第17羽

 休息を終えた俺たちが、試しにそろって移動を開始すると、その愛玩モンスターらしき存在も俺たちのあとをトコトコとついてきた。

 歩幅が短いため、ちょこまかと足を動かすその光景がまた微笑ましい。


「レビさん、レビさん。大変です」

「なんだかあまり気乗りしないんだが、一応訊ねておこう。なんだいラーラさんや?」

「なんだかちょっと不本意な対応ですが、まあ良いでしょう。レビさんや。それより重大な問題が発生しています」

「ほほう。問題とな?」

「ええ、私たちはあの子を連れて行くことにしました」


 と、ラーラが愛玩モンスターに視線を向ける。


「そうだな」

「ということは、私たちとあの子はこの先一緒に行動するということです」

「だから?」

「つまり行動を共にする以上、やはり呼びかけるためにあの子にも名前が必要になるのではないか、ということです」


 そう言いながらローブの袖から生えてきた小さな指が愛玩種モンスターを指す。


「あー、心の底からどうでも良いわー」

「何ですかその言いぐさは! しかも棒読みですか!? 名前というのはとても大事なんですよ! だいいち戦闘中に危険を呼びかける時、どうやって呼ぶつもりですか!?」

「『危ないぞ!』でいいんじゃね?」

「却下!」


 うわあ。めんどくせえ、このちびっ子。


「じゃあラーラが名前をつけてあげたらいいんじゃないか?」


 俺たちの不毛なやりとりを見かねたリーダーが助け船を出す。


「いいんですか? 私が名付けていいんですか?」


 どうせ自分が名付ける気満々で話題を振ってきたくせに。


「良いと思うよ。レビィもエンジも良いよね?」

「オレは良いっすよ」

「まあ、いろいろ言いたいことはあるが、ラーラの気がそれですむなら」

「と、いうわけだ。その子の名前はラーラが決めると良いよ」


 フォルスからのお許しを得たラーラは、嬉々ききとして名前候補を挙げ始める。


「うーん……、何が良いですかねえ? ぴんすけ、ぐんじょろ、しげしげ――」


 すげえネーミングセンスだな、おい。


「みどりぱん、とらんぞ、もげちー――」


 ちょ、もげちーって……、もげるの!?

 どこがもげちゃうの!?


「ぱぱぱーな、よどっぴ、もょもと――」


 いきなりレベル四十八かよ!

 ある意味チートだな!


「どれが良いですか?」


 そんな俺の脳内総ツッコミ体制に気づくわけもなく、ラーラは終始マイペースに事を進める。

 一応本人(本モンスター?)の希望を確認するだけの配慮はあるようだ。腰をかがめて視線をあわせると、幼子へ問いかけるようにやさしく声をかけていた。

 右手は欲望の赴くままに、薄茶色のサラサラヘアーを撫でていたが……。


 むしろ正体不明である愛玩種モンスターの方が、ラーラよりはまともなセンスをしているらしい。

 ラーラがひとつひとつ挙げる微妙な名前に対して、眉尻を下げて悲しそうに鳴いている。


「ンー」

「気に入りませんか……」


 残念そうな表情でラーラが言う。


「レビさん、レビさん。何か良い名前ありませんか?」

「なぜにそこで俺に振る? さっきのやりとりもう忘れたのか? アナタ、名前ツケタイヒト。オレ、ソンナノドウデモイイヒト」

「なんですかその口調は? ともかく最初に餌付けをしたレビさんには、この子に対して面倒を見る責任があるはずです」


 北の将軍様も驚きのメチャクチャな論理だった。


「知らんがな!」

「まあまあ、レビィ。そう言わないで考えてあげようよ。僕も考えるからさ」


 仕方ねえ。フォルスに免じて俺の方が折れてやろう。

 だがしかし、俺だってネーミングセンスの無さには自信があるぞ。

 名前考えるのが面倒だから、ロールプレイングゲームの主人公名だっていつも『ああああ』だったしな。


 うーん。名前ねえ……。


「んじゃ、チョコレート欲しさに寄ってきたっぽいから『チョコ』とか?」

「安易すぎます。あと微妙」


 『もげちー』とか『もょもと』とか付けようとしてたやつに言われたくねえ。


「だったら『ルイ』ってのは?」

「『ルイ』ですか……?」

「そうだ」


 こいつの格好を見て、何かに似てると思ってたんだ。で、さっきピンときた。

 あれだあれ、驚異的なジャンプ力を持ったひげ親父の弟だ。


「ンー! ンー!」


 なんか喜んでるな、こいつ。


「おやおや。気に入ったみたいですね」


 名前の由来に興味がなかったのか、それとも名付け対象が喜んでいるからそれで良しとしているのか、由来についてラーラは何も訊いて来なかった。

 まあいいか。本人(本モンスター)も喜んでるし。


「では今日からあなたは『ルイ』と名乗るのです」

「ンー」


 ンー、としか鳴けないモンスターに名乗れもくそもないだろうが、それを言いはじめたらまた面倒なことになりそうだ。

 とりあえずラーラもご満悦なので良しとしよう。


「いいですか? 戦いの時は危険ですから、私の側を離れないようにするのですよ。あとあのモジャ毛は敵ですから気を許さないように。それから――」


 なにやらあれこれと子供に言い聞かせている母親みたい……、いや、百歩譲って姉だな。

 保護者ぶりたいお年頃というやつだろうか。そして相変わらずエンジの扱いはひどい。


 そんなラーラを放っておいて、フォルスへ言葉をかける。


「どう思う? アレ」

「もしかしたら、この辺りに出口があるのかもしれないね」

「どういうことっすか?」


 そこへエンジが話に割り込んできた。


「アレははっきり言ってこの場所において異質な存在だ。それはわかるか?」

「ういっす」

「見た目に反して高い戦闘力をもっているというのなら話は別だが、そうでないならこんな危険な場所で長い期間、アレが生きのびているというのも考えにくい。だが短時間なら可能性はある。たまたま敵対的なモンスターに会わなかっただけかも知れないし、逃げ回ってただけかも知れないからな。そう考えると、もしかしたらアレはこの場所に迷い込んだばかりなのかも知れない。俺たちと同じように。もしこの推論が正しければ、フォルスの言うとおりこのへんに元のダンジョンへつながる出入口があるかもしれない、ってわけだ」

「なるほど、全然わかったっす。でもオレたちみたいに転移させられただけかも知れないっすよ?」

「もちろんその可能性はある。だがまあ脱出の手がかり一つない今の状況からすると、ワラにもすがりたくなるってものだろ?」

「なんでそこでワラが出てくるのかわかんないっすけど、かすかな希望が見えてきたってことっすね?」


 『おぼれる者はワラをもつかむ』ってことわざがこっちにはないもんなあ。

 こういうところでちょこちょことカルチャーギャップを感じるんだよなあ。


「で、どうする? フォルス」


 俺はフォルスの判断を待つ。

 この辺り一帯を重点的に探索するのか、それとも未探索区画を優先するのか。

 フォルスはひとしきり思案した後、俺とエンジへ視線を戻して言った。


「まずはひととおり未探索の場所を埋めておこう。この辺りを重点的に探索するにしても、今はまだ手がかりが少なすぎる」

「了解。んじゃ、さっき休憩した場所を含めてマップ上に一応目印つけとくな」

「頼むよ」


 ひとまずの方針を決めた俺たちは、再び未探索のエリアへと足を進めていった。

 おい、ラーラ。そいつの頭を撫でるのに夢中になってるところ悪いが、早く来ないと置いてくぞ。




 その後、探索を再開した俺達だったが、その歩みも五分と経たないうちに止まることになった。


「こりゃまた……、いかにもだな」

「っすねー。絶対何かあると思うっす」

「わかりやすいと言えば、わかりやすいね」

「ルイ、ルイ。私の手を離してはだめですよ。ああ、なんて小さくて可愛い手なんでしょう」


 最後のひとりだけ場違いなことを口走っている気がするが、俺たちは目前の光景に釘付けとなっていた。

 人形が並んでいた通路を抜けると、やがて突き当たりとなった。

 しかしそこはただの突き当たりではない。

 なぜならその突き当たりとなる壁全体を覆うように、両開きの巨大な扉が行く手を阻んでいたからだ。


「しかしまあ……」

「あからさまというか、いかにもというか……」

「怪しすぎますね」

「ンー」


 俺がこぼした言葉に、フォルスとラーラが続く。

 会話の内容がわかっているのかいないのか、ルイと名付けた愛玩種も俺たちの話にあわせて鳴いている。


「オレ……、賭けてもいいっす。絶対この向こうにヤバイものがあるっす」

「そうだな。俺もその賭けのったわ。何かある方に」

「僕も賭けるならそっちにするよ。これで何もなかったらかえって拍子抜けだね」

「では私はモジャ男の身に不幸が訪れる方へ賭けるとしましょう」

「それじゃ賭けにならないっすよ。……っていうか、何気に若干約一名カテゴリードジッ子魔法使いは訳のわからんこと言ってるんすか!?」

「ンー?」

「可能性の高い方へ賭けるのはギャンブルのお約束です」

「賭ける対象が違うっすよ!」

「ちなみにラーラ。扉の向こうに危険があって、その上さらにエンジが不幸な目にあった場合どうなんの?」


 どうでも良いけど聞いてみた。


「その時はモジャ男が見事二冠王の栄誉を手に入れることになるのです」

「そんな栄誉欲しくないっす!」

「ンンっ」


 その後も低レベルな言い争いを続ける二人となぜか楽しそうなルイを尻目に、俺とフォルスは目の前にある扉を眺めていた。

 このダンジョンに入ってふたつ目の扉だ。

 ひとつ目の扉は言うまでもなく最初に俺たちが転移させられた部屋の扉である。


 ひとつ目の扉と比べると、大きさも外観も全く異なる。

 あちらは人の身長より少し高いくらいで幅も人が二人並べる程度だったし、装飾も全くないシンプルな扉だった。

 だがこちらの扉は高さ四メートルに届こうかという大きさで、横幅も俺たち四人が並んでなお余裕があるだろう。

 薄汚れているとはいえ、複雑な意匠をほどこされた銀色の装飾は、これだけでも美術品的価値があるのではないかとさえ思ってしまう。


「レビィ。念のため斧とメイスを出しておいて」

「わかった。……ほいっ」


 斧とメイスを渡し、代わりに剣を受け取る。

 フォルスは受け取った斧とメイスを左右の手に握り、感触を確かめながら俺に訊ねてきた。


火炎球かえんきゅう氷結球ひょうけつきゅうはあとどれだけ持ってる?」

「ふたつずつ……、だな」


 道具入れ用のポーチを探りながら答えた。


「そうか……、じゃあ僕が持ってるのも渡しておこうか」

「いいのか?」

「どうせ僕とエンジは前衛だからね。使う機会はレビィの方が多いだろう」

「そりゃあ、そうだが……」


 正直いつ不測の事態が起こるかわからないのだ。もしかしたらトラップにかかってメンバーが分断されてしまう可能性だってある。

 そんなときに火炎球のような殲滅力を持った道具は必要になるのではないだろうか?

 そう口にしたが、フォルスは引き下がらなかった。


「しっかり援護頼むよ」


 先輩後輩問わず、学校中の女子生徒を魅了した笑顔を俺に見せると、フォルスは火炎球と氷結球をひとつずつ俺の手にのせた。

 さて、そろそろ後ろの二人とも話をしておきたいのだが……、まだ言い争ってるな。


「やれやれ、いつまでやってんだか」

「まあ、本気でケンカしてるわけじゃなさそうだし。ガス抜きという意味では良いんじゃないかな?」

「ンー」


 おや?

 足もとを見るといつのまにかルイが居た。俺のズボンをちょこんとつまんでニコニコと笑っている。

 さっきまでラーラと手をつないでいたと思ったんだが。


「ンー?」


 どんぐりまなこを俺に向けてくる。

 うーん……、なんというか、庇護欲をかき立てられるなあ。

 これが愛玩種の力というやつなんだろうか?


 俺は片手でルイの頭を撫でてやる。サラサラした薄茶色の髪はたいそう撫で甲斐があった。

 あれ? なんだこれ?

 ルイの額に何かこぶみたいなのがある。

 不思議に思ってその部分何度も撫でていると、ルイが気持ちよさそうに目を細めて鳴き始めた。


「ンンー、ンー」


 なんだか嬉しがっているみたいだ。


「何をやってるんすか、兄貴……」

「レビさん。ずるいです」

「おわっ! いつの間に?」


 言い争いをしていたはずの二人が、突然近くで話しかけてきた。驚かせるなよ。

 戻ってきた二人を交え、扉を抜けた先で即座に戦闘へ突入した場合について、俺達は意識をすりあわせた。


 ラーラの魔力があまり残っていないとのことで、フォルスがラーラへ魔力回復薬の使用を指示する。

 魔力が枯渇するまで多少の余裕があったため、初めのうちはラーラも渋っていた。

 だが扉の向こうで使う余裕があるとは限らない、というフォルスの言葉に説得されて魔力回復薬を一本だけ服用することにしたようだ。


 ラーラはペットボトルに入ったショッキングピンク色の魔力回復薬を一本手にすると、片手を腰に当てながらゴクゴクと一気に飲み干す。

 風呂上がりにコーヒー牛乳飲むおっさんか、お前は。

 ちなみにペットボトルの大きさは手のひらサイズである。

 昔は瓶に入っていたらしいが、今は軽くて破損しにくいペットボトルが容器としては主流だ。

 ペットボトルを発明したのは……、やはりというか当然というか日本人っぽい名前の商人だった。


「準備はいいね?」


 フォルスの確認に俺たちがうなずく。

 なぜかルイも一緒にうなずいているが……、お前は別に戦うわけじゃないだろうに。


 フォルスとエンジがゆっくりと押すと、地面に接する部分から床をこする不快な音を立てて、扉が左右へ開いた。

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