番外編 星降る書店棚卸あれこれ
① 黒猫王様からのお達し
カフェ『秘密の花園』のいつもの赤いギンガムチェックのカーテンが、白いレースカーテンに取り換えられてる。その窓から初夏のお日様の光が白いテーブルを照らしてる。
わたしたちはいつものように、お店に集合して文学乙女会議中。
でもちょっと手元と口元が寂しいかな。
いつもなら女店主のモンゴメリさんが用意してくれるよく冷えたいちご水や季節のスイーツがあるんだけど。
今日は出張でお留守って置手紙が置いてあったんだ。
「こう暑くちゃ、キンキンに冷えたシトラスティーかシャーベットアイスでもないと、やる気でないよね~」
ももちゃんがシャツの襟元を仰ぎながら言った。
「今回ばっかりはももぽんに賛成」
せいらちゃんまでテーブルに両手を投げ出してうだってる。
わたしはあわてて、
「ふたりとも、そんなこと言わないでがんばろうよ。夏はいろいろ、恋カツのチャンスだよ」
海にお祭り、花火大会ってね。
「んー、そうなんだけどさ。その恋カツ、最近あたしたちマンネリ気味じゃない?」
ももちゃんが低く頬杖ついて言ったその言葉に、ぎくっ。
「そうよねー。三人とも、これと言って、ドラマティックな展開や、危機があるわけじゃなし。万事恋の気圧は穏やか。時々小さな胸キュンあり。つまり、ごく平和なのよね」
刺激が欲しいところって、せいらちゃんも言う。そうかな……。
「確かにそのようじゃの」
……え?
「夢、やだな。変な喋り方して」
「ももちゃん、今の、わたしじゃないよ」
今の声、誰?
三人で首を傾げた時、テーブルのすぐ隣にある窓がかたっと空いた。
レースカーテンを揺らす涼しい風と一緒に、黒い何かがすばやく飛び込んできて、わたしたちはびくっと身体を震わせる。
次の瞬間、テーブルの上には、黒い猫さんが緑のよく光る目でじろっとわたしたち三人を見てた。まるめた尻尾の上に、銀のトレイを乗せてて、そこには三つのシトラスティーとレモンシャーベットが乗ってる。
「注文の品を持って参ったぞ。このわれ直々にだ。感謝してもらおう」
猫さんはそう言って、トレイをテーブルにのせると、器用に尻尾を駆使してグラスとカップをわたしたちそれぞれの前に置いて。
って、えっ!?
「猫がしゃべった?!」
いち早く反応したももちゃんの額を、黒いしっぽがはたく。
「いたっ」
「われはただの猫ではない。名作児童書出身の、猫の中の王なのだぞ。言葉をわきまえよ」
って~、と、額を押さえるももちゃんを見てなにかを学習した表情のせいらちゃんが、
「猫の王様ともあろうお方が、どうしてこちらに?」
こほん、と王様は、猫さんなのに咳払い。
「うむ。ルーシー・モードから頼まれたのじゃ」
「るーしー・もーど? なにそれアラモードの親戚? プリン?」
ももちゃんにわたし、こそっと耳打ち。
「モンゴメリさんのファーストネームだよ」
いかにも、というように猫さんは大きく頷く。
「カフェの女店主である自分の代わりに、恋する三人をもてなしてほしいと頼まれたのじゃ」
さすがモンゴメリさん!
でも猫さんは、しれっと首をかきながら、
「だがわれは公務で忙しい。よって一言だけ、アドバイスを授けたら帰るぞ」
「えーなにそれ、たんにめんどくさいだけなんじゃ――」
「ももぽんっ」
せいらちゃんがあわててももちゃんの口を塞ぐ。ナイス。
王様の機嫌を損ねたら、そのアドバイスすらもらえなくなっちゃうかもだもんね。
王様は、もう一度咳払いをする。
「文学乙女会議では毎回、冒頭でそれぞれの恋の近況報告を行うと聞いておる」
ばたんとテーブルから立ち上がったのはわたし。
「そのとおりです! それが『恋文』シリーズの中で、女の子たちの視点から物語が語られる、かわいくて見どころのシーンの一つにもなってて!」
「夢っち、誰に向かって力説してるの?」
思わず力んじゃったわたしに、せいらちゃんがつっこむ。
ぎろりと、黒猫王様の目が光る。
「じゃが、それも毎回同じテイストでは飽きがくるの。読者としては、新たな味がほしいところじゃ」
「そ、それは……」
「夢、なにぎくっとしてるの?」
今度はももちゃんにつっこまれる。
「そこでわれからの助言はこうじゃ。ずばり、近況報告の前に、それぞれが今後の恋カツの目標を述べよ!」
なるほど!
ぽん、とせいらちゃんが手を打った。
「これからカレとの関係をどう変えたいのか宣言するのね! 名案だわ。それを頭に置いてがんばれば実際に恋も進みそう」
「うーん、悔しいけど一理ありかも」
すでにシトラスティーを飲み干してシャーベットのスプーンを口に入れながらももちゃんも唸ってる。
「われのありがたいお言葉は以上じゃ。それでは乙女たち、また会おう」
黒猫王様はしっぽをあげて助走をつけるとあっさり、窓から出て行ってしまったんだ。
謎めいた言葉をもう一言、残して。
「じゃが、気をつけるのじゃぞ。目標に託した願いは、ほんとうになってしまうからの。ふふふ」
それでもちゃんとアイスカップとティーグラスを回収していくあたり、しっかりしてるのかも……。
❤
わたしたちはさっそく、文学乙女会議を開始。
それぞれが、テーブルにご自由にどうぞってことで置いてある、赤毛のアンカードに、目標を書いたんだ!
じゃんけんで決めた発表の一番手はももちゃん。
「あたしの目標はね……これ」
白い裏地のカードをくるりんしたそこに、書いてあったのは。
カレに改めて『だいすき』を伝える。
ももちゃんはカレのマーティンと通じ合ってると思うけど。
「ううん。じつは最近、プチ失敗をやらかしまして」
え~、どんなこと?
ももちゃんは語る前からやっちまったな~って顔をして、語り出した。
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