第15羽

 もとより前進するつもりである。

 だが『戻ることも出来る』というのと『進むしかない』というのでは心理的負担が大きく違うだろう。


「進むしかないということだね。だったらここで思い悩んでいても仕方ない。……さ、行こうか!」


 努めて明るく宣言するフォルスの声も、カラ元気にしか聞こえない。

 まあ、この状態でカラ元気を出せるというのは、それはそれですごいと思うが。


 フォルスを先頭に甲虫の死海を踏み越えて進む。

 甲虫の潜んでいた部屋はさきほどの広間よりもやや奥行きが狭かった。

 横幅や天井までの高さは同じくらいだが、奥行きは二百メートルといったところだろう。


 ときおり生き残りの甲虫がにじり寄ってくるが、その数は少ない。

 せいぜいが四、五体といったところだ。一桁の数なら俺やラーラが手を出すまでもない。

 前衛ふたりが軽く薙ぎ払うだけだった。


 甲虫の潜んでいた部屋を抜けると、そこは最初に飛ばされた部屋を出た時のような通路になっていた。

 横幅は五メートルほど、高さも三メートルほどにくりぬかれた空間が続く。


 着実に探索は進んでいるのだが、だからといって不安が払拭されるわけではない。

 自分たちが今どこまで進んでいて、あとどれくらい進めばゴールに着くのか……。

 それがわからないから焦燥感に駆られるのも仕方ないだろう。


 パーティの雰囲気が重いのはそれだけではない。

 ごっこ遊びでは無く命の危険が伴う戦闘もそうだし、食糧の問題もある。

 さっきの部屋であったようなトラップまがいの仕掛けだってどれくらいあるのか知れたもんじゃない。

 だから目の前にあるこの光景も、俺たちにはただただ悪い予感をもたらすだけだった。


「オレ、なんかの本で読んだことあるっす……。遺跡とかで侵入者が近付くと動き出す石像の話」

「ああ……、俺も知ってるわ、それ……」


 今、俺たちの目の前にはまっすぐ伸びる通路が続いている。

 それは良いのだ。それは、な。


 問題は通路の両脇に並んでいるその存在だ。

 高さは二メートルに届かない程度。

 最も大きな中心部品が二本の細い部品により支えられている。

 それとは別に中心部品の左右に一本ずつ、これまた細長い部品がぶら下がっていた。

 最上部には球状の部品が据えられ、複雑な凹凸が彫り込まれている。


「人形……、だね」


 フォルスがつぶやいた通り、そこに並んでいるのは木製の人形だった。

 甲冑で身を固めた騎士、あるいはドレスで着飾る貴婦人など、様々な人間を象った等身大の人形が、通路の両脇にずらりと列を成している。


 公共施設や美術館でこの光景を見れば、その造形のすばらしさに感動する者だっているかもしれない。

 だがこんな場所でこんな不気味な物を見せられて、心落ち着けていられるのは熟練のトレジャーハンターか状況を理解していない大馬鹿者ぐらいだろう。


「多分これ、近付くと襲ってくるんだろうな」


 全員が抱いているであろう心情を、俺はあえて口にする。

 返事はない。

 だがまあ、多分異論を唱えるやつはここにいないだろう。


 今はピクリとも動かず、ただ通路の壁に沿って左右に並んでいるだけである。

 しかしだ、しかし。

 ここに至るまで装飾らしき装飾も無かったダンジョン内に突然現れた異物だ。

 いまさら「おっ、調度品とはなかなかセンスが良いじゃないか」などとインテリを気取るアホはさすがに居ない。

 エンジですらそこまでアホではないだろう。


「出来れば進みたくないところですが……」


 気味悪そうにラーラが言う。

 もちろん俺も同意したい。

 しかしいずれは通る必要がある道だ。

 ここまでの通路ではこれといって怪しい場所を見つけることは出来なかった。


「いっそのこと動き出す前に壊しながら進むっすか?」


 乱暴に聞こえるエンジの意見だが、案外悪くない。

 むしろ俺の心情的には諸手を挙げて賛成したい――のだが。


「でもなあ……。どんなトラップがあるかわからない以上、荒っぽいのはまずいんじゃないか?」

「レビィ。その心配は無さそうだよ」

「ん?」


 どういうことだ?

 と疑問を抱きながらフォルスの方を見た俺は、その意味を理解した。


 その時俺の目に映ったのは、通路の脇に整然と並んでいた人形の首が、かすれた音を立てながら俺たちの方へと向きを変えるところだった。


 うわ、不気味。

 思ったのと前後してその足がゆっくりと動き出し、目に付く範囲の人形全てが俺たちに向けて歩き始めた。


「レビィ! 斧を!」

「わかった!」


 すぐさま予備の斧を取り出して、フォルスへ手渡す。

 エンジは既にドレス姿の貴婦人型人形へ小剣で切りかかっている。

 斧を受け取ったフォルスは身をひるがえし、騎士型の人形向けて飛びかかった。


 幸い通路の幅が狭いため、一度に戦う人形の数は少なくてすんでいる。

 フォルスが二体、エンジが一体を受け持っていた。


 その後ろには狩人風と魔法使い風の人形が待機し、さらに背後に多くの人形が控えている。

 人形の容貌も様々で、漁師風、商人風、給士風、貴族風、兵士風、斥候風、鍛治師風といったようにバリエーション豊かだ。


 だが多彩な見た目とは反して、動き自体には個体差がないように見える。

 問題はその俊敏さだ。予想以上に動きが速く、フォルスもなかなか有効打を決められずにいた。


「意外に、良い、足さばきだ、ね!」


 もっとも、軽口を叩く余裕はまだあるらしい。

 人型ということもあり、手足や首は細く作られている。

 空気を切り裂く音を立てて振りまわされるフォルスの斧ならば、容易く叩き折ることが可能だ。

 当たりさえすれば破壊するのは難しくない。

 現にフォルスの一撃は、人形の細い四肢を粉々に砕いている。


 だが当たるまでが一苦労、といった感じだろうか。

 人形はひらりひらりとフォルスの攻撃を避けている。

 ときおりヒットした攻撃により着実に人形の数は減っているのだが、人骨や甲虫に比べると、ずいぶん時間を費やしていた。


「足を止めます!」


 そう宣言するツインテールが拘束の魔法を唱え始める。

 人形の俊敏性さえ封じてしまえば、あとは前衛ふたりでも対応出来るという判断だろう。

 同時に、戦闘が長引くと生身であるこちら側に不利となることも理由の一つに違いない。


「バインド!」


 魔法の発動と同時に、フォルスやエンジ達の足もとが鈍く光り始める。

 光は水が染み渡るように広がり、二人と対峙している人形達の立っている床もまたたく間に浸食した。

 床から揺らぎ立つ薄緑の光がツタのようにうねり、人形達の足にまとわりつく。

 それまで機敏な動きを見せていた人形は途端に動きが鈍り、フォルスとエンジの攻撃をかわしきれなくなっていた。


 フォルスとエンジの二人も薄緑に光る床に立っている。

 だが二人には何の影響もない。

 詠唱者が思い描く敵味方の認識が、影響を及ぼす対象を自動的に判別しているのだ。


 なぜかと言われてもわからない。

 いや、学校で理論は学んだんだがな。

 正直魔法が使えない俺にとって完全に興味の対象外だったから、軽く聞き流してたんだよ。

 フォルスならきちんと理論を把握してるんだろうけど……。

 まあ俺の場合は『魔法は敵味方を自動判別する』程度の認識だ。

 魔法というのはすべからく敵味方自動判別機能付きってことらしい。

 すげえなファンタジー。


 もちろん爆風が発生するような攻撃魔法の場合は話が別だ。

 攻撃魔法自体が直撃することはないが、魔法によって引き起こされる風圧や熱といった物理現象は、敵味方関係なく影響を受ける。

 氷の攻撃魔法は直接味方を凍らせることはない。

 だがその魔法によって床が凍った場合、凍った床で足を滑らせる危険性は敵だろうが味方だろうが一緒ということだ。


 ともあれ人形達はラーラの拘束で最大の武器である機動力を削がれている。

 このまま押し切れるか、と思ったその時。


「レビィ! 奥のあれ、頼む!」


 もはや何体目かわからない人形を切り捨てたフォルスが、木剣で斬りかかってきた兵士型人形をかわしながら叫ぶ。

 フォルスが直接対峙しているのは三体の人形。

 そして三体の人形の後ろには、通路の狭さ故に予備兵力となってしまっている人形が幾重にも並んでいる。

 さらにその後方には、……って、やべえ!


 戦闘に参加できず、立ち尽くしているだけだとばかり思っていた後方戦力の一部が見えた。


「げっ! 飛び道具とか持ってんのかよ!」


 俺の目に入ったのは、こちらに向けて弓を引くポーズをした狩人型人形達だった。

 見たところ四体ほどが矢をつがえている。


 まずい。

 例え木製の矢であっても、俺たちにとっては致命的だ。

 俺とラーラの防具はお飾り程度のものだし、矢をはじこうにも盾すら持っていない。

 矢が飛んできたらひとたまりもないぞ。


 前衛の二人にしたってそうだ。

 フォルスは盾を持っているが、接近戦をしながら矢を受けるなんてのは、さすがにチートメンでも無理だろう。

 ……無理か? いや、なんか普通にやりそうだな、フォルスなら。何せチートだからな。

 ただ、少なくとも盾すら持たないエンジには出来ない芸当だろう。


 普通は今のように乱戦になっていれば、矢を打つことはないはず。

 だが相手は人形だ。同士討ちなんて概念は多分ない。

 おそらくお構いなしで味方ごと打ってくるんじゃなかろうか。


 フォルスとエンジは目の前の敵に手一杯。

 ラーラは拘束の魔法を維持するのに注力しているため、新たな攻撃魔法を唱える余裕は無い。


 ということは? 仕方ねえ、俺がやるしかないのか。

 俺は道具入れに手を突っ込むと、中からひんやりとした透明な球体を取り出した。氷結球ひょうけつきゅうだ。

 火炎球と違い、こちらは中央がぼんやりと青白く光っている。


 もったいない気もするが、俺の攻撃手段といったらこれくらいしかない。

 取り出した氷結球を、右手につかんですぐさま投げる。狙うは今にも矢を放たんとしている四体の人形達だ。


「せいっ!」


 俺の手を離れた氷結球が山なりの軌道を描いて飛んでいった。

 狙い通りとはいかなかったが、弓を引く四体の二、三メートル手前に落ちる。あれなら氷結球の効果範囲には十分入っているだろう。


 地面に落ちた氷結球が、乾いた音を立てて割れる。

 次の瞬間、凍てついた風が狭い通路を吹き抜けていった。


 氷結球が破裂した場所に目をやれば、そこに見えたのは弓引く体勢で凍った物言わぬ彫像が四体。

 周囲には巻き添えを食らったと思われる人形が五体ほど立ち尽くしていた。

 いずれも足は床に張りつけられ、関節部分も固まっている。

 その様子は、狩人型の人形達がもはや自由に動ける状態ではないことを示していた。


「さすが兄貴! 神っすね!」


 人形と戦いながらもその様子を見ていたモジャ男が、薄っぺらい賛辞を送ってきた。


「ずいぶん余裕だな、エンジ! どうでもいいけど目の前に集中しろよ!」

「全然余裕っす! っと! うあ、危なっ……!」


 言わんこっちゃない。

 戦士型人形の木製斧がエンジの首横数センチの至近をかすっていた。

 さすがに懲りたのだろう、今度はしっかりと集中して人形に対峙している。


 エンジの持ち味は身軽さを活かして敵を翻弄する戦い方だ。

 ボクサーのように軽くステップを踏みながら、右へ左へと身をひるがえして人形の体勢を崩してから打撃を加えている。

 あまり膂力のあるタイプではないので、フォルスのように一撃で四肢を破壊する事は出来ないが、間接部へ正確な攻撃を二度三度と当てることで着実に人形を屠っていた。


 ラーラの支援で敵の足が鈍っているというのも大きいだろう。

 意外にラーラとエンジは相性が良い組み合わせなのかもな。

 ……あくまでも戦闘時に限って言えば、という注釈付きだが。


「フォルス! エンジ! もう一踏ん張りだ! やつらの数も底が見えてきたぞ!」

「それは何より!」

「そろそろ本気でしんどいっす!」


 ラーラの支援と俺が時たま投げる氷結球、そして何より前衛である二人のがんばりによって、動いている人形も残り少なくなっていた。

 最初はどれだけいるのか見通しも立たなかった人形達だが、今はもう二十体程度に減っている。


 もちろんそれでも俺たちの五倍以上となるわけだが、ラーラの魔法で動きが鈍っている人形相手なら何とかなりそうだ。

 フォルスはもちろんのこと、エンジも一体また一体と木製の体を砕いていく。


「これで! 最後!」


 フォルスの斧が最後の一体となった人形へ振り下ろされる。

 刃が頭部を砕き、上半身の前面を切り裂いたところで、魔法使い風の人形は活動を停止した。

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