④ そのころ本編主人公は

 「クチュンっ」

 「夢ちゃん、寒い? 冷房止めようか」

 「あ。いえ。そういうわけじゃないんですけど……」

 なんでくしゃみがでたんだろう。

 わたしはページをめくる手をとめて、うーんと考える。

 星崎さんと二人で作った冷やし中華でお昼を食べたあと。

 いつものようにリビングで、食後のアイスティーを入れて、お仕事をする彼の隣で、本を読んでいたんだ。

 せいらちゃんが今日学校の図書室に返却していった『風に乗ってきたメリー・ポピンズ』。もう一回借りて、読み返してたんだけど。

 気のせいかな、前読んだときに比べて、何かが欠けてる気がするんだ……。

 わたしはぽんと一旦本を閉じて、アイスティーを飲んだ。

 ま、いいや。

 それより今日は、ももちゃんの大事なデート。

 今頃マーティンと楽しんでるかな。

 ファンタジア水族館に行くって言ってたけど。

 「『メリー・ポピンズ』か。懐かしいな」

 星崎さんの声で、はっと我に返る。

 「小さな双子の赤ちゃんが出てくるところ。昔読んで印象的だった」

 そうそう、そのシーン!

 「赤ちゃんたちは、鳥のおしゃべりや、風の声、太陽の話し声も聞こえるんですよね。わたしのその場面、大好きで。ほんとに、赤ちゃんってそういうことできるのかなって」

 星崎さんと同じ場面が好きなんて、嬉しい。

 ……あ。

 わたしははっとして、本をぱらぱらめくった。

 ない。

 最初のページに戻って目次を見ても、やっぱり、ない。

 双子の赤ちゃんのその場面、『ジョンとバーバラの物語』っていう章が、本からきれいに消えていたの。

 どうしよう。

 また本の世界の事件……?

 気になったけど、星崎さんの次の衝撃発言に、意識が完全に持っていかれてしまったの。

 「小さい子は不思議な力を持つって案外ほんとうだって聞くよ。夢ちゃんもお母さんになったら、よく赤ちゃんを観察してみるとわかるかもね」

 お母さんになったら?

 ぼっと顔から火が出そうになるけど、なんとか答える。

 今日も学校でそんな話になったけど。

 「わたし、憧れなんです。お母さんになるの。公園に行ったり、遊園地行ったりするの。たまに、想像するんです。かわいい赤ちゃんと……」

 それから、すてきな旦那さんがいて。

 ちらと星崎さんを見ると、アイスティーをかき回しながら微笑んでる。

 「うん。夢ちゃんみたいな子は新しい家族を持つと、いいかもね。

 自分が生まれる家族は自分ではどうにもできないところがあるけど。

 自分が作る家族は、無限に想いを注げるから。

 愛情が溢れてる子ほど、新しい家族をつくるのには向いてるんじゃないかな」

 えへへへ。

 なんかくすぐったいなぁ。

 「すてきな相手を選んで、幸せになりなよ」

 何も言えなくて、わたしはアイスティーを一気に飲み干した。

 コツン。

 氷が舌べらにあたって、いったーい。

 こういう台詞が似合って、きらきらして見えるのが、星崎さんのすごいところなんだ……。

 あ。

 わたしは言うことを思いついて、グラスを置いた。

 「星崎さんは、自分で選ぶ、新しい家族とか、いらないですか」

 このあいだ、彼は生まれた家族の中で辛い思いをしてたって知ったから。

 やっぱり、星崎さんこそ幸せにならないと。

 彼はちょっと首を傾げた。

 「オレは、もう選んだから。新しい、自分の家族を」

 それって。

 「夢ちゃんは、立派な家族だと思ってるよ」

 なんだろう。

 嬉しいけど、ちょっと足りなく思う。

 もっともっとってわがままになっていくんだ。

 家族って言ってくれて嬉しいけど。

 「星崎さん、それ……妹とか娘っていう、ことですよね」

 それだけじゃ、わたし。

 俯いていると、うーんと考えて、星崎さんはぽつりと言ったの。

 「少し、違うかな」

 え……?

 おそるおそる、顔を上げた。

 「夢ちゃんは、オレが選んだ人だからね」

 それって……!

 続きを待つけど、彼はそれ以上なにも言ってくれずに、お仕事を始めちゃったの。

 きらきらと夏の太陽さんが、お部屋を照らしてくれてる、

 ふふふふ。

 よかったね。

 そんな声が、聴こえてくるような気がした。

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