⑧ ナイトパレードにさらって
わたしたちは、アンデルセンエリアの大通りにもう一度集合したんだ。
ストーリーシーのナイトパレードが、もう始まっちゃってる!
物語の中の住人たちがきらきらひかるセットで現れて、手を振ったり踊ったり、すっごくきれい。
ももちゃんはマーティンの手を引いて、見てあれシンデレラ、赤ずきんちゃん! っていちいち絶叫してる。
パーさんのゴンドラに見惚れてるせいらちゃんの肩に神谷先生が手を置いてる……う~ん、こっちもいい感じ。
みんなそれぞれ夢中だね。
そして……。
ちらとわたしは星崎さんと小夏さんに目をやる。
相変わらずこの二人も、近くにいて。
「小夏」
えっ。
星崎さん、小夏さんに話しかけてる?
わたし思わず、耳ダンボ。
「買い忘れたものがあるから、ちょっとそこまで行ってくるよ」
な、なんだ。そんなこと……。
「えぇ~。信じらんない。ナイトパレード見ないなんて」
小夏さんは言うけど、星崎さんも笑顔のまま。
「なんと言われても、大事な要件だからね」
ふっと小夏さんが寂しそうな表情になる。
「……わかったわよ。あたしを置いて行くからには、しっかりやりなさいよね」
それだけ言って、パレードに目を戻して、パーさんたちに手を振り始めた。
小さく、星崎さんの肩が上下して。
あれ。
次の瞬間、目が合ったの。
「夢ちゃん、そういうわけなんだ。付き合ってくれる?」
ふえ?
「ごめん。そこの店まで。すぐ済むから」
なんでわたしなんだろう?
一人の方が自由に選べるのに。
そう思ったけど。
「はい」
わたしは頷いた。
よくわかんないけど、いいや。
これでやっと、彼と二人でいられるんだって思ったら、なんかそうしちゃってたんだ。
❤
星崎さんと並んで夜のストーリーシーを歩いて、さっきのお土産屋さんにさしかかった。
屋根の上がライトアップされててかわいい。
わたしは止まろうとしたけど、え?
星崎さんはその前に来ると、足を速めたの。
そして。
「少し急ぐよ」
囁くようにそう言うと、わたしの手を取って、走り出したんだ。
ど、どういうことっ。
わからないけど、なにも言えなかった。
星崎さんと一緒に走ってて見える、街頭や、光の海が。夜景の景色が、すごくきれいに見えて。
心がぼうっとして。
気が付いたら、ストーリー・シーの真ん中『青い城』の前の湖に来ていた。
幻想的な青い屋根をいくつも持つお城が、紫に、赤に、いろいろな色に光って、その姿が湖に反射するの。すごくきれい。
「あの。星崎さん。お土産屋さんを、遠く離れちゃったような」
微笑む星崎さんの瞳に、あやしいちょうちょみたいな紫の光がちらつく。
「うん。とっくにすぎたよ」
え?
「いいんですか? 大事なもの買い忘れたって」
「夢ちゃんはほんと、すなおでいい子だよね」
優しく笑って、星崎さんは言ったんだ。
「買い物につき合わせたって、まだ信じてくれてるんだ」
え?
どういうこと?
星崎さんはほかに用事があったってことかな。
でもわざわざ、みんなから遠く離れてまで?
頭の中がぐるぐるする。
気が付くと彼がすぐ近くまで来ていた。
「嘘だよ。用事なんて」
声より息の多い声に、全身がびりっとする。
なに。
わたし、へん。
魔法にかかったみたいに、身体が動かない。
「み……んなのところに、戻らなきゃ。きっと心配して、ます」
星崎さんがたてひざをついてわたしの手を握る。
「ここまで連れ出してきておいて、大人しく帰してあげると思った?」
覗き込むように首を傾げて、その目がわたしを、見る。
「夢ちゃんは遊びにきても、みんなのことばかりなんだね。
なにをするにも、心の中に自分以外の誰かがいる。
大変でしょ。それじゃ」
いつもの優しい、切れ長の目なのに。
今はなにかが違う。
そのなにかがわたしを縛るの。
でもそれはいやなものじゃなくて。
ひきつけられちゃうからこそ、囚われちゃう。そんな、感じなんだ。
「たまには忘れさせてあげようか」
星崎さんのその言葉の直後。
パンって音がして、わたしは湖の上を見上げた。
わぁ……!
赤、黄色、ピンク。紫。
大きな、花火だ。
最後に、大きなハート型が打ち上げられる。
青い城と一緒に水辺に映って、すっごくきれい。
星崎さん……これをわたしに見せてくれるために?
そう言うと、彼は頷いたの。
「夢ちゃんと、見たかったんだ」
そして、少しだけ悲しそうな顔になったの。
「今日、ずっと浮かない顏してたから」
えっ。
「正直に、言ってほしいんだ。
なにを悩んでるの。
お父さんと、関係あること?」
たてひざの姿勢のまま、ぐっと、肩を引き寄せられて。
ほ、星崎さん、近いっ。
違うよ……。
わたしが今日元気出せなかったのは、星崎さんが小夏さんとばっかりいたせいなのに。
ぜんぜん、わかってないみたい。
はぁぁ~。
わたしは何気なく、星崎さんの肩の向こうに目をやった。
そのとき、一気に心が凍りついたの。
とっさに、彼の胸の中に顔を埋める。
「夢ちゃん……?」
「今、そこに、お父さんが。お父さんがいた気がするんです」
ふわっと、震える身体が持ち上げられる。
彼の胸に押し当てた顔に優しく手が添えられて。
「気のせいだよ。こんなところにいるはずない」
「……でも……」
外に向けようとした顔が、星崎さんの胸に押し戻される。
「見ないで」
いつもより、低い声がする。
「他のことは考えないで。
オレのことだけ、感じてればいい」
わたしはそっと、目を閉じた。
星崎さんの胸の音がする。
じっと、耳を澄ませてたら少しだけ落ち着いてきて。
ほっとしたわたしの耳をかすめたのは、別人のように悲しそうな、彼の声だった。
「やっぱり、夢ちゃんのお父さんには、勝てないのかな」
思わず顔を上げようとするけど、やっぱり優しく胸に抱えられてしまう。
そのままで訊いてっていう彼の声がする。
「君の悲しい声を聴くと落ち着かなくなる。
呼応するみたく胸が痛むんだ。
星降る書店にぼろぼろで君が駆け込んできたあの日以来ずっと。
夢ちゃんがまた泣くことになるかもしれないって、そう思うたびにとりみだしてる。
自分でもどうにもならないんだよ」
呻くような声がする。
しばらくしてそれは、自分のものだって気づいた。
わたし、泣いてるんだ。
彼の胸で。
星崎さんのこんな必死な声、初めてで。
「ごめん。怖がらせる気はないんだ」
「嬉し泣きです」
ほんとだった。
その証拠みたく、涙は思い切りよく弾けて、なくなっていく。
「さっきはちょっとびっくりしたけど。
星崎さん、そんなにわたしのこと想ってくれてるんだって。
やっぱり、すごく優しい人です」
ようやく顔を上げて、抱かれながら見た星崎さんは少し驚いてる顏だった。
ふっと溜息をついて、彼は言ったんだ。
「優しい人、か」
え?
なんだろう、この残念そうな響き。
「もう、いいよ」
それなのに表情だけはいつもと変わらないのがわたしを混乱させるの。
「夢ちゃんが笑ったなら、もうなんでもいい」
わたしは星崎さんの腕の中から、降りた。
「ほっとしたら、お腹すいちゃいました」
「戻ろうか。みんなのところに」
さり気なく握られる手が嬉しくて。
わたしは今度こそ、元気よくお返事した。
「はい!」
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