② くまさん書店員

 サンジョルディの日。

 それは4月23日に、大切な人に本を贈る風習。

 スペインではじまったんだって。

 好きな人に、ぴったりの本を選んで、プレゼントする。考えただけでもすてきだよね。

 これはチーム・文学乙女の活動に加えないわけにはいかない!

 それぞれの恋も大事な活動だもんね。

 ぜったい喜んでもらうんだ。あの人に。

 あ……ばれちゃった?

 そう。わたしには、好きな人がいるんだ。

 誰かって? じゃぁ、とくべつに教えるね。

 星崎幾夜さん。

 わけあってお父さんとお母さんと別れて暮らしてるわたしをひきとってくれた星降る書店の店主さんなの。

 すごくかっこよくて優しいんだ。もう世界一だよ!

 あ、しまった。今、まさに星降る書店にいるんだった。

 本人に訊かれなかったかなって、思わず周りを見まわしちゃう。

 「夢。なに小動物みたいな動きしてんの? ちゃんと本選びなよ」

 ももちゃん。そ、そうだった。

 今日はサンジョルディの、前日。星崎さんにあげる本を選びに来てるの。

 ここは栞町駅ビル星降る書店の6階。大人向けの本のコーナー。

 本は好きで色々知ってるけど、う~ん、年上の男に人にあげる本って、なかなか難題。

 迷っていると、ももちゃんがにやり。

 「このさい、愛の詩集かなんかにしちゃいなって」

 顔がかっと熱くなる。

 「そんなの、とてもとても!」

 ハードル高すぎだよ。

 やっぱりここは、星崎さんが楽しめる本がいいよね。

 「そう言ってもね。英語をペラペラ話してドイツ語で映画を観るような人って、どんな本で楽しんでるんだか」

 う。そうなんだよね……。

 優しいのとかっこいいのだけでも十分なのに、頭もすごくいいんだ、星崎さんて。

 うなだれたとき、あるカラフルなポスターが目に入った。

 そこに描かれていたのは青いダッフルコートと、赤い帽子。かぶっているのは、かわいいくまさん!


 大人の方も天然くまさんに癒やされてみませんか? 『くまのパディントン』シリーズは、階段を上がってすぐの7階の児童書コーナーです。


「『くまのパディントン』。すごくすてきだよねって、星崎さんと話したことあったんだ」

 彼も小さい頃読んで、あのくまの失敗には笑ったよ、また読みたいなぁって、すごく優しい目で言ってたのを思い出したの。

「決まりだね」

「うん。買ってくる」

 ももちゃんにそう言って、7階に上がってすぐ。あった! 平積みにされてる、パディントンの本。

ここで働いてる星崎さんに鉢合わせないように気を付けながらレジに向かうと、女の店員さん に言う。

「あの、プレゼント包装、お願いします」

「はいはい。係の者におつなぎしますね」

 プレゼント包装に、係なんてあるのかな?

 ちょっと不思議に思ったけど、わたしは待つことにしたんだ。

 だいぶ待ったけど。

 おかしいな。星降る書店の人ってみんなすごく早く本にきれいな包装紙をかけちゃうんだけど、って思った頃。

 どたっばたっと、ちょっぴり不安定な足音が聞こえてきたの。

「お待たせしました~! お客様~」

 どんっと音を立ててレジの向こうに立ったのは――え……。

 その店員さんは、桜の花束の柄の包装紙で包まれた本をわたしに差し出したの。

「この包装紙、ほんとは明日のサンジョルディの日にしか使っちゃいけないって言われてたんだけど、特別です。ついでに、くまの手形スタンプもサービスしておきました。だって、それくらい嬉しかったんだもの。ほんとうのほんとうにぼくの本を買ってくれた、あなたは一人目のお客様ですから」

茶色くて大きな耳、黒い鼻と目、赤い帽子。青い――エプロン。

 わたしは声をあげそうになる。

「しーっ。驚かないで。そう、ぼくパディントン・ブラウンです。お客様がお買い上げくださったこの本から来ました。今日だけここの店長さんにお願いして、アルバイトさせてもらってるんです。そのお金で、ぼくをひきとってくれたブラウン家のみんなと、親友のグル―バーさんに、本をプレゼントしたくて」

 って、周りのお客さんみんな、完全に着ぐるみだと思って写メしてるけど。

 ちょっと前メルヒェンガルテンで見た新聞にも、パディントンがこの街に来てるって書いてあったけど、アルバイトしてるのって、星降る書店だったの!? 星崎さん、面接とかしたのかな?

 色々つっこみたいところはあったけど。

 わたしはそんなことより、いちばん言いたかったことを言った。

「すてき。パディントンに会えるなんて、わたし思わなかったよ」

 ここはファンとして、気持ちを伝えるべきだよね。

「パディントン、あなたを見てると、気持ちがふわっとあったかくなって、幸せになるんです」

 やっとそう言うと、パディントンはふさふさの手を――違った、前足を差し出してきた。

 わたしはそっと茶色のそれを握る。

「ぼくは君のキモチに暖炉をいれたり、柔らかくするためにこねたりした覚えはないから、残念ながら、どうしてそんなふうになったのかはわからないけど……、でもとっても嬉しいよ」

 ふふふっと笑っちゃう。おかしいな。でもパディントンは大真面目。

「君の大切な人も、喜んでくれますように」

 そして、商品の本をていねいに手渡してくれたんだ。

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