第155羽

「ってことはエンジもフォルスが何をしているのかよく知らないのか」

「兄貴がよくわかんないことを俺が知ってるはずないっすよ」


 アヤと話をしてから妙な疑念を抱いてしまった俺は、こうしてフォルスを知る周囲の人間に聞き込みをして回っていた。

 フォルスも俺たちもいい大人だ。どこで何をしていようがそれは本人の勝手だろう。しかしそれはつまりフォルスがどこで何をしているのか俺たちが知らなくても当然ということである。


「フォルスさんとは兄貴を通してしか接点ないっすからね」

「そりゃまあそうなんだけどよ」


 確かにエンジとフォルスは顔見知りだが、だからといってふたりきりで出かけたり食事をするほどの仲ではない。あくまでも俺が間に入った上での知人という形だ。


「アヤの話だとひとりで国中駆けずり回ってるらしいが、さすがのフォルスも大変そうだな」

「フォルスさん神っすから、どんな仕事でもうまくこなしてそうっすけどね」


 確かにそれは間違いない。あの真性イケメンチート男はどんな状況においてもチートである。きっとあちこちで俺やエンジが想像もしないくらいチートのを発揮してチートな結果を生み出し続けているのだろう。チートめ。






 エンジに会った帰り、俺は少し寄り道をしてユリアちゃんを訪ねた。

 ルイやユキが一緒でないことにつまらなそうな顔を見せるが、ちょっとだけおじさんのお話に付き合ってくれるかな? すぐに終わるからさ。


「ユリアちゃん、自然公園で探偵ごっこしたときのこと憶えてるかな?」


 俺たちがユリアちゃんと初めて会った時、もっとあけすけに言えばラーラが自然公園でユリアちゃんを拾ってきた時のことだ。なぜ当時四歳児のユリアちゃんがあんな公園の森奥深くまで行っていたかというと、とある人物の後ろを探偵ごっこのつもりで追いかけていたからだった。その後ろ姿がどうもフォルスに似ていたらしい。


「……ゆりあ、うそついてないもん」


 以前俺の家でフォルスの姿を見て「たんていごっこのおじちゃんだ」と言ったとき、信じてもらえなかったことを思い出したのだろう。ユリアちゃんはうつむいて半べそになる。


「ユリアちゃんが嘘ついてるなんて思ってないよ。今日はね、この写真を見てもらいたかったんだ」

「しゃしん?」


 ユリアちゃんが顔を上げる。


 俺は個人端末を操作して記憶媒体から一枚の画像を引っ張り出した。学舎を卒業したときにおふざけで撮った一枚の写真である。

 クラスメイトで集合写真を記念に撮るのは珍しくもないが、誰が言い出したのか『全員後ろを向いた集合写真を撮らないか?』ということになり、生み出されたのがこの一枚。クラスメイト全員がカメラに背を向け、後頭部と背中が数十人分並ぶという意味不明の記念写真が出来上がった。当時は勢いでやってしまったものの、今考えると何やってんだかと我が事ながら呆れてしまう。


 当然クラスメイトの中には俺やフォルスもいるわけだが、後ろ姿だけでは意外に誰が誰だかわかりにくく、卒業直後は結構身内でこの写真を見ながらわいわいと楽しんだものだ。


「この中にユリアちゃんが見た探偵のおじちゃんはいるかな?」

「うーん……」


 全員背中向きという、ある意味ちょっとした不気味さを感じさせる写真に食いつきながらユリアちゃんはひとりひとり穴が空くように見つめている。

 この写真には約三十人の人間、そのうち半数は女子だ。男子の中に茶髪の人間は四人、そのうちひとりは平均よりもかなり身長が低いため、ユリアちゃんが見たという『茶髪で長身』の条件には三人があてはまる。


「あ、このひと! たんていごっこのおじちゃん、このひと!」


 嬉しそうにそう言ってユリアちゃんが指さした人物を見て、俺はやっぱりと妙な納得感を抱いてしまった。

 後ろ姿からでもあふれんばかりのイケメンオーラ。イケメンは後ろ姿だけでもイケメンだという不条理をこれでもかと主張する背中は、フォルスその人だった。






 翌日、俺は定例となっているユキの散歩に町の外にある自然公園へとやってきた。


「フォルさんですか? さあ……、特に詳しい話を聞いたことはないですが」

「ラーラも知らないか……」


 同行者はラーラ、ルイ、そしてユキである。同行者とか言いながら三分の二が人間ではないところへ突っ込んではいけない。


 海辺のリゾート地からユキを連れてきてから八ヶ月。季節は冬を越えて緑あふれる春に突入していた。暖かさを増していく陽光に誘われて、俺たち以外にも大勢の人々が自然公園へと足を運んできている。

 さすがに地元の人間はユキの姿も見慣れているため騒ぐこともない。ときおり旅行者だか転居してきた新参者だかわからない人間が、ユキの白い巨体を見て悲鳴をあげるくらいだ。

 連れてきた時は子ネコだったユキも今では成体といってさしつかえないほど身体が大きくなっている。事情を知らない人間からすれば、出会った瞬間に人生の終わりを感じるのも仕方がない。なんせこの世界でネコは猛獣扱いだからな。


「ああ、そういえば」


 ポンと拳を手のひらに打ち下ろしてラーラが思い出したように言う。


「今度は秋都まで行くと言ってましたね」

「秋都ぉ?」


 思わず俺の声が裏返る。


 秋都とは大陸西端にある大きな都だ。歩いて行けば二ヶ月以上はかかるだろうし、列車に乗ったとしても二日か三日はかかる距離にある。まさかフォルスものんびりと歩いて行くわけはないだろうが、だからといって列車に乗れば俺の収入半年分くらいのお金はあっという間に飛んでいくだろう。


「交通費とか大丈夫なのかよ、それ」

「必要経費という形で出るのでは?」


「いや。アヤに聞いた話だとフォルスのやつ、報酬は受け取るけど経費に関しては言い出さないらしい。アヤもその点については心配してたみたいだが……」

「まあ、フォルさんお金には困ってないでしょうし」


「そうなのか?」

「フォルさんって、良いところの出なんでしょう?」


「良いとこの出?」

「だって学舎時代もフォルさんがアルバイトしたなんて聞いたことないですけど、あの頃もお金に困ったような感じはなかったですよ。親許を離れてひとり暮らしなのに。それってつまり実家からの仕送りだけで生活費や学費、おこづかいまで全部まかなえてたってことですよね?」


「言われてみれば……そうだな」

「おまけに学舎入学時から装備の質がすごかったじゃないですか。あの頃は知らなかったですけどフォルさんが一年の時に身につけていた装備、たぶん丸々新品で買えば五百万くらいはする代物でしたよ」

「マジかよ……」


 絶句する俺に冷たい視線を向けたラーラが毒を吐く。


「レビさんっていつもは無駄に勘が鋭いくせに、フォルさんのことになると妙に鈍くなりますよね」


 無駄にとか余計な言葉をつけるんじゃねえよ。普通に勘が鋭いことを褒めろや。

 微妙な顔の俺に空色ツインテールが疑問を投げかけてくる。


「なんでまた突然そんなことを? いつもなら『あいつはチートだから』ですませてるのに」

「むぅ……」


 確かにラーラの言う通りだ。今までは何かあってもフォルスはチート男だからというひと言ですませてきた。実際あいつのチートっぷりは物理法則や確率論の範囲内で考えられる限り最良の結果を導き出すという壊れっぷりだ。

 六面サイコロを振って一が出る確率は六分の一だが、三回連続で一が出る確率は二百十六分の一。だがそんな確率でさえもフォルスならあっさりと三連続で一を出してしまいそうなほどあいつのチート能力は際立っている。まあチートという意味ではティアやアヤも大概だが。


 よくよく考えてみると、フォルスが学舎を卒業してから何の仕事をしていたかも俺は知らないんだよな。


 あれ? おかしいよなこれ。

 どうしてだ? なんで今まで疑問に感じなかった?


「それはそうと、レビさん。少しまじめな話があるんですが」

「まじめな話? 賢人けんじん堂の新作ケーキの件か? おとといたまたま食べたけど、ほんのり酸味の利いたあっさり風味で美味しかったぞ」

「え? なんですそれ、初耳ですけど!? ちょっとレビさんずるい! 私まだ食べてな……じゃなくて、まじめな話なんですけど!」


 おおう……、ラーラがスイーツの話を横に置くなんて明日は空からペロペロキャンディーでも振ってくるんじゃなかろうか?


「悪い悪い。で、何の話なんだ?」

「悪いと思ってるならその新作ケーキをお詫びにおごってもらいたいものです」


「わかったよ、帰りに買って行こう。うちで一緒に食べようぜ」

「それならば良いのです」

「で? 結局何の話だって?」


 機嫌を直したラーラが真剣な目をして俺に向き合う。

 おっと、本当にまじめな話らしいな。


「何という名前でしたっけ? フィールズ大会のときにいた、しつけのなっていない目つきの悪いイヤミなキツネ目のゲス男は?」

「フィールズ大会? ……ああ、バルテオットのことか」


 悪口てんこ盛りの問いかけに俺は導き出された回答を返す。


 去年の夏に参加したフィールズというスポーツの大会で俺たちはとある人物に絡まれた。というか絡まれたのは俺個人なんだが。

 その相手というのがバルテオットという学舎時代の同級生だ。ラーラの言っていたキツネ目というのはおそらくやつのことだろう。試合前にさんざん俺に突っかかってきたあげく、結局史上初のギブアップ敗北という形で自ら恥をさらすことになった男だ。


「そうそう、そのバルなんとかという男です」


 聞いたそばから名前が適当な呼ばれ方になる男バルテオット。まあ俺もあの男には昔から迷惑をこうむっていたし、呼び名なんてどうでも良いと思うが。


「バルテオットがどうしたって?」

「先日繁華街の一角であの男を見たのです」


「そりゃ同じ町に住んでるんだから見かけることもあるだろうさ」

「それがひとりではなかったのです。一緒にもうひとり男がいたのですが、その人物に見覚えがありまして」


「見覚えが? 俺の知ってる人物か?」

「もちろんです。遠目だったので確信は持てないのですが、おそらくあれは――」


 続くラーラの言葉が俺を驚かせた。


「学都で私たちを拘束したシュレイダーとかいう男です」

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