第153羽

 通路の向こうから歩いてきた男が姿を現した。

 無駄のない筋肉で引き締まった長身に革鎧をまとい、赤みがかった茶髪の下には世の女性たちを虜にする甘いマスク。ここのところ会う機会の少なかった学舎時代の同級生がそこにいる。


「やあ。まさかこんなところで会うとは思わなかったよ、レビィ」

「そりゃこっちのセリフだ、フォルス」


 人目をはばかる地下施設で出会ったのは元祖イケメンチート男のフォルスだった。


「知り合い……ですか?」

「あれ? 会うの初めてだったか?」


 パルノの問いかけに思い起こしてみれば、確かに面と向かって顔をあわせるのは初めてかもしれない。フィールズ大会の時、フォルスは仮面をかぶっていたし、そもそもパルノは近付く前に魔法で気絶させられていたからな。


「俺の同級生だ。学舎時代の」


 同じく初対面であろうクロ子にも聞こえるよう説明しておく。


「フォルスはどうしてここに?」


 とりあえず紹介するのは後回しにして、俺は純粋な疑問を再びフォルスへぶつける。


「ああ、僕かい? 僕は――」

「うう……」


 フォルスが答えようと口を開いたとき、うずくまっていた魔法使いのひとりがダメージから回復したのか床に倒れたまま顔だけを上げる。その視線がフォルスの方を向いた瞬間、魔法使いの顔に驚きの色が浮かんだ。


「あ、おま――!」


 魔法使いが何かを口にするよりも早く、フォルスが駆け寄って素早くその意識を刈り取った。


「レビィ、不用心だよ。ちゃんと拘束しておかなきゃ危ないじゃないか」


 そう言いながら、フォルスは荷物袋から取りだしたロープや布を使って次々と魔法使いたちを拘束していく。俺たちが手を出すまでもなく、あっという間に五人の拘束された人間ができあがりである。

 さすがフォルス。こういう地味な技術もそつなく習得しているらしい。


「んんー! んー!」


 意識を取りもどした魔法使いのひとりがしきりに何かを叫ぼうとしているが、布で猿轡さるぐつわをされているのでただのうめき声にしか聞こえない。フォルスの顔をやたら睨んでいるのは自分を拘束した張本人だからか? むしろ俺の方が恨まれそうなもんだけど。


「とりあえずこれで安心と」


 睨まれていることなど気にした様子もなく、ひと仕事終えたフォルスは俺たちに歩み寄ってくる。


「えーと、何を話してたっけ?」

「フォルスがどうしてこの場所にいるのか、ってところだよ」

「ああ、そうだったね。実は僕も依頼を受けていたんだよ」


 フォルスの口から事情が語られる。


「ラーラから聞いたけど、レビィたちは『出会いの窓』経由で調査の依頼を受けたんだろう? 僕の方はというとレビィとは別の筋から依頼を受けてね。もともとは郊外の廃屋に怪しい人影が出入りしているから調べてくれってことだったんだ。いざ廃屋に入って調べてみたら、なんだか地下に続く階段なんて怪しげなものが見つかってさ。そのまま降りて調べていたんだ」


 苦笑いのような表情を見せて、フォルスは話を続ける。


「そうしたら突然魔力が完全に消え失せちゃうじゃないか。ビックリしたよ。何か事故でも起こったかと思って慌てて来てみれば、まさかこんなところでレビィに会うなんてね。別の意味で驚いたな」

「驚いたのはこっちもだよ。最近すっかり顔を見なくなった同級生と、こんな場所で遭遇するとは思わなかった」

「はははっ。ほんとだね」


 学舎の女子生徒を撃ち抜きまくったさわやか笑顔で同意すると、フォルスがパルノとクロ子へと視線を向けた。


「そっちの女の子たちは調査の仕事を一緒に請け負った仲間かな?」

「ああ、こっちがクローディットで向こうがパルノだ」


 実際に仕事を請け負っているのは俺とパルノだけで、クロ子は手伝ってくれているだけだが、わざわざそんなことをここで説明する必要もないだろう。


「フォルスです。こんな場所で何だけどよろしく」


 相変わらずまぶしさ百パーセントのイケメンフェイスが微笑みと共に名乗った。


「あ、わ、わたしはパルノです」

「クローディットと申します。お父様の娘です」


 パルノがいつも通りあわあわとしながら、クロ子の方は妙にすました顔で名乗り返す。


 それは良いんだがクロ子、毎度毎度自己紹介するたびに余計なひと言を付け加えるのはやめろっての。というかフォルスもなんで妙に納得したような顔してるんだ。訳わかんねえよ。

 俺だけが微妙な空気を感じる中、フォルスが俺たちへ脱出を促す。


「ここは僕が見ておくから、レビィたちは応援を呼んできてくれないか?」


 確かにこの場へ残って拘束した魔法使いたちを監視する人間がいれば、みすみす彼らを逃がさずにいられるだろう。しかしどれだけの敵がこの地下施設内にいるかわからないのだ。ひとりきりでは危険じゃないだろうか?


「ひとりで大丈夫なのか?」

「心配してくれるのはありがたいけど、僕の実力はレビィもよく知ってるだろう?」

「まあ、な」


 気負いもなく言われると、俺には強くそれを否定できない。

 さっきの動きも身体強化なしとは思えないほど俊敏だった。フォルスなら魔法の使えない魔法使いなど十人いようが二十人いようが軽くひねってしまいそうだ。


「だけどいつまた魔力が濃くなるかわからないだろ? フォルスくらい魔力が高いと、魔力酔いも相当きついんじゃないか?」


 たとえ魔力が戻ったとしても真性チートのフォルスにとってこの魔法使いたちは取るに足らない相手だろうが、一方で魔力が元に戻れば魔力酔いという別の問題が人一倍魔力をもっている彼を襲うことになる。


「それなら大丈夫だよ。待っている間に魔力が濃くなっても、常時魔力を消費し続ければ酔いに悩まされることもないし」


 心配する俺にあっけらかんといってみせるフォルス。


「え? そういうもんなの?」


 そう言われてみれば、俺たちがロッカーに隠れて見ていた魔法使いたちは、やたらと明るい魔法の光を意味もなくたくさん浮かべていたな。もしかするとあれって魔力酔い対策にあえて魔力を消費し続けていたのだろうか?


「あまり知られてないけどね。そもそも酔うほど濃い魔力の漂う場所なんて街中ではなかなかないし、そんな場所があったとしてもみんな好き好んで近付こうとは思わないだろうから。その場に留まる理由がなければ、さっさと原因となる場所を離れた方が早いからね」

「ふーん、魔力を持たない俺にはよくわかんないけど……。そんな方法があるんだったらティアを連れてきても良かったかもな」


 常人とは比べものにならない魔力を持つティアは、おそらく魔力酔いの症状もそれだけひどくなるだろう。戦いにしろ索敵にしろ有能なティアを連れてきていないのは、その体調を慮ったからだ。


「さすがにティアさんの場合は魔力が強すぎるから難しいかもね。人一倍の魔力を放出しないと酔いに悩まされるだろうし」


 と思ったら、どうやらティアの魔力は規格外すぎて難しいらしい。……どんだけチートなんだよ、あの娘は。


「しかし、よくもまあそんなことを知ってたもんだな」

「そりゃあまあ。伊達にアヤさんとあちこちダンジョンの中核を壊して回ってたわけじゃないよ」


 ああそうか。フォルス以上にチートな黒髪女がいたんだっけな。転生日本人が現地人の知らないチート知識を持ってるとか、テンプレだもんな。


 結局フォルスが自信満々で場を引き受けたもんだから、俺たちはその言葉に甘えて一時撤収させてもらうことにした。もちろんすぐに出会いの窓へ報告にいって応援の人員を送ってもらうつもりである。


 ガラクタ部屋の奥から打ち捨てられた横穴に戻り、今朝降りてきたばかりのハシゴを登って急ぎ地上へ向かう。本来なら無駄口を叩いている場合ではないのだが、危機を脱した安心感がそうさせるのかパルノがやたらと多弁になっていた。


「すごいですね、フォルスさんって。魔力が突然なくなったりしたら、何が起こってるのかわからなくて怖いですもん。わたしだったらすぐ帰っちゃいますよ」


 そんな中、パルノが口にした言葉に俺の頭で何かが引っかかった。


 フォルスは怪しい地下施設を見つけて調査をしている時に『突然魔力が消失したから』俺たちのいる方までやって来たと言った。

 ……魔力消失なんていう異常事態が発生したら、普通は慌てて駆けつけるのではなく警戒してしまうのではないだろうか?


 確かによくわからない事態の原因をハッキリさせたい気持ちはわかる。だが襲撃するならいざしらず、潜入調査をしている最中にそんな危険が予想されるところへわざわざ近付いていくだろうか?

 いや、フォルスは俺みたいな魔力ナシとは違う。たとえ予期せぬアクシデントに遭遇してもうまくやり過ごせる自信があったのかもしれない。


 だけど……、何かが引っかかる。


 地下への入口となる排水溝へクロ子を残した後、パルノと一緒にゴミ処理場の敷地を出て出会いの窓へと走りながら、俺は頭の中に生じた違和感をどうしてもぬぐえずにいた。






 その後、出会いの窓へ駆け込んだ俺たちはアルメさんに事の次第を報告し、すぐに応援の人員を要請した。


 急なことだったため満足な人数は集まらなかったが、現場にはあのイケメンチート男がいるのだ。戦力的な不安はさほどない。何なら入口を監視しているクロ子も戦力としては十分頼りになる。

 かき集めた十名ほどの人員を引き連れてゴミ処理場へとトンボ返りすると、クロ子と合流して再び地下施設へと足を踏み入れた。


 まあ、結論から言うと増援は必要なかったみたいだけどな。


 俺たちが地下施設の通路を進んでいくと、例の魔法使いたちと戦った場所でフォルスが待っていた。

 その足もとに転がるのは猿轡をされ、全身を拘束された魔法使いたちが全部で二十二人。どうやら俺たちが戻ってくるまでの間にフォルスひとりで残った敵を全員ふんじばってしまったらしい。


「さすがチート男。そつがない」

「この男たち、魔法に頼りきりで体術の類いはまったくといって良いほど身についていなかったみたいだからね」


 こともなげにフォルスは言う。


 だがいくら魔力がまだ消失したままとはいえ、たったひとりでよくもまあこれだけの人数を制圧したもんだ。逃げ出した時に確かクロ子が十人くらい伸していたはずだから、俺が戦った五人を合わせたとしても残り七人くらいはフォルスが倒した計算になる。同じ事を他の人間にやってみせろと言ったところで、実際にやり遂げられる人間がどれだけいるだろうか? ティアやアヤ、後はクロ子くらいか? できそうなのは。ふたり三人相手ならともかく、普通の人間にはこれだけの人数を一度に制圧するのは無理だろう。


「はいはい。お前はすごいなー」

「気持ちのこもっていない棒読みの賞賛をありがとう」


 まともに相手すると自分の貧弱さを痛感するだけだから適当に持ち上げておく。もちろん冗談だとわかっているフォルスも笑いながら返事をしてきた。


 だけどなんだろう?

 捕らえられている魔法使いたち全員、やけに静かなのが気になる。最初にフォルスが拘束したときは、やたらともがきながら猿轡越しに何か叫び続けていたヤツがいたと思ったんだが。さすがにもう観念したのだろうか? 見れば全員焦点の定まらない目であらぬ方向を見つめている。


 まあ、暴れられるよりも大人しくしてくれる方が都合は良いけどさ。

 その後、俺たちは施設をそのまま調査するグループと魔法使いたちを連行するグループに分かれる。俺とパルノ、そしてクロ子は魔法使いたちを警邏に引き渡すため連行するグループに同行し、地下施設を後にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る