第151羽
思った以上に早く現れた集団を見て、俺の眉間に自然とシワがよる。
ちっ! 必要な情報だけ手に入れてさっさととんずらする予定だったのに。
見れば通路の奥からこちらに向かってくる集団の姿が見えた。人数はざっと見たところ十人に届くかどうか。どいつもこいつもひょろっとした体格で格闘戦は不得意そうだが、だからといって喜べるわけではない。なぜなら全員が全員魔法使いらしきローブをまとっているからだ。
「お父様、ここは私が食い止めますので先に!」
クロ子が突然どこからか
だから一体その大槌どこから出したんだよ!
って、今はそんなツッコミ入れている場合じゃねえか。
「すまん、頼む!」
明らかにこちらへ敵意を向けてくる十人近い集団の矢面に少女と言っても良い年頃の娘をたったひとりで立ち向かわせるとか、それだけを聞けば鬼畜以外の何ものでもないだろう。
だがクロ子はただの小娘じゃあない。なんせシュレイダーの屋敷でも見せた通り、魔力が消失した状況にもかかわらず自分の身長よりも長い大槌を振り回し、分厚い壁をぶち抜くほど意味の分からない怪力を持っているからだ。
ここで魔力も戦闘能力もない俺やパルノが残ったところで足手まといにしかならないのは明らかだ。だったら後をクロ子に任せて俺たちはさっさと安全な所へ逃げたほうが良いだろう。グダグダと迷う時間はこの状況で許されない。
「行くぞ、パルノ!」
「は、はははい!」
大事な宝物のように
今さら足音がどうのこうのと気にする必要もない。俺とパルノはドタドタと音を響かせながら通路を走る。あと少しでガラクタ部屋へとたどり着こうかというとき、正面に別の人影が見えた。
「いたぞ、侵入者だ!」
人影の数は四人。いずれもクロ子が食い止めている連中と同じローブを身にまとった魔法使い風の装い。明らかにこの地下施設側の人間だった。
「マジかよ!?」
すでに俺とパルノは連中に捕捉されている。今さら近くの部屋に隠れることはできないし、かといって引き返したところで何の意味もない。クロ子側の戦いが今どうなっているのかわからないが、俺たちが敵を新たに引き連れていったところで状況が好転する理由などないだろう。
「ど、どどどどどうしましょうレバルトさん!?」
「どうするったって……。突破するっきゃねえだろう」
こちらとしては強行突破するしか選択肢はないが、当然魔法使いどもがそれをすんなりと許してくれるはずもない。
相手は全員が足を止めて魔法の詠唱を開始する。
詠唱が終了する前に駆け抜ければ突破の目も出てくるのだが……。
「ひゃうん!」
俺の隣を走っていたパルノが妙な悲鳴をあげて視界から姿を消した。
「なんでこのタイミングでお前は転ぶんだよおおお!」
お約束すぎるだろうが! ひゃうんじゃねーよ!
どこかにつまずいたのか、それとも足がもつれたのか、パルノは見事なまでに床へ向かってダイブしていた。
そこへ襲いかかる敵の魔法。五人の魔法使いからそれぞれ別種の魔法が俺たちに向けて放たれた。
魔法のことはよくわからないが、炎や氷といった明らかな攻撃ではない。それは俺たちの足元から絡みついてくるツタのような形だったり、俺たちふたりを包み込むように覆いかぶさってくる網のような形をしている。おそらく拘束することを目的にした魔法だろう。
「ローザ、頼む!」
姿の見えない居候に向けて叫ぶ。
ピロリン、と返事代わりに俺の端末でメッセージ着信音が鳴った。
同時に俺たちへ向けられていた拘束魔法が見えない壁にぶつかったかのごとく砕け散る。
「何だと!?」
「使い魔か!?」
魔法使いたちの顔が驚愕で彩られ、声に警戒の色が浮かび上がる。俺やパルノの目には見えないが、おそらく彼らの目には突然現れたローザの姿が映っているのだろう。
ま、使い魔じゃなくて正体不明の幽霊さんなんだがな。
「使い魔ごとき、一体で何ができる!」
「数はこちらが有利なんだ!」
魔法使いたちが一斉に詠唱を始める。隙があれば無理やり突破したいところだが、通路の幅が狭すぎてそれも難しい。
五人の魔法使いがそれぞれ氷や岩を用いた攻撃魔法をこちらに向けて放った。
だが次の瞬間、彼らが放った魔法は俺とパルノへ着弾する直前に霧散してしまう。
「これも防ぐか!」
「もっと威力のある魔法で」
「馬鹿を言うな! やつらもろとも生き埋めになりたいのか!」
悔しそうな表情を見せて魔法使いたちが言葉を交わす。どうやら地下施設への被害を考えて使う魔法を選んでいたらしい。
そりゃそうだ。彼らだって自分の身を危険にさらしてまで強力な攻撃魔法を使おうとは思わないだろう。だからこそ最初は拘束する魔法を使ったんだろうし。
そんな中、再び俺の端末からピロリンとメッセージ着信音が聞こえた。
まるでそれを合図にしたかのようなタイミングで、俺たちの前へ奇妙な歪みが生じる。目に見えないその歪み越しに見える魔法使いたちの姿や通路が蜃気楼のように揺れていた。
「来るぞ!」
「全力防御だ!」
え? 何が?
疑問を口にする間もなく、俺の目の前から魔法使いたちに向かって空気を切り裂く音が飛んでいく。
「ふえっ? 何ですか!?」
状況について行けないパルノが俺の代わりに答える者のいない疑問を投げかける。
切り裂く音は一瞬のうちに魔法使いたちのもとへと届き、俺にはよくわからないが魔力的な防御をしている彼らを襲った。
ピロリン、とまた着信音がする。
今度は地下施設の天井や床、そして壁からにょっきりと岩が生えてきた。酒樽とほとんど変わらない大きさの岩がひい、ふう、みい……ざっと十以上。通路を埋めるように整列したそれらがカタパルトから発射された戦闘機のように魔法使いたちへ放たれる。
「おうわっ!」
今度の岩は魔力のない俺にも見える。目に見えなかった先ほどの切り裂く音と違い、圧倒的な重量感を漂わせるそれらが高速で宙を飛ぶ様は、たとえその標的が自分たちでなかったとしても恐ろしい。
またもピロリンと音が鳴り、今度は何やら強烈な光源が俺の前に現れ、そこから無数の光線が前方へ向けて伸びていった。刑務所からの脱走犯を捜索するサーチライトのように光線は床や壁をなめ回す。
サーチライトと違うのは光線の当たった先があますことなく焼けてしまっていることだろう。いや、焼けるというのはちょっと表現が控えめすぎるかもしれない。光線が今まさに当たっている場所は鈍い赤色で輝き、通りすぎた跡は溶解したように歪な形に変化していた。
「何を考えている!」
「崩れるぞ!」
魔法使いたちが慌てていた。
攻撃がこちらに向いていないことからもわかるように、どうやらこれは彼らが引き起こしている事態ではないらしい。ということはだ――。
またもピロリンと俺の端末が鳴る。
魔法使いたちが防御に注力しているため、攻撃を受ける心配の無くなった俺は端末に表示されたメッセージを覗いた。
《うふふ……、うふふふふ。魔力がいっぱいです! すごいです! いくら使ってもなくなりませんよ!》
そこに表示されていたのはちょっとラリ気味にも見えるローザの発言だった。
《すごいすごーい! 使い放題やり放題! ほらほらほら、主様! こんな事だってできちゃいますよ》
そのメッセージに続いて俺の前に宙へ浮く黒い球体が現れる。
《やだ気持ち良ーい! くせになっちゃいそう! どこまで大きくなるかな? 限界までチャレンジしちゃう? そうしちゃう?》
黒い球体は次第に大きさを増していった。周囲の空気が歪んだように揺れ、何やら外周部から中心部に向けて収縮しているような動きを見せている。
なんだこれ?
よくわかんねえけど、ヤバイ感じしかしねえぞ。
「ストップ! 待て待て、ストップだローザ!」
黒い球体の動きがSFアニメでエネルギーを充填する波動砲とかそんな感じの兵器にしか見えない俺は、なんだか本能的に危険を察知してローザを止める。
《うふふっ。やだ、まだおっきくなるー! こんなの初めて! こうなったら行けるところまで行っちゃうしかないですよね、主様!》
「だからやめろっつってんだろうが!」
ダメだ。完全にこっちの言葉が耳に入ってないらしい。
その間にもローザが放ったと思われる攻撃魔法が魔法使いたちを次々に襲う。彼らは自分たちの身を守るので精一杯のようだ。見た感じローザの攻撃魔法はかなり強力そうに見えるのだが、魔法使いたちの方も潤沢な魔力を使って防御魔法を使っているらしく、なんとか耐えている。
そうしている間にも黒い球体はどんどん大きさを増し、矛盾する表現かもしれないが同時に圧縮されている様子が見て取れた。
どう考えてもこれはまずい。先ほどまでの溜めがない攻撃魔法ですら地下施設そのものに重大なダメージを与えそうだったのだ。目の前で力を溜め続けるこの球体が放たれればどれほどの威力を発揮するのか、考えたくもない。
ローザがこれほどの力を持っていたことは意外だったが、今はとりあえず目の前の状況を何とかするのが先だろう。
ああ、ちくしょう。俺にはローザを力尽くで止めることなんてできないし、もはやローザにはこっちの言葉など届きもしない。
何とかする方法はないのか……?
あんたも見てばっかりじゃなくてたまには頭ひねってくれや。
はあ? 簡単なことだって?
何が簡単なんだよ。言っておくが俺もパルノも魔法なんぞ使えないんだからな。力尽くで止めるったって、見えもしなければ触れもしないローザを羽交い締めにするのは無理だし、逃げようにも前も後ろも敵に挟まれてるんだ。当然、近くの部屋へ逃げ込んだところで大して意味はないだろう。
え? 魔力がなくなれば魔法は使えない?
そんなこと百も承知だよ! その魔力が異常なほど濃いからローザが暴走してるんだろうが!
は? お前の連れが持っているのは何だって?
連れってのはパルノのことか?
パルノが持ってるのは疑似中核…………あ。そういうことか!
疑似中核は魔力を暴走させることもできれば消失させることもできた。疑似中核に強力な魔力をぶつければ周辺の魔力が暴走するし、物理的に破壊すれば周辺の魔力は消失する。そして今パルノの手にはくすねてきたばかりの疑似中核がひとつ。
よっしゃ、状況打開の糸口が見えてきた。あんたもたまには役に立つじゃないか。いつもはやたら非協力的なのに。
あん? そう望んだのは自分だろう、って?
いや何言ってんだよあんた。意味わかんねえよ。
それより早く動かなくて良いのかって?
わかってるよ。のんびり話し込んでる暇はないってことくらい。聞きたいことは山ほどあるけど、それは後で良いや。今は――。
「パルノ! 疑似中核をよこせ!」
「へ……? あ、こ、これのことですか?」
突然声をかけられて狼狽するパルノの手から疑似中核をぶんどった。
黒い球体はもういつ爆発してもおかしくないほど怖ろしげな収縮を見せている。時間の余裕はなさそうだ。迷っている暇はない。
「頼むぞ、くそったれ!」
かぶせられていた布を剥ぎ取ると、吐き捨てる言葉と共に思いっきり床へ叩きつける。
硬い破裂音を伴って桜色の球体がガラスのように割れていった。
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