第77話 模擬戦
その後数日の休息を取ったカイは2つ目の未クリアのダンジョンに挑戦していった。1週間後にダンジョンをクリアして戻ってきたが、
「あそこはダメだ。ボスが弱かった。あれでは出ない」
と言う。カイの話ではダンジョンも15層しかなく、途中までランクSは登場せずにせいぜいランクAが数体固まっていた程度。ボスもせいぜいランクS程度でモンクタイプの腕力馬鹿で全く手応えがなかったらしい。
「あのダンジョンならブルのパーティでも普通にクリアできるだろう」
カイは12層以降のフロアで注意すべき点を説明していく。ボスについても出来るだけ詳しく説明していった。
「俺達が11層で止まっているダンジョンだったな。あん時はランクAが複数体出てきたので攻略を止めたがカイの言う通り今ならいけるかもしれないな。今度挑戦しよう。いや事前に情報をもらえると大助かりだ、ありがとうよ」
「これくらいお安い御用だ」
オースティンに来て未クリアダンジョンを2つクリアしたカイ。2つ目のダンジョンを攻略した後はしばらくは郊外で低ランクを相手に身体を動かしていた。
キアナと同じくオースティンもモンロビアでは最もレベルの高い魔獣がいる地区だ。従ってモンロビアの国内のあちこちから腕試しや腕自慢の冒険者達が集まってくる。
オースティンにいる冒険者はここでNo.1のパーティのリーダーであるブルや他のメンバーからカイには手を出すなと言われているのでカイに対しては絡むこともなく、むしろ仲間意識がある位にうまく付き合っているが、他の街から最近やってきた冒険者達はブルの忠告も知らなければランクSのシノビのカイの本当の実力も知らない。
他国から来た珍しいシノビだって言うだけで絡んでくる奴もいる。
その日の午後カイはギルドに併設されている鍛錬場で一人で木刀を持って型の練習をしていた。カイの個人練習はオースティンのギルドでも有名になりつつあり、ランクSのシノビの鍛錬だということでいつも鍛錬場の周囲には何名かの冒険者がその鍛錬を見ている風景があった。
そうして体を動かし終えて鍛錬場の椅子に座って休んでいるとそこに2人の冒険者が入ってきた。カイは一瞥すると彼らをランクBの上位かランクAの下位クラスだと見極めて視線を戻してそばにいるクズハの身体を撫でていた。
「おっ、シノビじゃないかよ」
「あれだろ?シノビって言うだけでランクSにさせて貰ったって言われてる奴かよ」
大声で笑いながら揶揄ってくるがそれを無視していると、二人がカイに近づいてきて
「余所の国にまで来てランクSの自慢かい?」
「ハスリアの冒険者ギルドってのはレアなジョブに甘いらしいじゃないの。そんな華奢な身体でランクSになれるんだな」
「…失せろ」
ボソッと言うカイの言葉にカチンと来たのか二人の顔つきが変わって、
「シノビだか何だか知らないけどよ、余所の国ででかい顔するなって言うんだよ。そんなにランクSってのを自慢したくてモンロビアまで来てるのか?」
大声でカイに絡む男達の声は鍛錬場にいる他の冒険者達にも丸聞こえで、
「あいつらカイに喧嘩売ってるぞ」
「止めるか?」
「いや、やらせてやろう。カイの実力を見せつけてやればいいんだ」
その声に振り返るとランクAのリチャードがそばに立っていた。カイが鍛錬場にいると聞いて模擬戦の相手を頼もうとやってきたところ、ちょうど二人組がカイに絡んでいる所に出くわしたのだ。
「相手の実力も見極められずに自分の実力を過信している馬鹿にはいい薬になる」
リチャードの言葉に頷く周囲の冒険者達。
カイはカーバンクルのクズハの背中をポンポンと叩いて立ち上がると絡んできた二人組を見る。男二人は立ち上がったカイを見て、
「王都から来た俺達が本当の冒険者の実力ってのを見せてやるよ、喜べよ」
「そうそう。ハスリアの田舎でランクSって言ってもさ、世界はもっと広くて強いのがいっぱいいるんだよ」
「そうかい。じゃあその実力ってのを見せてもらおうか」
カイがそう言うとカイと2人の冒険者が鍛錬場の中央に出てきた。
「どこの馬鹿だ?カイに絡んでるっていうのは」
ブルが鍛錬場に現れてそこにいたリチャードに話かける。
「あいつらだよ。数日前に王都から来たらしい。自分たちはランクAだと言ってるが怪しいもんさ」
カイは鍛錬場の真ん中で両手に木刀を持って立っている。木刀を持っている両手は体の横に垂らせたままだ。片手剣の模擬刀を持った二人が向かいに立って
「木刀か?やっぱり田舎もんはどうしようもねぇな」
「折られてから泣きっ面かくなよ」
そう言って二人が模擬刀を持って構える。
カイが上体を少し前に倒したと思ったら甲高い音がして二人の手から片手剣の模擬刀がはじき飛ばされて鍛錬場の奥に飛んでいった。カイは両手に木刀を持った手をだらりとたらせたままだ。
「どうした?教えてくれるんじゃなかったのか?」
カイが言うが周囲はしんとして誰も声を発しない。しばらくして鍛錬場の周囲からは
「カイの木刀の動き、全く見えなかったぞ」
「木刀で殴られただけであんなに後ろに飛ばされるもんなのかよ?」
「それよりも俺が聞こえた音は1回、なのに2人の模擬刀が飛んでるぞ」
鍛錬場で見ていた冒険者達がヒソヒソ話をする。彼らには全員カイの木刀捌きが見えなかった。ブルとリチャードもしかりだ。しばらくしてブルが、
「俺にも見えなかった。上体を少し倒したと思ったら奴の手は既に身体の横でだらんと垂らせてた。なんという速さだ」
模擬刀を飛ばされた二人は唖然としていたが飛ばされた模擬刀を拾って手に持つと、
「不意打ちかよ。せこい技使うじゃないかよ」
そう言うと二人同時にカイに殴りかかる。カイは両手に持った木刀を構えもせずにだらんと垂らせたままだ。
二人の模擬刀がカイの体に当たると思った瞬間に目にも止まらぬ速さでカイの木刀が二人の腹を打ち、その反動で二人とも大きく弾き飛ばされる。
木刀が二人の腹に入り、後ろに大きく飛ばされてそのまま地面に叩きつけられ、呻き声を上げている二人。
「カイ、その辺にしといてやれ」
ブルが声をかけると頷くカイ。鍛錬場に入ってきたブルとリチャード、カイに近づくと
「気を悪くしただろう。すまんな」
「平気さ。相手の力量を見極める事もできない奴らだ。いずれ早死にするだろう」
「まぁな」
二人はまだ鍛錬場でのびていて見かねた僧侶ジョブの女性が「あんた達本当に人を見る目がないわね、最低」と言いながら二人に治癒魔法をかけている。カイはもう二人には興味がない様子で木刀を手に持って弄んでいると、
「こんな後で悪いが、カイ、いつもの訓練を頼めるか?」
リチャードが言う言葉にかまわないよと頷くカイ。
ブルはカイとリチャードから離れると鍛錬場の端に移動してそこでのびている二人の冒険者が治癒魔法で意識を取り戻すと、
「これからあのシノビがオースティンでNo.1の盾ジョブのリチャードと模擬戦をやる。お前達もよく見てろ」
鍛錬場ではいつも通りリチャードが本気盾を構え、その前に木刀を持ったカイが立つ。そうしてリチャードの声がかかると木刀で盾を殴り始めるカイ。じっと耐えるリチャードだがカイが一段ギアを上げると構えたままずるずると地面につけている両足が下がっていく。言葉もなくそれを見る冒険者達。
カイが盾を叩く音は途切れることなく甲高い音を立て続けていて、そうしてもう一段カイがギアを上げるとリチャードの身体が一気に鍛錬場の壁まで押し込まれていった。
シーンとする鍛錬場。
ブルがぶちのめされた二人に、そして周囲に聞こえる様に
「あれがシノビだ。ランクAの盾を木刀で一気に壁際まで押し込むなんて普通はできない。しかもあいつはあれで全然本気モードじゃないからな。カイはランクSだがランクSじゃない、ランクSSSクラスは間違いなくある。この大陸で最強の冒険者、戦士であるのは間違いない。お前達カイが手加減してくれたことに感謝するんだな」
言葉も出ない二人から視線を外して周囲を見ると、
「お前達もつまらん事は考えない方がいいぞ」
その言葉に頷く冒険者達。
その頃カイとリチャードは模擬戦を終えてタオルで汗を拭いていた。
「だいぶ安定してきたじゃないか」
「ハンスに教えて貰った構えに慣れてきたよ。それにしても数分カイの木刀を受けただけでヘトヘトになるぜ」
クズハを肩に乗せてその体を撫でていると、
「オースティンでは未クリアはあと1つだな」
「そうだな。刀が出るといいけど」
ついさっき雑魚が二人絡んできたことなど全く気にしていないカイはタオルで汗を吹きながらリチャードと話をしている。そこにブルがやってきた。
「リチャード、随分と安定してきたじゃないかよ」
「ああ。自分でもわかる。ただカイがギアをあげると無理だ。耐えられねぇ」
「あの2段回目はハンスでも無理だった。1段階目で耐えられる様になっただけでも大したもんだよ」
そうしてカイを見て、
「カイも相変わらずだな、あの馬鹿二人の武器を弾き飛ばした木刀の動き、俺を始めここにいる奴は誰も見えなかった」
カイはブルを見ると、
「軽く流していたんだけどがな」
「そりゃそうだろう。本気でやったらあいつらの手首か腕が綺麗に折れてる。お前さんがランクS以上の強さだってのは俺達は知ってる。知ってはいるが見るたびに感心しちまうのさ」
そうして肩にクズハを乗せたカイとブル、リチャードの3人は鍛錬場から酒場に消えていった。
後で聞いた話ではカイに喧嘩を売った命知らずの二人組は翌日逃げる様にオースティンから出ていったらしい。
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