⑤ カレたちを覗き見

 映し出されたのは、星降る書店の事務室だった。

 星崎さんのデスクの向かいがわに、小さな机が置かれてて。

 その上には二つの缶ビールと、一つのコーラ。

「星降る書店の大掃除、ご苦労様」

 星崎さんの声がして、三つの缶がぶつかる。

 今日はいつものエプロンをとって、ラフなシャツを着てる。

「三人きりで大型書店全体は無茶でしたよ。あー肩いて」

 隣で缶ビールを手にそうこぼしてるのは神谷先生。やっぱり動きやすいTシャツ姿だ。

「悪かった。人手が足りなくてね。二人とも、明日からは思う存分彼女と遊んでくれていいよ」

「明日からじゃ意味がありません。僕は今日、メイド姿をして働いてる彼女に会いに行きたかったんです」

「龍介、お前は実に正直だね」

「って、マーティン少年が言ってました」

「なっ。ごほごほっ。僕はそんなこと、一言もーーっ」

 愛ラブジャパンって書いてあるTシャツを着たマーティンがコーラでむせてる。

 へぇ。

 わたしたち三人は、鏡の中の様子に見入った。

 三人が今日星降る書店の大掃除をしてたなんて知らなかったし、それに……なんか、楽しそう。

「掃除始めたばっかりのときに、もも叶ちゃんからの写メを嬉しそうに眺めてたのは誰だっての」

 マーティンの額をこづく神谷先生だけど、星崎さんがすかさず、

「ねたむな。自分はせいらちゃんからラインが来なかったからって」

「先輩。どうしてそれを」

 これを聴いたマーティンが勝利者の微笑みでぼそっ。

「……僕の勝ちです」

 神谷先生は、ちょっと咳払いして、

「別に、オレは、彼女のメイド姿が見たいなんて、ぜんっぜん思ってませんよ。ジーパンでどこを旅したとかいう写真より、たまにはそういうの入れてサービスしろよとか、まったくこれっぽっちも」

 星崎さんとマーティンは目を見合わせてふっと笑ってる。

「そういうことにしておこうか」

「ただ、保護者として多少は心配だっただけです。あいつカフェでメイドするとか言いやがるから、やってきた客に、『ご主人さまおかえりなさい』とか言ってんのかなとか。だとしたらそのご主人様のコーヒーカップにわさび一本入れてやる」

 神谷先生ったら。

 横でせいらちゃんの目も据わってる。

「もう、なに言ってんのよ」

 でも、ほっぺは真っ赤。ふふふ。

 意外にマーティンも深刻そうにうなずいて、

「それは、僕も思いました。現代日本には、ご主人様という仮名を持つ人物に、ねこ耳とフリルの服の女性がかしづく文化があると知っていたから、もも叶にはラインの返しで警告しました。なにかされそうになったらすぐ連絡するんだって」

 隣でももちゃんも苦笑。

「あの長い警告文には多少びびったよ」

「二人とも、彼女たちのバイト先はそういう店ではないから大丈夫だよ」

 星崎さんはさすが一人、落ち着いてるけど、

「どうすかね。先輩がそんなのんきだから、夢未ちゃんを怒らすんですよ」

「僕もそう思います」

 神谷先生とマーティンにつめよられて、星崎さんも困ってる。

「こぶたのパジャマが、そんなにまずかったかな」

「王子様としてはナシですね」

 うんうん。

 神谷先生、きっぱり言ってくれて感謝です。

「逆に、どういう意図で、そのルームウェアを選んだんですか。ただかわいいだけならもっと他に選択肢はあるかと」

 マーティン、わかってる! そう、そのとおりだと思うの!

「あぁ、それはだって」

 星崎さんは、なんのためらいもなく、言ったんだ。

「おいしいものをいっぱい食べて、ぐっすりいい夢を見て、かわいいこぶたさんになってくれればって思っただけだよ」

 ……。

 神谷先生とマーティンは、顔を寄せてひそひそ。

「前から、ちょっとこの人ふつうじゃねーなとは思ってたけど」

「星崎さんの理想の女性は、こぶただったんですか」

 それすらも余裕でかわして、星崎さんは最後に、こう言ったの。

 極上に甘くて、どこかあやしい、王子様の雰囲気で。

「そうすれば、最後はオレが食べてあげるから」

 ……ん?

 鏡の外と中とで、ひゃっという声が響いた。

 鏡の中では神谷先生があきれたように言う。

「出たよ、黒王子」

 マーティンも額に手を当てて、

「逃げられない夢未が気の毒だ」

 鏡の外でも。

「星崎さんたら。やだ、大人だわーっ」

「せいらちゃん?」

「超大胆。夢、これは許してあげなって」

「ももちゃん……」

 うーん、よくわからないけど。

 わたしはいつの間にか許してあげようかなって気持ちになっていたんだ。

 ぶたさんになるのはいやだけど、星崎さんに食べてもらえるなら、それもいいかな。なんて。

 そこへ、やれやれ。聞いているだけで胸やけだっていう声がして。

「恋のご褒美は楽しんでもらえたかな? 明日からもチーム文学乙女の活躍に期待してるよ」

 はーい。

 わたしたちはケストナーおじさんにお礼を言って、ウェイトレスの服を着替えに、衣裳部屋へ向かったんだ――。

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