④ カレとカノジョの初夢 ~せいらの場合~
お茶屋さんでみんなでわいわいお昼を食べた後、栞町神社の、橋のたもとの石のベンチで。
あたしはせせらぎに立つ波を見てたの。隣には彼が――かみやんがいる。
「あの店のまんじゅう、なかなかいけたな」
ベンチに後ろ手をついて身体を支えて、彼が話しかけてくる。
「おいしかったわ~。奥付けの塾の近くにあるコンビニの肉まんといい勝負!」
思わず反応したら、かみやんってばにっと意地悪く笑って、
「せいら。そのうち肉まんみたくまんまるくなっちまうんじゃねーの」
あたしは、まんまるい拳を作って抗議する。
「失礼ね! これでも気を付けてるのよっ」
無邪気に笑う彼を見てたら、なんだかきゅうに胸がきゅうって切なくなって。
勝手に、言葉がこぼれる。
「ねぇ、かみやん。……あたしのこと、ほんとに好き?」
ぴたっと彼の笑いがやんだ。
「……ばかっ。いきなりそんなこと言わたら驚くだろ」
ちらちらと周りを見たあと、彼は視線をぐっとおとして言ったの。
「……このオレが、好きでもない子に好きだって言えるような、そういう調子のいいタイプの男に見えるか」
あたしは、答えた。
「微妙に、見えるわ」
「見えんのかよっ」
がくっと項垂れたかみやんは、
「ひでーな。これでも結構純情……」
「自分で言うからには、証明してほしいもんだわね。言ってみてよ。あたしのこと好きって、どのくらい?」
「……そうだな」
かみやんは顔を上げて、日差しを眩しそうに見ながら、言ったの。
「初夢に見るくらいには」
「……!」
びっくりして、ただただ彼を見つめた。
あたしが、かみやんの夢に? それも初夢と言ったら、昨夜の話じゃない。
「塾でせいらと話す夢。なんてことない、日常の夢なんだけど。目覚めたときは……ちょっとへこんだ」
口元は笑ってるけど、彼の寂しそうなその目は、確かにほんものだってわかる。
「せいら、夢の中でも人目を気にしてさ。授業後の自習室でしか話しかけてくれないんだ。幻想の世界ですら、オレはお前に気を遣わせてるって思ったら」
……そんな。
確かに、あたしはこの恋を、ももぽんと夢っち以外には秘密にしてる。
あたしの頭の中には、おみくじで引いた恋和歌の、その現代語訳が、浮かび上がっていた。
住の江の岸に波が寄るその夜でさえ、夢の通い路でもあなたは人目を避け逢ってくださらないのでしょうか。
「だってかみやん、困るでしょ。あたしとその。つ、つきあってるなんて知れたら」
それなのに彼は簡単に言ったの。
「オレは別にいいよ。知られても」
なっ……!
「なに言ってんのよ。だめに決まってるわ。大人の世界にはいろいろあるんでしょ。 先生の立場が危うくなったらどーすんのよ」
「そのときはそのときだろ。あれこれ言われたって、こういう立場なのに生徒にそれ以外の感情を持ったことは事実だから」
……なんだろう、満ちてくるこの気持ち。
暖かい毛布をかけられたみたい。
彼があたしとのことを堂々と語ってくれることが、すごく嬉しいの。
「……でも、せいらまで詮索の目で見られるのは避けなきゃならない。だから――悪いな」
ううん。
あなたは……やっぱり、尊敬できる、先生よ。
さっぱりと、あたしは笑うことができたの。
「ぜんぜん平気。いつまでも続く秘密じゃないんだもの。あたしが大人になって、先生と生徒じゃなくなれば。きっとみんな、祝福してくれるわ。それまでの辛抱よ」
どん、とあたしは彼の背中をたたいた。
「元気出して、かみやん。また夢の中に会いにいってあげるから!」
彼はまた笑った。
さっきよりずっと大人な笑い方で。
「そんときは、塾の外で、会うか。二人だけでさ」
また、幸せの小波が心に寄せて。
あたしは彼の胸にちょっとだけ頭をもたせかけた。
❤
なんか……大人な恋って感じ!
すごく素敵な報告、いただいちゃったなぁ。
「大吉和歌もぴたりと当たって、いいムードだったんだね」
「やったね、せいらちゃん」
「ありがと……。ちょっと恥ずかしいわ」
ももちゃんとわたしのコメントに、照れて頭をかくせいらちゃん。
「それにひきかえあたしの方ってば。ぷぷ! ほんとに『残念』だった!」
そう言ってももちゃんがオレンジジュースを飲む。
「そういえばももぽんのおみくじは『覆水盆に返らず』。マーティンくんが残念な想いをしたってものだったわね」
うんうん、そうだった。
それなのにももちゃん、どうしてそんなに嬉しそうなの?
ジュースを一気飲みしてぷはーっと息を吐いたももちゃんが、気合十分、語り出した。
「それはね、こういうわけなの!」
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