㉑ 子どもみたいな先生
時計の針が10時を回っても、あたしは誰もいなくなった塾の自習室でシャープペンを動かしていた。
得意な歴史だけど、五年生の最後の単元ともなると、覚えることも増えてくる。
塾の学期末テストで満点とって、絶対かみやんとのデート権をゲットしなくちゃならないんだもの。
うかうかしていられないわ。
ことりと音がして、顔を上げる。
机の上に、ココアの文字の入った缶が置かれてる。
手に取ってみると、あったか~い。
なにより、そこに彼がいるのを感じるだけで、心がほっこりする。
かみやんが机に手をついてこっちを見てる。
「塾長やほかのやつには内緒だぜ」
「やった。ありがとっ」
さっそくプルタブを開けて、一休み。
あま~い。
「ねぇ」
元気をチャージしたあたしはうきうき、かみやんに話しかける。
塾にほかに誰もいないのは今の時間帯くらい。このチャンス、逃すべからず。
「デートどこにする? 星空を観に行く、なんてロマンチックよね。あ、でもさすがに夜遅くはだめか。そうだ。それならプラネタリウムがあるじゃない」
かみやんは呆れたように笑って。
「あのなぁ、いくら希望膨らませたってテストで満点に届かなきゃなしなんだからな」
「あら。かみやん、そう言うけど」
あたしは名探偵のように推理を披露する。
「あたしが満点とることなんて、別に珍しくもなんともないわ。テストを毎回採点してて、それを知らないわけがないわよね」
かみやんは腕を組んで挑戦的に微笑む。
「あぁ、よく知ってるぜ。それがどうかしたか」
「デートとひきかえに、たいして難しくもない条件を出すってことは……まんざらでもないでしょ、あたしのこと」
かみやんはあたしの頭をかるくはたく。
「言ってろ」
こんなのもちょっと嬉しかったりして。
「ですがね、せいら刑事。こうも推理できやしないか? 相手が条件が優しいと油断してるのを狙って、問題をうんとよーく読まないとひっかかる難問をそこらじゅうにちりばめてくる」
うぎゃっ。
その手があったわね。
「よーくこねてひねった問題をプレゼントするぜ。一点でも減点された時点でアウトだからな。うっかりミスだけはすんなよ」
ふーんだ。
そんなふうに脅すけどね。
「そういうのは自分のうっかりを直してから言うものよ」
勝ち誇って、あたしは机にかかってる手提げバッグの中から、光るネクタイピンを取り出した。
狙い通り、かみやんは驚いたようにそれを受け取る。
「せいらが持っててくれたのか。いや助かった。物失くすとうちの連中がうるさいからぶっちゃけ黙って捜してたんだよな」
笑っちゃう。
先生のくせにこどもみたい。
「それと、これ」
あたしは、ピンクの袋をかみやんに渡す。
「……バレンタイン、おめでとう」
袋を受け取ったかみやんが、ふんわりと微笑んでこっちを見る。
「開けてもいいか」
「うん。……友達と一緒にがんばって作ったんだけど……」
「うんま! ちゃんとチョコレートケーキの味がする!」
あたしはびっくり。
「もう食べてるの?」
口をもぐもぐさせながら、かみやんが答える。
「いいだろ、ちょうど疲れてたんだ」
ぷっ。
ほんと、子どもみたい~。
まじめくさった顏でかみやんはこんなことを言った。
「さすが自分で良妻賢母間違いなしって啖呵きるだけのことはあるな」
かぁぁっと顔が熱くなるのがわかる。
赤面だわ。
「あのときは、ちょっと、気持ちが焦ってて……」
そのとき、冬の空のオーロラみたいに、優しい声がした。
「わかってるよ。ありがとう」
え?
顔を上げると、いつもの勝気なかみやんの顔に戻ってる。
「けどな、出題と採点は容赦しないぜ。これからがんばるためにも、今日はもう帰って休め。いいな」
あたしはうなずいて、机に広げた教科書とノートを片付けにかかった。
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