⑯ こうまんちき姫への罰
船内は混乱してざわついている。
テーブルに走ってくる緑と黄色の二つのドレスが見える。
危機を察知して、夢っちとももぽんが駆けつけてくれたみたい。
「せいらちゃん。船が――」
「操縦がきかなくておかしなところに流れ着いちゃったんだって!」
あたしは二人に頷いた。
「きっと、あたしのせいだわ……」
「どういうこと?」
肩に優しい感触がする。
坂本さんのものだった。
「落ち着いて、話してくれますか。せいらさん」
あたしは頷いた。
「モンゴメリさんに貸してもらったこのショール。これは、罰を与えるためのものなんです。ももぽんに嘘ついた、あたしに。でもまさか、こんなことが起きるなんて」
夢っちが安心させてくれるように近くに駆け寄ってくる。
「せいらちゃん。それ、物語の中の誰のものなの?」
「確か、『高慢ちき姫』のヴェールって」
夢っちはすばやく頷いた。
「『ストーリー・ガール』に出てくるお姫様だね」
「夢、それどんな話なの?」
そう訊くももぽんに、夢っちは答える。
「物語を語り聞かせるのが上手なストーリー・ガールがみんなに語るお話の一つなんだ。
あるところにとってもきれいだけど、高慢なお姫様がいたの。
姫は世界中の王様を家来にしちゃうような最強の王様のところへでないとお嫁に行かないって言い張ってるのね。
姫のところには次々に結婚を申し込む王様が現れたけど、世界一の王様はすぐに別の王様に倒されて、その王様もまた別の王様に倒されてって、どんどん変わっていくの。
そしてついに、白馬に乗った全身も顔も鎧で覆った騎士が、自分こそ全ての王を従える王だって名乗って姫の前に現れるんだ。『そなたが最強の王ということを証明しろ』って命令する姫を騎士は馬に乗せて連れて行くの。
辿りついた場所は……」
その続きを言うのをためらって、夢っちが口を閉じる。
そこでまた、人々の悲鳴が上がった。
十字架だらけの島の一つから、デッキに向かって、まさに全身鎧の騎士が乗り込んできたの!
騎士は止めようとする男の人たちを容易くかきわけて、船の建物の中に――このレストランに、向かってくる。
物語の恐ろしい台詞を叫びながら。
「ここはわたしの国だ。ここにあるのはみな、私が倒した王たちの墓だ。美しい姫君。わたしは死なのだ!」
これが、物語の結末なのね……!
❤
どうしよどうしよと、ももちゃんがあたふたする。
「せいらのばかっ。ここまで自分を罰することなんかなかったよっ」
「わーん。ごめんなさいももぽん。そういうわけで、坂本さんが彼氏っていうのは嘘なの! でもそれがほんとうになっちゃってて……あぁ、だからえっと」
混乱するあたしをばしっと抱きとめてくれたのは、おどけた声だった。
「落ち着くのだせいらっ」
ももぽん……。
「あたしに嘘ついたのは、心配かけないためでしょ。わかってんだからね」
「うぅ……っ」
泣きそうになる。
「それにかえって安心したよ。せいらはやっぱりあの先生が――彼が好きなんだよね」
「……えぇ」
横から夢っちがつっこんでくる。
「あの、ももちゃんにせいらちゃんっ。いい雰囲気で仲直りしてくれるのはとっても嬉しいんだけど、今はそんな場合じゃ」
次に口を開いたのは、坂本さんだった。
「ったく、お前らしいな」
え……?
なんだか、ずっと前から知ってる声のような。
そうこうしているうちに、死の国の騎士様が到着する。
「せいら姫。待っていたぞ。さぁ船から降りて、わが妻となるのだ。これがお前の望んだ罰だ!」
えぇ、確かに、うんときつい罰とは言ったけど。
そんなぁっ。
「あぁ母さん、先立つせいらの親不孝をお許しください~」
「させるかよ」
背中に、力強い腕が回される。
「肩に手乗せな、せいら」
竜平さん……?
わたしを抱き上げて、彼は走り出した!
あら、この気持ち、どこかで……。
驚く夢っちとももぽんが遠ざかって行く。
腕の中で揺られながら、懐かしい記憶が頭をかすめた。
雨の中、弱ったわたしを抱いて走ってくれた人がいた。
あのときもあたしは弱ってたんだっけ。
「もう、頑張るな。あとはどうにかすっから」
恐怖のあとのほっとした気持ちで一気に疲れがきて。
わたしは目を閉じたの――。
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