第143羽
「もしかして……。お父様ですか?」
「誰がお父様だ?」
何ぶっ飛んだボケをかましているんだろうか。この電波シスターは。
「え? 兄貴、いつの間に……」
左隣で俺たちの会話を聞いていたエンジが愕然とした表情を見せている。
いや、お前もちょっとは疑うことを覚えろよ。素直さは美徳だが突拍子もない話をそのまま鵜呑みにするんじゃねえ。
「レビさん……」
捨て忘れた生ゴミへ向けるような視線で右斜め下から俺を見ているのは空色ツインテールのラーラ。
いやいやいや、どう考えても歳が合わねえだろうが。クローディットが俺の娘なら、一体俺が何歳の時に生まれた子だよ? 確かにこの電波シスターは俺よりも年下だろうが、それでも一回りと離れていないはずだろ。
「先生? ちょっとあちらでお話しいたしませんか?」
………………。
なんだろうね? ちょっと背中が寒い――というか冷たいんだけど。
俺、何も悪くねえよな?
シュレイダーたちによって拘束監禁されるというピンチを脱したはずなのに、俺だけまだ四面楚歌って何の罰ゲームですかね、これ?
ひとまず俺は状況を好転させるべく、前方の障害を排除にかかる。
男なら正面突破だ。というかこいつがそもそもの原因なんだし。
「誰が、誰の、何だって?」
「お父様が、私の、お父様ですよね?」
確認するように問いかけた俺に人さし指を向け、次にクローディットは自分の顔を指さした。
「どうしてそんな突拍子もない話になる? 俺には子供を作った覚えはないし、仮に子供がいたとしても歳が合わんだろうが。そもそもお前今いくつだ?」
「まだ六百歳くらいですよ?」
「はい?」
想定外もいいところの年齢に思わずすっとんきょうな声が出る。
ああそうか。忘れていたわけじゃないが、こいつは電波な残念シスターだったな。まともな答えが返ってくると思っていた俺が馬鹿だった。
「とりあえず年齢は置いといて」
もはや突っ込むのも面倒になった俺はひとかけらの迷いもなくスルーした。
「俺はお前の父親でもなんでもない。それだけははっきり言える」
「そんなことはありません!」
「どっからその確信が湧いて出るんだよ」
俺は生まれてこの方、というか前世も含めて子供が出来るような行為に一切経験がない。改めて自覚するとそれはそれで悲しくもあるが、少なくとも俺に娘はいないと確信を持って言える根拠として確かな事実である。
百歩譲って俺の知らない間に娘が生まれていたとしても、こんな電波女子が俺の子などと認められるはずもない。
「お父様、これを」
「は? アメ玉?」
唐突にクローディットが差し出したのは個包装されたフルーツ味のアメひとつぶ。クローディットは個包装から取りだしたそれを俺に手渡すと、当たり前のように俺に向かって口を開いた。
「お父様、あーん」
「はあ?」
何がしたいのだろうか、この娘は?
このアメを食わせろってことか?
「あーん」
そのまま延々と口を開いたままのクローディットに、またもやエンドレスなやりとりの気配を垣間見た俺はさっさとアメ玉を投げ込む。
「むふふー! おいしーい!」
俺の手から放り投げられたアメ玉を口の中で転がしながら、幸せそうな顔でクローディットが歓喜の声を上げる。
俺は一体何をしているんだろう?
そしてこの電波シスターは何をしたいんだろう?
困惑の迷宮にすっかり置いてけぼりの俺へ向けて、案の定さっぱり理解不能な根拠をもとに叫ぶクローディット。
「ほら、やっぱりこんなに美味しいんですもん。お父様に間違いありません!」
「何だよその根拠! 意味わかんねえよ! アメ玉が美味いからってなんでそれが父親認定につながるんだよ!」
「別にアメだからというわけではありませんよ? お父様のくださったものだから美味しいのですよ」
「理屈が通っているようでいて意味不明ーーー!」
「レビたんのくれるお菓子がどうしてあんなに美味しいのか不思議でなりませんでしたが、これでようやく謎が解けました。お父様だったからなんですね!」
「だから違うっつってんだろーが! 謎が解けるどころかお前の言ってること自体が謎だっての!」
ひとり納得した風のクローディットに対して全力でツッコミの対空砲火を浴びせるも、やけに機敏な電波シスターは俺の懐に潜り込むと抱きついてきた。
「お父様ー!」
俺の身体に両腕を巻き付けてすりすりと頬をこすりつけるクローディット。
痛い! 痛いって! その馬鹿力で抱きつくんじゃない!
何だよこれ! どうしてこうなった!
「兄貴……」
「レビさん……」
「先生……」
それから俺は警邏隊が駆けつけてくるまでの間、腕を締め付ける痛みと三方から向けられる冷たい視線にさらされ続ける。特に最後の視線は物理的にも俺を冷たくしそうなほどの鋭さを内包した恐ろしいものであった。
事件の当事者ということでずいぶんと長い事情聴取をうけるはめになったが、むしろ取調室に連れ込まれている時の方が安らいだのは何とも情けない話だった。
俺たちが警邏に事情聴取を受け始めたのは日付も変わった深夜のこと。
学都でも有力者であるトレスト翁の働きかけもあって、結局事件の被害者たる俺たちは太陽が天頂を通りすぎる頃には解放してもらえた。今は俺も含めてトレスト翁の家で一休みさせてもらっている。
シュレイダーの正体がここのところ過激派カルトとして知られている『偽りの世界』の一員だったと判明したことも影響しているだろう。昨今は『偽りの世界』イコール犯罪者集団という見方が世間に定着しつつある。その被害を受けた人間に対して警邏たちが疑惑の目ではなく寛容さをもって接してくれたのは幸いだったと言える。
「お父様ー」
「おい、くっつくな」
なぜか俺たちと一緒にクローディットも解放されていた。
別にそれ自体は文句もない。俺たちにとってクローディットの襲撃は危機を脱するきっかけにもなったわけだし、一時とはいえ共闘した仲だ。少なくともシュレイダー側の人間ではないことが確かである以上、容疑者扱いされなかったのは良かったと素直に思う。
しかしこの娘、わからない事が多すぎる。
最初は単なる電波シスターだと思っていたが、明らかに裏がありそうだ。
意味不明な発言の数々は横に置いておくとしても、魔力が消失した状態であの馬鹿げた戦闘力、シュレイダーの正体を知っていたかのような発言、そもそも『偽りの教団』相手にたったひとりで乗り込んでくる理由がわからない。
「どうしましたか、お父様?」
「お父様じゃない」
何度否定しても聞く耳を持たないクローディットは、俺の左腕にひしと抱きついて離れようとしなかった。ゆったりとした修道服ではわからなかった胸のふくらみは予想以上に大きく、幼さが感じられる顔とミスマッチしたやわらかさを俺の腕へと伝えてくる。
なるほど、これがロリ巨乳というやつか。
「先生」
「ひょえぁう!」
不届きな考えを浮かべていたところへ絶対零度を思わせる声が浴びせられた。声の主は言わずもがな、我がチートな銀髪アシスタント娘である。
「な、な、なななんだ?」
不審を絵に描いたような反応で俺はティアへと返事をした。声が裏返っているのはこの際仕方がない。
「ハーレイさんが先生に面会を求めていると、警邏隊の方から連絡が入っています」
「ハーレイが?」
意外なティアの言葉に俺は首を傾げた。
長い事情聴取の末にとはいえ解放された俺たちと違い、ハーレイは今も拘束されている。
当然だろう。彼は以前俺を襲い、手持ちの貯金を奪い取っていった強盗の容疑で指名手配されていたのだから。
俺たちの脱出を手助けしてくれたとはいえもともとはシュレイダーの護衛として雇われていたわけだし、その立場は明らかに加害者側へと傾いている。
彼に対しては俺も複雑な気持ちを抱いている。今回助けられたことは確かだが、前回の一件もあっていまいち擁護する気持ちにはなれなかった。
そのハーレイが話をしたいと俺を呼んでいるらしい。
「もちろん先生の気が進まないのであれば断っても良いそうですが……」
「うーん……」
正直あまり気は進まない。だがこのままでは胸中に巣くったモヤモヤが解消されないのも間違いないだろう。
俺は今でもハーレイが悪人だとは断じきれないでいる。
いや、強盗犯なんだから世間的には悪人と見られて当然だろう。しかしそれでもなんというかな、根っからの悪人には思えないんだ。
甘い?
そうかな? まあそうだろうな。甘いよな。
疑惑がある程度ならともかく、ハーレイは俺の目の前でルイを人質にとってなけなしの貯金を奪い取っていった犯人だ。疑いの余地もない犯罪者だ。
でもそれならどうして今さら俺の前に姿を現したのだろうか?
俺がシュレイダーの屋敷に来たのとハーレイが護衛として雇われていたのが偶然にしろそうでないにしろ、彼に俺を助ける理由はないはずだ。俺のことを邪魔に思いこそすれ、手助けしようなどとは普通考えないだろう。
ハーレイは『罪滅ぼし』と言っていた。誰に対しての罪滅ぼしなのか? 素直に考えればその時側にいた俺に対してだと思う。
じゃあどうして今さら?
一体ハーレイはどういうつもりなのか、ふくらみはじめた疑問は留まることを知らない。ならば実際に自分の目と耳で確かめるしかないだろう。
「このまんまじゃスッキリしないしなあ。警邏隊の
さすがに屯所で襲われるようなことはないだろう。わざわざそんな事をするくらいなら、最初からシュレイダーの屋敷で俺たちを助ける必要もないはずだ。
「ご安心ください。先生には指一本触れさせません」
「大丈夫! お父様には私がいますよ!」
頼りがいのありすぎる自称アシスタントと未だ正体不明である自称俺の娘が同時に宣言した。
おい、ティア。そんな対抗心むき出しの目で電波シスターを睨むんじゃない。可愛い顔が台無しだぞ。
あとクローディット。痛いからそんなに力を込めて俺の腕へ抱きつくな。さっきから気持ち良さを痛みが上回って辛いっての。
「えーと……、やっぱりお前らもついてくるの?」
「当たり前です!」
「当然です!」
またもや同時にふたりが返事をする。
何かお前ら微妙に息が合ってないか?
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