……もうこれ以上一人で苦しんでほしくないんだ」

 ――あ。

 このときわたしはようやく、おみくじの意味がわかったの。

 辛いことを、一人で抱え込まないでほしい。これが星崎さんの気持ち。その意味での『白状しろ』、だったんだね。

「……わかりました」

 こうなったら、その気持ち、受け止めるしかないよ。

「星崎さん」

 海に向かって、わたしは白状する。

「じつは、わたしの足、たこさんと、お魚さんなんですっ」

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