第152羽
具体的に魔力消失という現象がどのような過程を踏んで発生するのかはわからない。ただハッキリしているのは、先ほどから俺の目の前で不吉なほどの収縮を見せていた黒い球体が瞬時にして消え去ったことだ。
「ま、魔力が……!」
「魔力結晶を使ったのか!?」
それまでローザの攻撃を防ぐために防御魔法を使っていた魔法使いたちも、状況の変化に気が付いたのだろう。彼らが魔力結晶と呼んでいる、疑似中核によって引き起こされた事態であることも理解しているらしい。
先ほどまで飛び交っていた攻撃魔法の数々も消え失せ、前方に見えるのは五人の魔法使いと魔法によって切り裂かれたズタズタの地下通路だけだ。
「よしパルノ、今のうちに……」
魔力さえなくなれば敵の攻撃もその脅威度も大きく下がる。
確かに敵は五人でこちらはふたり。人数差はいかんともしがたいが、俺たちは隙を見て突破さえできれば逃げられるんだ。少なくともさっきまでの状況よりはましになっただろう。
「逃がすな! まだこちらの方が人数は多いんだ!」
「ちっ、身体が重い……」
「身体強化が切れたんだ」
魔法使いたちが俺とパルノを逃がすまいと立ちふさがるが、その動きは俺の目から見ても明らかに重い。
そりゃそうだろう。魔力の全く無い俺と違って、普通の人間は魔力によって運動能力を底上げすることができる。
まあ、俺が子供相手のケンカでも勝てない理由が正にそれなんだが、戦いにおいてこの身体強化というのは勝敗を大きく分ける要因だ。魔力を多くもつ人間は運動能力をそれだけ向上させることができるため、結果的に魔力の多い少ないが戦闘能力にも直結するんだ。しかもこの魔力による強化、本人がそれと意識していない時も実は働いているらしい。
つまりだ、人間は魔力による身体強化を無意識に行っている。知らず知らずのうちに強化された身体で動き回っていると、当然それが当たり前になってしまうだろう。
じゃあその当たり前が突然消え去るとどうなるか?
答えは目の前にいる魔法使いたちを見れば一目瞭然。まるで重い荷物を背負い込んだかのように鈍った動きは前世でよく見たもやしっ子にそっくりだった。
考えてみれば当たり前だな。もともと身体を鍛えることに縁の無い魔法使い、しかもこんな地下施設でこそこそ隠れて動いているやつらだ。これまでは潤沢な魔力に物を言わせて身体強化で補って来たんだろうが、それがなくなれば素の筋力だけで身体を動かすしかない。
「あれ? そう考えるとむしろ俺の方が有利?」
ふと思いついた考えに、妙な納得感を抱く。
俺は魔力がないからこそ、他人との差を埋めようとそれなりに身体を鍛えてきた。もちろん肉体労働者やスポーツ選手のような鍛え方はしていないが、一般的な人間よりも素の身体能力は高いと思う。
一方の相手は魔力による身体強化に頼り切って、ろくに身体を鍛えたこともなさそうなもやしっ子。
あれ? もしかしてこれ、勝てるんじゃね?
相手の人数は確かに多い。だが魔法の使えない今、彼らは武器も持たない丸腰の状態。しかも近接戦なんてろくに訓練もしてなさそうな体つきだ。対して俺は短剣を装備しているし、しかも魔力が消失した今でも普段と同じように動ける。
「ま、魔力がなくても人数はこちらが上だ。取り押さえろ!」
魔法使いのひとりが叫び、それにあわせて全員が俺たちに向かって襲いかかってくる。
いや、無謀だろ。いくら人数で勝ってるからって短剣持った人間を素手で抑え込もうとか自殺行為じゃねえの?
「下がってろ、パルノ!」
「は、はははい!」
立ち尽くしているパルノを後ろへ下がらせると俺は短剣を片手に五人の魔法使いを迎え撃つ。
いけるかな? 何だかいけそうな気がするな。
正面から殴りかかってくる魔法使いの拳が俺の顔面を捕らえようと迫る。
あれ? 遅いぞ?
じっくりと軌道を見極めると、上半身を少し傾けるだけでそれを避けた。
何というか隙だらけだ。
俺は短剣を持っていない左拳を握りしめてそいつの脇腹へと思いっきり叩き込んだ。
「ぐへっ」
自分が飛びかかった勢いも加算され、結構な衝撃を食らった魔法使いが床に倒れて悶絶する。
というかめっちゃ遅い。なんだこれ? 魔力による身体強化がなかったらこんなもんなのか?
ふたり目の魔法使いが間を置かずに襲いかかって来たが、その動きはこちらが心配になるほどゆっくりと見える。
やはり芸もなく殴りかかってきたその拳を片手ではたき落とすと、短剣の
「ぐは!」
カウンターとなったその一撃が魔法使いの頭を激しく揺さぶったのだろう。ドサリと音を立てて倒れた魔法使いは白目を剥いていた。
うわあ。自分でやっといて何だけど、痛そうだな……。
「くっ! 一斉にかかるぞ!」
あっという間にふたりの仲間を倒された魔法使いたちが俺を半包囲して同時に襲いかかってくる。
普通ならどう考えても絶体絶命なんだろうけど、俺の目に映る魔法使いたちの動きはティアのそれに比べると雲泥の差だ。
うん、比較対象が悪いな。
というよりあれか? 普段からティアのチートな動きを捕らえようと必死になって目をこらしていたおかげで、動体視力だけが異常に鍛えられてるんじゃないだろうか。考えてみれば俺の回りってチートばかりだもんな。アヤとかフォルスとかニナとか。
余計なことを考えながらも、俺の目は三方から向かってくる魔法使いたちをしっかりと捉えていた。
「レバルトさん!」
「見えてるよっ!」
パルノが悲鳴のような警告をあげるが、それは重々承知の上だ。三方から同時に襲いかかってきた魔法使いの動きをぼんやりと眺めながら優先順位をつける。三人の敵に囲まれているにもかかわらず、我ながら落ち着いたもんだ。
最初は右から蹴りを放ってくる魔法使いを標的にした。身体強化をされていたら絶対に反応出来ないであろうその蹴りへ短剣の刃先をあわせる。
「ぎゃああ!」
そっと添えただけの刃先は相手の蹴りを迎え撃つ形になった。自分から刃物に足を叩き込んだ魔法使いは足首から血を流してもんどり打つ。
休む間もなく今度は正面から殴りかかってきていた魔法使いへと対処する。こちらから逆に踏み込んで相手の間合いを狂わせると、その肩に向けて短剣を突き出す。
「くっ!」
良い反応を見せてとっさにそれをかわした魔法使いだが、当然体勢は崩れてしまっている。
俺は魔法使いの首を横から押しつつ、同時に反対方向へと足を払った。
「うわぁ!」
すると魔法使いの身体はあっけないほど横向きに倒れる。
とっさに受け身を取った魔法使いの腹に向けて、体重を乗せたひざを撃ち込んだ。
「ぐげぇ!」
次の瞬間、俺は頭を低くして攻撃に備える。さっきまで頭のあった位置を蹴り足が通りすぎていった。
視界の端で最後のひとりが蹴りを繰り出してきたのは捉えていた。本人は死角から攻撃したつもりだろうが、事前に察知されていたんじゃあ効果も半減だ。
大ぶりした蹴りのおかげで最後の魔法使いも隙だらけの状態になっている。俺は勢いよく床を蹴り出して立ち上がると、そのまま最後の魔法使いに体当たりをかます。
「がぁっ!」
俺の体重を乗せた勢いは、魔法使いが壁にぶつかることでようやく止まる。それはつまり、運動エネルギーが間に挟まれた魔法使いへと吸収されたということでもある。彼にとっては苦痛以外の何ものでもなかっただろう。
「す、すごいです!」
またたく間に五人の魔法使いを倒した俺に、率直な賛辞がパルノから向けられる。
おおおおお! やべえええ!
今の俺、すごくないか!? 生きてて良かった……!
まさかまさかの人生初『俺TSUEEE! 』だよな、これ!
「レバルトさん、こんなに強かったんですね! 私びっくりしました!」
目撃者がパルノひとりしかいないのはちと寂しいけど、記念すべき初TSUEEEだよ初TSUEEE!
まさかこんな日が来るとは思わなかった……。感無量!
「カッコ良かったです! 見直しました!」
パルノの賞賛が耳に心地良い。よーしいいぞ、褒めろ褒めろ。もっと褒めろ!
「お父様!」
愉悦に浸っている俺の意識を引き戻したのはクロ子の声だ。見れば大槌を抱えたクロ子が通路をこちらに向かって走ってくるところだった。
「おお、無事だったか?」
「はい。こちらは全て片付きました!」
「そうか……」
うーむ。やはりこの娘もチートに片足つっこんでるなあ。あの人数を魔法も使わずひとりで叩きつぶすとは……。
このタイミングでまたも俺の端末がピロリンとメッセージの着信を伝えてくる。
ああ。そういや濃密な魔力にラリってやらかしてくれそうになった幽霊のこと、忘れてたな。
《疲れたのでちょっと眠りますね、主様》
端末に表示されたローザのメッセージを見て俺の血圧が上がる。
「オイ待てコラ! やりたい放題やっておいて勝手に引きこもるんじゃねー!」
学都での一件以降、俺のことを大家さんではなく主様と呼ぶようになったローザだが、変わったのは呼び方だけでマイペースなところはちっとも変わっちゃいない。
「お父様、月明かりのことなど放っておきましょう」
クロ子が俺の腕を引っぱった。
……確かにクロ子の言う通りだ。今はローザに怒鳴り散らしている場合じゃない。少なくともこの場所を出るのが優先だろう。
「じゃあ新手が来ないうちにとっとと逃げるか」
かなりの人数を叩きのめしたから、もしかしたらこの地下施設にはもう他の人間はいないかもしれない。だけどもともと俺とパルノが引き受けた依頼は調査だ。少なくとも昼飯を食いに出たふたりは戻ってくるだろうし、なにも危険を冒してこれ以上長居を続ける必要はないだろう。
証拠となる疑似中核の現物は使ってしまったが、入手した資料や俺たちの証言だけでも十分な成果として認められるはずだ。
「良いんですか? 逃げられちゃうんじゃあ……?」
横からパルノが魔法使いたちに聞こえないよう小声で意見を口にするが、俺は首を振った。
確かにこのまま俺たちが立ち去ればこいつらは逃げ出してしまう可能性が高い。しかしだからといってたった三人で十数名、下手をするとまだ出てきていない人間を含めて二十名を超えるであろう相手を無力化、あるいは拘束するのは無理があるだろう。
たまたま今は疑似中核のおかげで俺も魔法使い相手に戦えているが、この効果だっていつまで続くかわからないのだ。再び魔力が戻ってくれば、クロ子ひとりで敵を押さえる必要に迫られる。さすがにそれはまずい。実力的にどうこうよりも手数的に。
「いや、今のうちに脱出しよう。すぐに増援を呼んで来て、それでも逃げられてしまうようなら仕方がないさ。依頼内容にそこまでは求められてない」
俺も魔法使いたちに聞かれないよう小声でふたりにそう伝える。
少し気が進まない様子のパルノだったが、一番納得がいかないのは俺自身だ。
見つからずに証拠だけ持って脱出できていればきっとこいつらを一網打尽にすることができただろう。原因の究明としては成功と言えるかもしれないが、根本的なところでは失敗と言えた。
それでも無用な危険にわざわざ飛び込むほどの責任を進んで背負うつもりはない。俺はともかくとして、パルノやクロ子は無事に帰してやりたいしな。……まあクロ子は放っておいても大丈夫そうだけど。
「じゃあ今のうちに――」
そう言いかけて俺の口が固まる。
俺たちが進もうとしている先の通路から硬い音が響いてきたからだ。
「足音……、新手か?」
規則正しいその音は、魔法使いたちのうめき声と打ち消すかのように近付いてくる。
「ひとり、か」
人数はひとり。足音の感覚からはゆっくりと歩いてくるのがわかる。
「お父様、わたしが引きつけますから、その間にパルノさんとふたりで横を抜けてください」
「いや、魔力がない今なら俺も戦える。さっさと叩きのめして三人で脱出するぞ」
普段なら絶対に言わないであろうセリフを口にして、俺は短剣を構えた。
足音の主がその姿を見せる。
長身の男だ。もやしっ子の魔法使いたちと違い、均整の取れたシルエットが遠目にもわかる。腰に剣を下げていることから、それなりに戦いの心得がある人間なのかもしれない。
近付いてくる男の姿をランプの光が鈍く照らす。だんだんとその輪郭がハッキリとしはじめ、身につけている装備、髪の色、そして顔があらわになった。
同時に俺の目が驚きで見開かれる。自然と問いかけが口からこぼれ落ちた。
「え……、何でお前がここにいるんだ……?」
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