番外編 雨とチェリーとルピナスさん

① 5月のももの雨模様

 カフェを出ると、奥付の街を優しい雨が濡らしていた。

 5月の最後。

 バラのつぼみがそっとひらきはじめて。

 ちょうど世界が梅雨入りする季節に、あたしは生まれた。

 それは、いつものメンバーでランチがてら文学乙女恋カツミーティングをして、帰りの出来事だった。

 塾で講習帰りのせいらにあわせて、今日の会議室は奥付駅ちかのカフェ。

 だったんだけど。

「せいら、来ないね」

「今日はもしかして講習長引くかもしれないって。お昼までにこれなかったらさきに帰っててって言ってた」

 あたしは桃みかんシェイク、夢はいちごラテをお盆に乗せて、席に座りながら、そんな会話をする。

「じゃ、今日は夢と二人会議か」

 ま、たまにはいいかもね。

 なんて油断してたら。

「ももちゃん、最近マーティンとはどう?」

 ぴんっと針で心を刺されたような感覚。

 はずみのように、あたしはスマホを見た。

 連絡、なしか。

「どうしたの?」

「ううん、あたしのことより」

 あわてて話題を変えたのは、ほんとのとこ、触れられたくなかったから。

「夢は? 毎日好きな人と会えるんだから、いいことだってあるでしょ~」

 つとめて明るくいったけど、夢はうつむいた。

「星崎さん、最近帰ってくるの夜遅くて。朝も早いから、ほとんどすれちがいなんだよね……」

 わたしと、会いたくないのかなぁって言う夢に、胸がきゅんと狭くなる。

 そう、好きな人がいるって楽しいけど、不安だよね。

 よし、このもも、親友のためにひと肌ぬぐぜよ。

「このあいだの運動会だって応援きてくれたじゃん。お弁当も超カラフルなの作って」

「ああ……あのとき」

 回想するように夢の目つきが遠くなる。

 よしきた。もう一押し。

「父兄のリレーでダントツ一位とっちゃってさ! さすが王子だね。でもあれはきっと夢にいいとこ見せたかったんだとこのももはふんでいるのだ。むふ、王子様も無理するんだね」

「うん……あれね……」

 あれ?

 夢はなぜか嬉しくなさそう。

「ほんとうに、無理してたみたい……」

 な?

 場を盛り上げる冗談、だったんだけど。

「あのあと、家に帰ったら星崎さん、全身の痛みと戦いながらお仕事してた……。運動会に呼ぶなんて、悪いことしちゃったな……」

 しまった。

 あたしとしたことが、はずした!

 ますます落ち込む夢をなんとかなぐさめて、会議はおひらきになった。

 帰りがけ、あたしと夢は、せいらの家の郵便受けに寄った。

 あたしが提案して作成した会議録をとどけるため。ルーズリーフノートを破いた紙には今日話したこと(ほぼ星崎王子が走って身体痛めた話)と、次回話したいこと、それからせいらへのメッセージが書かれてる。




せいらへ


 今日の議事録です~。また恋カツしようね。勉強もいいけど、たまにはさぼれっ! 

もも叶


 雨がいよいよ本降りになってきたのは、栞町の駅に着いてから夢と別れた直後だった。

 こんなとき、朝が苦手で天気予報もろくに見ないで学校に行く己の習慣が恨めしいぜよ。

 そろそろ梅雨入りだなんてノーマークだったから、傘も持ってない。

 あたしはあわてて、近くのケーキ屋さんの赤い屋根の下にかけこんだ。

 したたり落ちる雨を見て、ふりかえるのはさっきまでのこと。

 夢のこと元気づけるつもりが、よけい落ち込ませちゃったかな?

 それと。

 ついに最後まで、夢もあのことには触れなかった。

 スマホを取り出して見ても、カレからも、ライン一つない。

 ほんと言うと、あたしの心もちょっぴり雨だれ模様。

 だって、今日は――。

 頭の上に水色と白のストライプ模様が広がる。

 傘――あたしの上に、誰かが傘を傾けてるんだ。

「お困りですか、お嬢さん」

 こっちに首を傾げて微笑むのは、ちょっとくせのある優しい茶色い髪に、同じ色の目。

「なんてね」

 ジョニーが、こっちを見て笑ってた。

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