第83話 カイなりの…
霊峰と聞いてカイの眉がぴくりと動く。
「霊峰と言ってもその場所についてだがな。この国の北にある山脈から川が流れてきているのは知ってるよな」
頷くカイ。
「北から流れてる川は何本かあるが、そのうちの一番西を流れている川は山脈からこのハスリアの領内を北から南西方向に、地図で言うと斜め左下方向に流れてきている。そしてハスリアの北部でその流れが西向きに蛇行しローデシアの領内を流れ、そしてそのまま海に続いている。その川が霊峰と俺たちのエリアを分岐している。つまり、ハスリアではその川の西と北には行けず、ローデシアではその川の北には行ってはならないとなっている」
「なるほど。川が霊峰と俺達の居住地を分けているってことだな」
「その通り、川と言っても小川じゃないぞ、川幅が10メートル以上もある川らしい。それくらいの川なら一目でわかるだろう。その川を越えるとやばいってことだ」
「なるほど。理解した。霊峰に行く気はないが間違ってドラゴンのテリトリーに入ってしまわない様に川を渡らない様にしよう」
それがいいと大きく頷くジム。
ローデシアに出向く前にもう一度顔を出すと行ってカイはジムの店を出ていった。
翌日カイは朝の食事を終えると王城に向かう。肩にカーバンクルを乗せたシノビ装束のカイの姿は王都でも有名で、行き交う人がカイをチラチラと見ている。
貴族街に入るゲートの門番もカイを知っていて一応ギルドカードをチェックしたが、そのカードを返しながら
「守備隊のイレーヌの所にいくのか?」
「そうだ」
それだけでゲートを開けてくれた。商業区と違って静かな貴族街を歩いていき、王城の門に着くとそこにいた騎士がカイを見つけると近寄ってきた。
「イレーヌ隊長かい?」
「そうだ。いるかな?」
「ちょっと待ってくれ」
そう言って騎士の一人が城内へ消えていく。たいして待たずに城から見慣れた顔の女性が小走りにやってきた。
門番の騎士が開けてくれた門を通って城内に入ると、
「久しぶりだな、カイ」
「こっちこそ。武道会で優勝したらしいじゃないか」
イレーヌの差し出した手を握り返すカイ。そして並んで守備隊の鍛錬場に向かって歩いていく。
「カイが出ていない武道会だからな。本当の1位じゃないことは自分が一番理解しているよ」
「それでも片手剣の二刀流を覚えて1年足らずでの優勝は見事だよ」
「二刀流の師匠にそう言ってもらえるのが一番嬉しいな」
クズハはイレーヌと会った時からイレーヌの肩に乗って尻尾を振ってご機嫌の様子だ。イレーヌもクズハの背中を撫でながら、
「模擬戦の相手をしてくれるんだろう?」
「そのつもりでやってきた。優勝した腕前を見せてもらおうと思ってな」
「私にとってはカイとの模擬戦が一番良い訓練になる」
そうして王都守備隊の鍛錬場に行くと、そこにいた騎士達がイレーヌとシノビのカイを見て鍛錬場から離れてその周囲を取り囲む様にする。隊員の中でのシノビのカイは既に有名になっている。
「訓練の途中で申し訳ない」
「強いシノビとの模擬戦を見るのも訓練だ。気にしなくても大丈夫だ」
例によって装備品を外して木刀を2本持つカイ。イレーヌも片手剣の模擬刀を2本手にしている。周囲で見ている騎士たちは、
「王都の武道会で圧倒的な強さで優勝した隊長がシノビ相手にどうなるかだよな」
「いい勝負するんじゃないのか?隊長の片手剣の二刀流、去年よりも数段強くなってたし、ランクSレベルは普通にあるだろ?」
鍛錬場の中央でイレーヌが構えると一礼をしてからカイも木刀を両手に持って構える。
隊員の一人の「はじめ!」という声と同時にイレーヌがカイに仕掛けてきた。
(また一段と強くなってるな。見事なものだ)
次々と両手から繰り出される片手剣を木刀でいなすカイ。イレーヌの手の動きは前回よりもさらに早くそして強くなっている。
端から見ているとイレーヌが一方的に攻め、カイはひたすらに防御に追われている様に見えるが、攻撃をしながらイレーヌは目の前のカイの実力に驚愕している。
(ここまで私の剣がかわされ、いなされるとは。やはりカイは格が違う。しかもわざと攻めてこない。私の力量を見極めているのか)
イレーヌが一段ギアを上げ、次々と連続して左右の手に持たれた片手剣を繰り出してくるがそれらを見事に交わし、受け止めるいくカイ。鍛錬場に模擬刀と木刀がぶつかり会う音が絶え間なく響く。
「隊長のあの動きが見えない剣を全部交わしてるぞ」
「ああ。見えてるんだな、凄いな」
しばらく一方的にイレーヌに攻撃をさせていたカイが突然攻撃に転じた。今度はイレーヌが防戦一方になる。なんとか片手剣で木刀を止めていたが、カイが連続して攻撃をしていくとついにイレーヌの左手に持っていた片手剣が弾き飛ばされた。
声もでない周囲の隊員達。剣を飛ばされたイレーヌは
「参りました」
荒い息をしながら負けを認める。カイは木刀を持っている両手をだらりと垂らすとイレーヌに、
「二刀流での攻撃に関しては見事だよ。教えることがないほどだ」
その言葉にカイを見るイレーヌ、その目を見ながら、
「ただ防御になった時がまだまだだよ。おそらく格上と練習をしていないからだろう。武道会も一方的に攻めて勝ち上がったんじゃないか?」
「その通りだ。相手が弱すぎた」
うんうんと頷くと、カイはイレーヌに防御の型を教えこんでいく。
「防御と言ってもただ相手の剣を受け止めるだけじゃだめだ。次に攻撃できる態勢で受け止める様にしないと」
「なるほど」
そうして立ち位置や剣での受け止め方、相手の見るべき所など自分の知識を惜しげもなくイレーヌに伝授していく。カイが構えた型を真似していくイレーヌ。その姿勢を修正し、そして次の攻撃の手順を説明するカイ。
「なるほど。今までの私の受け方じゃ次の攻撃に移るときにワンテンポ遅くなっていたんだな」
納得した表情で言うイレーヌに頷き、最後模擬戦を始める二人。
今後はイレーヌが受け、攻めを上手くこなしていく。
(流石に天才と呼ばれるだけはある、あっという間に自分のものにしていくな)
イレーヌの攻撃を受け、攻めながら思うカイ。一方イレーヌは
(ここまで教えて貰ってもカイは私の攻撃を軽く受け止めている。一体どれほどの強さなのだ)
「おい、二人の動きが全く見えないぞ」
「ああ。それにしてもあのイレーヌ隊長がカイに一太刀も浴びせられてない様だ。カイって奴はどんだけ強いんだよ」
周囲で見ている隊員には理解できないレベルでの模擬戦が終わると、
「やっぱりカイ相手の鍛錬が一番上達する」
「受けもかなり良くなってるよ、そして受けからの攻撃への切り返しも悪くない。これなら大丈夫だ」
「ありがとう。それでもカイに勝てる気が全くしない」
タオルで汗を拭きながら言うイレーヌの足元にクズハが寄ると、屈んだイレーヌの肩にジャンプして飛び乗った。
「クズハの師匠は本当に強いよ」
背中を撫でながらイレーヌが言う。それにそうだろうとばかりに大きく尻尾を振って応えるクズハ。
鍛錬場が空いて他の騎士たちが再び鍛錬を始めたのを見ながら、
「こっちも訓練しているからな」
鍛錬場にある椅子に並んで座ると水を飲んだイレーヌが
「ところで今回は王都に用事があったのか?」
「いや、ローデシアにあるダンジョンに行く途中で寄ってみた。イレーヌが武道会で優勝したと聞いてな、顔を出さない訳にはいかないだろう?」
カイがわざわざ来てくれたと知ってイレーヌの頬に赤みがさす。
「そ、そうか。ありがとう。ただカイの出ない武道会では本当の力試しにはならなかった。私はいつでもカイと訓練をしたいのだがな」
カイは椅子から立ち上がると、クズハを肩に乗せて、
「なら俺と一緒にアマミに来ればいい」
「えっ? それって」
思わずカイを見つめるイレーヌ。カイもイレーヌを見つめ返すと
「考えておいてくれ」
そう言って鍛錬場を後にするカイ。カイにとってはそれが精一杯の愛情の表現だった。
イレーヌは鍛錬場から去っていくカイの後ろ姿をいつまでも見ていた。
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