第154羽

 ゴミ処理場の地下で捕まえた魔法使いたちは当然ながら警邏によって取り調べを受けていた。

 ところが、どうも取り調べは難航しているらしい。


 俺が脱出時に持ちだした資料に頼るまでもなく、地下施設内に残っていた多くの資料や証拠によって魔法使いたちが良からぬことを企んでいたのは明らかだった。

 実際、彼らが魔力結晶と呼んでいた疑似中核ぎじちゅうかくもいくつか現物が回収され、資料に記載された内容からもかなりの情報が得られているそうだ。


 彼らの正体は魔力至上主義を唱える非公式団体。秘密結社と言った方が理解しやすいだろうか? 目的は世界を多くの魔力で満たしてより高度な魔法文明を築き上げることだったらしい。どうやら『偽りの世界』のようなカルト集団とは違って、ギリギリ俺にも理解できる目的といえた。まあ『偽りの世界』の目的なんて実際のところはよくわかっていないんだが……。


 疑似中核を用いることで暴走ではなく恒常的に魔力の濃い状態を作りだし、高度で強力な魔法を使える環境を人為的に生みだそうとしていたみたいだ。


 魔法というのは基本的に自分の身体に内包された魔力を費やして行使されるが、だからといって体外の魔力が全く影響を及ぼさないというわけでもない。魔力酔いがその証拠だ。魔力酔いとは体内魔力に引き寄せられて外部の魔力が無理やり体内へ侵入しようとする際に発生する現象らしい。

 外部から流れ込んでくる魔力の量は体内魔力の量に比例するため、保有魔力の大きい人間ほど外部から無理やり入り込んでくる魔力の量が多くなり、結果魔力酔いの度合いもひどくなるのだとか。


 ちょっと話は逸れたが、結局彼ら魔力至上主義者は世界を濃密な魔力で満たすことで、より高度で強力な魔法を思う存分行使できる世の中を望んでいたみたいだ。


 なんというか、身勝手な連中だ。世界中の人間がそれを望んでいるのならともかく、自分たち以外の意見などお構いなしで勝手な事をやって人に迷惑をかけているのだから。

 まあ、人里離れた場所を使って発電所みたいな感じで上手く活用できれば有益な研究なのかもしれないが……。彼らはあくまでも我欲にもとづいて研究してたみたいだからな。


 ただこれらの情報は全て押収した資料からわかったことばかりらしい。

 捕まった魔法使いたちは警邏の尋問にも全く反応せず、まるで自我を破壊された抜け殻のような状態で証言どころかまともな意思疎通もできていないのだとか。


 どういうことだ? 捕まったときに発動するよう自壊用の魔法でも使っていたんだろうか?


 本来なら不法侵入および不法占拠、その他いろいろな罪で犯罪者として収監されるべきなのだろうが、このままだと全員が精神病院行きになるかもしれないということだった。


 なにはともあれ俺とパルノが引き受けた調査依頼は一応成功という形で終了した。ちょっとスッキリしない結末だが、俺たちの働きと成果は高く評価され、事前に提示されていた報酬に加えてさらに十万円という成果報酬をもらったことで懐はホッカホカである。機嫌も良くなろうというものだ。


「それで結局例の資料と疑似中核の破片は処分できたの?」

「あー、いやあ、それがなあ。さすがにあれだけ大事になるとこっそり処分ってわけにもいかなくて」

「そうでしょうね」


 わかっていたとばかりにアヤが苦笑する。


 俺は今、アヤたちが拠点にしている別荘へとやって来ていた。

 今回の件は疑似中核絡みだし、フォルスが直接関与しているということもあって、アヤにも一応情報提供しておいた方が良いだろうという判断だ。

 アヤ曰く、『偽りの世界』とはおそらく関係が無い組織だろうとのこと。ただ疑似中核を研究したり悪用したりする組織は、今回の魔力至上主義者だけではなくあちこちにいるらしい。


「むしろ今回のはまだ大人しい方だと思うわ」


 確かにやっていたことは迷惑極まりないが、少なくとも積極的な破壊活動や反社会的活動を行っていたわけではない。まあ目的が目的だけに、放っておいたらいずれ大きな問題を起こしていたであろう事は想像にかたくないけどな。


「そうなのか?」

「そりゃあね。首謀者全員、国に捕まったらもれなく極刑レベルの危険な集団もいるもの」

「それはまた……、大変だな」


 俺や世間の知らないところで、アヤたちはそういうやっかいな集団を相手に渡り合っているそうだ。アヤたちはある目的のためにダンジョンの中核を破壊して回っているらしい。その対象には疑似中核も含まれるらしく、それを悪用する集団は明確な敵として見ているのだろう。


「とはいうものの、ここのところフォルス君ひとりに負担をかけすぎている気もするんだけれどね……」

「……どういうことだ?」

「あー、うん……」


 珍しく言いよどんだアヤが俺の顔をチラリと一瞥してため息をついた。


「まあレバルト君なら良いかな」


 何か吹っ切れたようにそう言うと、俺が予想もしていなかった内容を話しはじめる。


「実を言うとね。私たちは今ひとつのダンジョン攻略へかかり切りになっているの」

「かかり切り?」

「具体的に言うと半年以上もそのダンジョンを攻略できないでいるのよ。恥ずかしいことにね」


 はあ? アヤの実力で半年かけても攻略できないって、それどこの伏魔殿パンデモニウムだよ。


「今は仲間の大部分がそのダンジョン攻略に注力している分、遠方で起こっている問題への対処に人手が不足気味でね。半分以上をフォルス君にカバーしてもらっているのよ」

「それでフォルスのやつ、ここのところあっちこっちと四六時中飛び回ってんのか?」

「彼ってそこそこ腕も立つし、人当たりも良くて交渉事も上手でしょう? 見識もあって判断力抜群、家のツテで結構いろいろ顔が利くらしく協力者も多いから調査や捜索といった仕事でも成果を出してくれるもの。ダンジョン攻略をするには少し力が足りないけれどそれは別のメンバーにやってもらっているし、むしろこれまで私たちの中にはいなかったタイプだから言い方は悪いけど重宝しているのよね」


 アヤにかかればあのイケメンチート男の強さも『そこそこ』レベルなのかよ。というか、その言い方だとアヤのところってフォルスより強い奴が何人もいるっぽいな。それだけのチートが集まって攻略できないダンジョンってどんなんだよ。


「でもそう言うわりにアヤも他のメンバーもあまり出かけてなさそうだよな。俺もそう頻繁にここへ来てるわけじゃないけど、大抵いるだろ?」


 俺がそう訊ねると、またもアヤが困り顔という珍しい表情を見せる。


「あー、別におかしなことじゃないのよ。だって私たちが今攻略にかかりっきりというダンジョンがある場所はここなんだもの」


 そう言いながらアヤは人さし指を足もとの床に向ける。


「は?」

「だから、そのダンジョンがある場所っていうのがここなの、ここ」

「え……?」


 なおも足もとを指さし続けるアヤから目の向きを下に移す。マネをするように俺も床へ向かって指をさすと、顔を上げてアヤへ視線だけで問いかけた。

 アヤがこくりと頷いて俺の問いに答える。


「は、はああああ!?」


 うろたえた俺は思わずソファーから立ち上がった。


「ダ、ダンジョンがあるってのか! この下に!? 俺たちが転移で飛ばされたのと同じようなダンジョンが!」

「そうよ。しかもあの時潜ったダンジョンとは桁違いに大きくて複雑な作りのがね。メンバーが総力をあげて、半年以上もかけているのにまだ最下層が見えてこないくらいだもの」

「半年以上も、って……。それ、要するにアヤたちがこの別荘を手に入れた頃からずっとってことだよな?」

「そういうことね。そもそもあのフィールズ大会に出場したのだって、ダンジョンを地下に抱えるこの別荘を手に入れるためだもの。まさかこんなに手こずるとは思っていなかったけど」

「な……!」


 驚きの事実。


 あの時打ち上げの場で『フィールズ大会に出場するため、わざわざ旅を中断して急ぎ帰ってきた』とフォルスが言っていたが、まさかそういう事情があったとは。


「そんなわけであまりここを動けない私たちに代わってフォルス君にはあちこちの対応をお願いしているのよ。さすがにちょっと負荷が高すぎるような気もするんだけど、彼自身『問題ありません』って快く引き受けてくれるものだから、ついつい任せてしまってね」


 この場にいないフォルスへの申し訳ない気持ちがアヤの表情からはうかがえた。

 ようやく落ち着きを取りもどした俺はソファーに座り直すと、新たに浮かんだ疑問を口にした。


「ということはフォルスのやつは疑似中核絡みの調査とか、それを使って問題を起こしそうなやつらの対応であちこち動き回っているってことなのか?」

「ええ。最近、疑似中核絡みの件はほとんどフォルス君が担当してるわ」

「だから今回も地下施設にフォルスが来たってわけか」


 ようやくあの場にフォルスがいきなり現れた理由がわかった。疑似中核が絡んでいたからだったんだな――という考えは即座にアヤから否定されてしまう。


「いえ、今回の件は私も事前に知らされていなかったわよ」

「そうなのか? 俺はてっきりアヤも知っているとばかり思ってたけど」

「いくら私でも魔力がすでに暴走した場所へひとりで調査に行けなんて無茶は言わないわ。フォルス君くらい魔力が高かったら、魔力酔いがひどくて調査どころじゃないでしょ」

「え?」

「どうしたの? 私、何か変な事言った?」


 アヤの意外な答えに思わず目が丸くなった。


「いや、魔力酔いの対処方法ってアヤがフォルスに教えたんじゃないのか?」

「何それ? 魔力酔いの対処方法?」


 どういうことだ? 魔力酔いの対処方法をアヤが知らない?

 だったらフォルスは誰からあの対処方法を教わったんだ?


 困惑しながらも、俺はアヤにフォルスから聞かされた魔力酔いの対処方法を説明する。


「そんな方法があったのね……」


 アヤは俺の話を聞いた後、感心したようなトーンで軽く二、三度頷いた。


「知らなかったのか?」

「私、クローディットと一緒で魔力の影響を受けない体質なのよ。だから魔力酔いって体験したことがなくて」


 知ってる。転生か転移か知らないけどよくあるチート能力ってやつだろ?

 だけどアヤも知らないそんな情報をフォルスだけが知っていた。しかもその情報をアヤと共有することもなく自分だけで抱えていたことになる。


 おかしい。


 フォルスは有益な情報を自分ひとりで独占して悦にひたるような性格の人間じゃないはずだ。ましてや魔力酔いの対処方法という、戦いの場において趨勢すうせいを左右しかねない重要なノウハウを共有せず隠蔽することなどあるだろうか?


 フォルスは何を考えているのか。

 何か理由があるのか、それともあいつにとってはさほど重要視するような話ではないということなのだろうか? 俺が深刻に考えすぎているだけなのだろうか?


 容姿端麗、品行方正、知勇兼備で非の打ち所がないイケメンチート男フォルス。周囲から馬鹿にされ続けた魔力ゼロの俺を色眼鏡で見ることなく、好意的に接してくれる学舎時代の同級生にして数少ない友人。

 俺にとってフォルスという男は理想とも言うべき男だ。後ろめたさのかけらすらないその性格も生き方も、俺はよく知っている。

 そんな男に対して初めて生じた疑念を、胸の奥によどむような違和感とともに俺は抱きはじめていた。

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