第16羽
結局何体の人形を破壊したのだろう。
俺が持っていた氷結球はすでに二個まで数を減らしている。
俺をのぞいた三人も疲労
今は四人そろって壁に背を預け、言葉少なく休息をとっていた。
「なあ、今何時だ?」
「時間ですか?」
「もうすぐ六時、かな。そろそろ日が暮れる時間だね」
ラーラへ向けた問いかけの答えは、フォルスの方から返って来た。
今朝方『日が暮れる前には必ずお帰りになってくださいね』と強い口調で釘を刺されたことを思い出す。
もちろん相手はエプロンドレスで身を包んだ銀髪少女だ。
決して故意ではないのだが、結局約束を破ることになってしまった。
今頃怒ってるんだろうな。それとも大して気にもとめずにさっさと家路についている頃だろうか。
ダンジョン内にいると太陽が見えないため、時間感覚がどうしても狂わされる。
時計があるからまだ助かっているが、時計が発明される前の人たちは苦労したことだろう。
異質なこの環境で、それでも普段の生活に密着した指標が生きているというのは本当にありがたい。
もし時計がなく、時間を知る術がなかったとしたら……。
今ほど冷静でいられるという自信は正直ないな。
目の前に積み重ねられた人形の残骸を眺めながら、心の中だけでそうつぶやく。
「しかし」
となりに座った魔女っ子が、俺の心を読んだかのように口を開く。
「動きを止めているとはいえ、これだけの人形を前にして腰を下ろしているというのは、どうにも落ち着かないです」
「そりゃまあ、俺も同意見だが」
「と言っても、どこが安全かなんてわからないっす」
「そういうことだね。僕だって見えないところにあるかもしれない脅威で疑心暗鬼になるよりも、おそらく消えたであろう脅威を念のため警戒している方が、いくぶんかマシだと思うよ」
破壊された人形達が再び動き出す、あるいは時間とともに修復されるという可能性は確かにある。
だが他に安全が保証された場所の心当たりがない以上、『おそらくこれ以上の脅威は発生しないと予測される』この場所の方が相対的に良い選択だろうというのがフォルスの見解だ。
何か変化があればすぐに対応出来るというのも理由の一つである。
しかし頭ではわかっていたつもりだったが、今まで潜っていたダンジョンが『ごっこ遊び』であったことを、嫌でも痛感させられるな。
命の危険が伴う戦闘、案内のない迷路、先の見えない恐怖、安全が保証されないつかの間の休息……、これが本来のダンジョンというものなんだろう。
相対するモンスターもまるで違う。人骨、甲虫、人形……、いずれも独特のおぞましさを感じさせる。
何より最大の違いは、俺たちに向けられている、いっそ清々しいまでに直接的な殺意だ。
言葉を交わしたわけでもなく、表情を浮かべているわけでもない。だがその動作ひとつひとつにむき出しの敵意を感じる。
「やっぱ違うな……」
「レビさん? 何が違うんですか?」
おっと。考えが口からもれていたらしい。隣に座ったラーラが不思議そうな顔で俺を見ていた。
「あ、いや。ここのモンスターは今まで俺が見てきたモンスターとは全然違うな、と思ってさ」
「そうですね……」
ラーラが首を縦に振って同意する。
だがその後に続く言葉は、互いの主張するところが全く方向違いであることを証明していた。
「確かにここにいるモンスター達は愛らしさのかけらもないです。許しがたいことですね」
「え? ちょ……、論点そこかよ?」
呆れる俺に向けて『この人は何を驚いているんだろう』といった表情をラーラは浮かべた。
あー、そうだな。
こいつはこういうやつだった。
俺も人のことをとやかく言えないが、どうもちょっとズレてるんだよな、このちびっ子は。
まあ、エンジにしてもラーラにしても、ズレてるようなやつじゃなきゃ俺みたいなのと一緒に行動しないだろうし。
ん? フォルスか? あいつの場合はまあ……、イケメンチートだし。
一般人の常識にとらわれてないんだろう。
そう言う意味ではフォルスも人とはズレてるんだろうな。
「もっとこう、オークみたいな可愛いのは出てこないんでしょうか?」
ラーラの主張はさらに続く。
まあ、暗く沈んでいるばかりよりも、くだらない話をしている方が少しは気分も明るくなるか。
そう思い俺はラーラの話に乗ってやる。
「はいはい。例えばどんなのだったらラーラさんはお気に召すのかねえ?」
「ちょっと物言いに悪意を感じますが……。そうですね……。やはり体は抱き枕にちょうど良いくらいの大きめのぬいぐるみ……、七、八十センチくらいでしょうか。四頭身くらいで、くりっとしたつぶらな瞳。ちょこまかと動く短い手足。ときおり見せる愛らしい仕草。ふわふわの毛に包まれて肌触りは抜群。それで可愛い声で鳴くんです」
「ンー?」
「そう、そんな風に! ……おや?」
一気にまくし立てるラーラへ、相づちを打ったかのような声がした。
いや鳴き声と言った方が正しいかも知れない。
「は?」
ついつい俺の口からも間抜けな声が出る。
鳴き声がした方へ視線をやると、俺を挟んでラーラとは反対側に小さな生き物が立っていた。
ぬわっ! いつの間に!?
何もいないと思っていた俺の体が、無意識にビクリと反応する。
俺の反応を見たその生き物も、同じように驚き体をこわばらせた。
モンスターだろうか?
いや、それにしてはこの反応。
これまで見てきた接触即敵対行動のモンスターとは違う。
俺がそれ以上反応しなかったため警戒心が薄れたのだろう。
二足歩行のそれは襲いかかってくるでもなく、逃げるでもなく、きょとんとした目をこちらに向けて首を傾げた。
「可愛いではないですか……」
となりの――位置関係から言って今は後ろの――ラーラがそう評した。
確かに愛らしい姿をしている。
体長は七十センチほど。人間と同じように二本足と二本の手を持ち、そして頭には大きくぱっちりとした黒い瞳と低い鼻。やや大きめの耳がサラサラの髪に半分隠れていた。
その風貌はほこりまみれで汚れているものの、パッと見ただけでは人間の幼子とそう変わりがない。
着ている服は白いオーバーオールに緑色のシャツ……、何かを連想させるな……。なんだっけ?
マンガやアニメで出てくる妖精さんとかが実際に居たらこんな感じなんだろうか?
「お前。人間じゃ……、ないよな?」
「ンー」
「話せるか? 言葉わかるか?」
「ンー」
だめだ、会話は無理っぽい。
だが少なくとも敵意は無さそうだな。俺たちにおびえてるふうでもないし。
フォルスやエンジに視線を向けるが、二人とも戸惑っているようだった。
ラーラの方は……、まずい、今にも飛びかかりそうだ。別の意味で。
どうしようかと困惑していると、そいつが何かを見つめているのに気がつく。
「ンー」
物欲しそうな視線の先を追ってみると、そこにあったのは俺がさっきまでかじっていたスティックタイプのチョコレート。
「もしかしてお前、これが欲しいのか?」
そう言ってチョコレートを目の前に出してみる。
するとそいつは陽が差したような笑顔を浮かべて俺の手からチョコレートを受け取り、その場で床に腰を下ろして食べ始めた。
「おお、食べる姿もなかなか……」
俺のとなりでぶつぶつと言っている空色ツインテールは、もう放置する方向で確定だ。
「これ……、なんだかわかるか?」
嬉々としてチョコレートを頬張っている目の前のそれを指さして、俺はフォルスとエンジに訊ねる。
「モンスター……、っすかね?」
「愛玩種のモンスター……、かな? でもだったら何でこんなところに……?」
フォルスの疑問はもっともだ。
この愛くるしい姿も、テーマパークと化している通常のダンジョンならすんなり受け入れられたかもしれない。
だがこの場所でとなると話は別だ。
このダンジョンで俺たちがこれまで出くわした連中は、可愛らしさともユーモアともかけ離れた冗談の通じない奴らばかりだった。
こんなひ弱そうなやつがひとりで生きのびているというのも腑に落ちない。
「まあまあ。こんなに可愛いのですから、些細なことは良いではないですか」
君は黙って干し梅でも食べてなさい。
「とりあえず、害は無さそうだけど……、どうする?」
「レビィの意見は?」
「そうだな……、正直足手まといになりそうで嫌なんだが……。何というか、こんな場所に放っておくのも罪悪感があるというか」
チョコレートを食べ終わってご機嫌なそいつは、俺と視線が合うと、二度ほど黒い目を瞬かせた。
きょとんとした目で俺を見つめ、次の瞬間にこりと無邪気な笑みを見せる。
「はうっ!」
俺のとなりでポンコツ魔女が撃沈されていた。
「まあ、気持ちはわかるけどね。愛玩種は上位者の庇護欲をかき立てるように進化したモンスターだし」
フォルスは苦笑いを浮かべながら俺に同意すると、エンジへと話をふる。
「エンジはどう思う?」
「フォルスさんと兄貴の判断に従うっすよ!」
元気はつらつといった返事が返ってくる。
俺とフォルスを信頼してるのか、それとも自分で考えるのが面倒なのか。こいつの場合、後者の可能性が否定できないんだよなあ……。
「ラーラは……、って。訊くまでも無さそうだね」
フォルスの視線が行き着く先には、俺たちの会話などおそらく耳に入っていないであろう魔女がいる。
「特に反対もなさそうだね。連れて行こうか?」
「良いんじゃないか?」
愛らしい姿で油断させておいて寝首をかく、という罠の可能性も皆無じゃない。
だがこいつからは何て言うのか、危険な感じがしないんだよな。
それにこのまま置いていっても、勝手についてきそうだし。
問題があるとすれば食糧の配分がさらに厳しくなることだが……、もともと持久戦の選択肢は捨てているんだ。
今日明日で脱出できなければ、どのみちお陀仏だろうさ。
え? 表現が古いって? どの辺が?
お陀仏なんて今時使わない、って?
うっせーな。くだらねえチャチャ入れるヒマがあるならあんたもちょっとは手を貸せよ。
無茶言うな? そういうのは自分たちで解決するものだ、って?
へえへえ、わかりましたよ。
見てるだけだなんて、あんたホント良いご身分だよな。
せいぜいあがいてやるから、高みの見物で楽しんでくれや。
なんだよ? すねるな、って?
どうせ主人公なんだから、なんだかんだ言って脱出できるんだろう、って?
誰が主人公だよ、誰が。
俺みたいなのはせいぜい脇役その一とかだよ。主人公ってのはこういうやつのことを言うんだって。
「え? なんだいレビィ。呼んだかい?」
「うんにゃ、なんでもねえよ。ちょいと愚痴ってただけだ」
フォルスは頭にはてなマークを浮かべながらも、それ以上食い下がっては来なかった。
「で、連れてくんすか?」
「まあ、な。問題はこいつが俺たちについてくる気があるかどうか、ってところだが」
と俺が指さすと、嬉しそうな声で反応する。
「ンンー!」
ついてくる気……、なんだろうなあ。
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