② 恋の助言屋

 みなさん、お待たせしましたっ。

 本野夢未です。恋文シリーズの、一応主人公ですっ。

 今までいろいろ大変で、ちょっとでてこれなかったの。ごめんなさい。

 どうして、星崎さんたちが立ち寄った公園に三匹の猫さんがいたのか、そのいろいろを説明するね。

 それは、モンゴメリさんに頼まれて、カフェ秘密の花園の留守をわたしとももちゃん、せいらちゃんで預かっているときのことです。

 お留守番って言っても、自分たちで作ったお菓子でお茶しながら(今日のスイーツはイースター先取り仕様。チョコのうさ耳のついたカップケーキと、飲み物はお好みで、桜いちごラテやファーストフラッシュダージリンなんかをそれぞれ飲んでる)、いつもの恋バナって感じなんだけどね。

 カップケーキには白いチョコチップが入ってる。

 わたしはそれをぽーっと見つめる。

 3月はじめのこの時期、考えることっていったらやっぱり……。

 星崎さん、お返しくれるかな……。

「星崎さん、お返しくれるかなぁ~」

 へっ?

 今心の声が、そのまま聞こえてきたけど!

「って考えてたでしょ、夢」

 そう言ったのは、白いテーブルを一緒に挟んで、タピオカマンゴージュースを片手に持ってる、わたしの親友の女の子。なんだ、ももちゃんか。

「どうしてわかったの?」

「顔に思いっきり書いてあるから」

「えっ」

 わたしは思わずほっぺを触る。

「夢っち、騙されないで。決戦の月の最初ってなればおのずとわかることよ」

 やっぱり親友のせいらちゃんがダージリンを揺らしながら、教えてくれる。

 あはは、そっか。

「ももぽんも、気になってるんでしょ? ホワイトデーのお返し」

 せいらちゃんに差し向けられたももちゃんは、ふふんと、ピンクのハートのついたポニーテールを揺らした。

「マーティンはきっとくれる。だから心配してないんだ~」

 わたしとせいらちゃんは目を見開く。

 余裕だなぁ。

 と思ったら、ももちゃんはただね、と背中をしょぼんと丸めて、

「カレ、ホワイトデーの意味わかってるかな。うさぎや雪だるまの仮装をしてフィーバーする日だと勘違いしてなきゃいいけど」

「それは1年のいろんな行事が混じっているわね」

 せいらちゃん、ユニークなつっこみ。

 それはそれで、楽しそうだけど、ね。わたしがそう言うと、せいらちゃんが、

「そうよ。それなら一緒に仮装でも、うさたま競争でもして楽しめばいいじゃない。あたしなんて……」

 どーんと、落ち込んじゃってる。

 これは……。

「せいら、なんかあったの? 神谷先生と」

 うつむいたまま、せいらちゃんは首を横に振った。

「そういうわけじゃないけど。年度替わりのこの時期って塾に新しい子もおおぜい見学に来たりで、かみやんずっとバタバタしてて。お返しのホワイトチョコなんてとうていのぞめそうにないわ」

 わたしもももちゃんも、かける言葉が見つからない。

 ぽつりと出てきた台詞が。

「こういうとき、モンゴメリさんがいたらね」

 今日はカナダ文学者会議。有能な作家さんは、生涯を終えて伝記本に宿ったあとも、なにかと忙しいんだよね。

「なんでも相談できる、お姉さん的な人って貴重よね」

 せいらちゃんも深く頷いてる。

 しんみりした中で、しんみりした口調のももちゃんが、

「ここで誰もケストナー先生の名をあげないところが、悲しいかな」

「ぷっ」

 わたしもせいらちゃんも、これには思わず笑っちゃった。

 そのとき。

 ピンポーンと、インターホンが鳴って。

 まだ返事もしていないのに、チョコレート色の扉を開けて、人が入ってくる。テーブルに座ったままぽかんとするわたしたちの前に立ってあいさつしたのは、

「こんにちは」

「突然お邪魔いたしまして」

「ご機嫌うるわしゅう」

 3人の、春色のスーツを着たおねえさんだった。

 せいらちゃんがなにかにぴんときたみたいに口を開いた。

「すみませんが、セールスなら、お断りしてって言われてるんです」

 はっきり言うその言葉に、はっとなる。

 そうだった。メルヒェンガルテンにも、しつこいセールスの人がいるってモンゴメリさん言ってたっけ。そのためにわたしたちがお留守番してるんだから、しっかりしないと。

「まぁ、会社名くらいは聞いてちょうだいな」

 そう言ったのは、バラ色のスーツに、くるくるの長い髪を垂らして、左右で一房ずつ結んでるお姉さん。胸元のクリアな名札には、スカルって書いてある。

 こういうの聞いちゃうと、ダメな気がする。

 話が長くなって、商品の紹介とかされて、ずるずるいっちゃうような。

 わたしたちが戸惑っているすきを読んだように、右側の、肩までの栗色の髪をきっちりそろえた、黄色のスーツのお姉さんが、スッと名刺を差し出す。彼女の名札には、チェリーの文字。

「わたくしたち、こういう者ですの」

 思わずって感じで受け取っちゃったそこには、こう書いてあった。


恋の助言屋


「恋に悩める乙女に、有効なアドバイスを差し上げる会社なのよ。とってもすばらしいサービスだと思わないこと?」

 うきうきとそう言ったのは、薄ピンクのスーツで、華やかな金髪を高く結い上げて、パールのコームでまとめてるおねえさん。名札には、トワネって書いてある。

 わたしたちは身を寄せ合って、こそこそ会議。

「怪しいけど、簡単に帰ってくれそうもないわね。どうしたものかしら」

 せいらちゃんが言うけど、ももちゃんはちょっとうきうき。

「でもさ、お姉さんたちみんなきれいだし、仕事できそうだよ。ひょっとしていいアドバイスくれるかも」

 またももぽんは~って言いたげに、せいらちゃんが口を開く、その前に、きれいに整えられた眉を優しくゆるめて、スカルさんが言った。

「最初はみなさん信じないの。当然だわ」

 横で、胸に手を当ててチェリーさんが頷く。

「しかし、わが社の実績をお聞きになれば、ご納得いただけるかと存じますわ」

 実績?

 チェリーさんに目配せされて、トワネさんが頷く。

「なにを隠そう、『赤毛のアン』に、けんかをしたカレを許すよう進言したのも、『あしながおじさん』の主人公、ジュディに、病床のカレのもとに駆けつけるよう指示したのも、わたしたちなの」

 えっ! そうなの?

『赤毛のアン』も『あしながおじさん』も、ロマンスいっぱいの夢に溢れたお話だよね。

 チェリーさんが補足する。

「アンはそのおかげでギルバートと後に結婚、幸せな日々を送っています。ジュディも、足長おじさんの正体だった彼とゴールインしていますわ」

 うん、確かにそういう結末だけど。

「それだけではございません。シンデレラに、お城の階段で、王子の前で靴を落としなさいと、恋の上級者向けのアドバイスもさせていただいたこともありますし、必要とあらば、白雪姫に登場する王子に、彼女が眠っている小人たちの家を教えたりもいたします。少女文学からおとぎ話まで。わが社の活動は広範囲にわたっておりますの」

 ほ~……。

 ほんとなら、すごいことだよ……。

 わたしたちはもう、誰一人口を挟めない。

 だめおしのように、真ん中のスカルさんが身を乗り出した。

「ただ今ホワイトデーシーズンを受けて、出張サービス中。さらに今回は、初回無料のお試しキャンペーンよ」

 た……無料(ただ)!?

 思わず、目の色が変わっちゃうわたし。いけないいけない。

「どう? おねえさんたちのアドバイス、きいてみない?」

 緑のきれいな目を光らせて言う、スカルさん。

 うーん。そう言わると。

 わたしとせいらちゃんの袖をひいて、ももちゃんがこそり。

「ねぇ、試してみない? 無料の1回だけ!」

 わたしも、正直ちょっと心が傾いてる。

「うん。1回なら、いいかもね」

「ねぇ、いいでしょせいら」

「モンゴメリさんに相談なしっていうのが、気になるけど……」

 まだ思案顔のせいらちゃんに、ももちゃんがたたみかける。

「初回無料キャンペーンなんて、駅前で試供品の化粧水もらうようなもんだよ! ね、ね、お願い~」

 せいらちゃんも、このナゾなたとえに、ちょっと説得されちゃったみたい。

「そうねぇ……。試すだけなら」

「やったー!」

 えへへ。わたしも内心、ちょっとわくわく。

「毎度、ありがとうございます」

 わたしたちは3人のお姉さんたちと向かい合う形で、カウンター席に移動した――。

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