第55話 水着回というやつ

「おおー!結構綺麗なもんだなー」


 7月26日の日曜日。

 俺たちは約束通り、プールに行くために都内のスポーツセンターに来ていた。


「出来たのは割と新しいのかしら。悪くないわね」

「そんなことより早くプール行こうよ、プール」


 冷静に評価する雪華せっかと対照的に。

 やけにはしゃいだ様子の古織が微笑ましい。

 

「私は……じっとしてられる場所があればいいんですけど」


 どうやら水泳があまり得意じゃないらしいたちばなは少し憂鬱そうだ。


「まあ、暑いし、早めに入っちゃおうか」


 そう言いつつも平気そうな顔の幸太郎こうたろうだ。


 というわけで、チケットを買って入場。

 水着に着替えている最中なのだが……


「やっぱ、幸太郎は鍛えてるよなあ」

「人並みに運動してるだけだけどね?」

「お前が人並みなら、俺は亀だよ」


 綺麗に腹筋が割れているのを見ると男としても羨ましくなろうというもの。


「ところでさ。雪華の水着選びにお前付き合ったりするのか?」

「いや?別にいいって断られちゃったけど」


 そうあっさりと返されてしまう。


「ふーん。雪華はそういうとこ照れそうだしな。お前はお前で、興味なさそうだし」

「僕だって興味はあるさ」

「そうは見えないんだけどな」


 幸太郎の印象を一言で言えば、爽やかでしかも泰然自若という感じだ。

 彼女の水着姿に一喜一憂というのが想像出来ない。

 というか、学校でも一緒に行動してるけど、デレデレしてるのをあまり見ない。


道久みちひさは古織ちゃんの水着選びに付き合ったのかい?」

「ヤブヘビだった。まあ、ご想像の通りだよ」

「それはそれは。青春してるね」

「そう言うお前の精神年齢を聞きたくなってくるな」


 しかし、古織の水着姿……試着したのは見たけど、はてさてどんなものだろう。


◇◇◇◇


「みーくん、みーくん。どう?私の水着姿」


 先日買った、ワンピースタイプの水着をこれでもかと見せつけてくれる。


「ま、まあ。似合ってるんじゃないか?試着した時に見たし」

「反応が薄いんだけど……えいっ」

 

 と他の面子がいる前で思いっきり抱きつかれる。


「これで、どう?みーくん」

「わ、わかった、わかった。似合ってるし、その……可愛い」

「最初からそう言ってくれればいいのに」


 とはいうけど、衆人環視の中でそういうのは多少抵抗があるもんなんだよ。


「相変わらずね、あなたたちは」


 なんてため息をつく雪華を見れば、白のフリルがついたビキニタイプの水着。

 胸があるので、ラインが強調されるビキニタイプのがよく似合う。

 なんて思ってたら、古織にじーと睨まれている。


「私が胸小さいとか思ってるでしょ?」

「自意識過剰だって」


 こういう場面だと、こいつのコンプレックスが顔を出すのが厄介だ。

 だいたい、胸は大きければいいわけじゃないと言いたい。


雪華せっかのは健康的な感じがして、ておもよく似合ってるよ」

「そ、ありがと。幸太郎こうたろうのも似合ってるわよ」


 相変わらず、さらっと褒め言葉を言える奴だ。


「わ、私のは、いかがでしょうか?」


 と、自信なさげなのは橘だ。

 しかし……ワンピースタイプでも、とりわけ露出が少ないタイプだ。


「いいと思うぜ。大人しい感じが、読書してるイメージによく似合ってる」

「そうだね。橘さんは、そのくらいの方が似合ってるよ」

「うんうん。いいと思う」


 大人しめの印象によく似合った水着を褒め称えていると。


「みーくん、橘さんにはさらっと褒め言葉言えるのに……」

「だから、彼女っつーか嫁の水着を、皆の前で褒めるのは恥ずかしいんだよ」


 不満なのはわかるけど、付き合い長いんだから、その辺りは理解して欲しい。


(他に人が居なかったら、いくらでも褒めてやるから)

(ほんとに?「約束」だよ)

(ああ、「約束」するから)


 そこまで問い詰めて満足したのか、ようやく解放された。


「じゃあ、そろそろ泳ごうぜ」

「無理やり誤魔化したのが、あんたらしいわね」

「うっせ」


 いやほんと、皆が見てる前で、こいつの水着姿褒めるとか恥ずかしいんだよ。


 というわけで、適当にばらけてプールで遊ぶことになったのはいいんだけど。


「一緒に、ウォータースライダー行こ?」

「いいけど、ひょっとして、二人でか」

「もちろん、そうだよ」


 ゴムボートを持ちながら、平然と言う古織。

 まあ、これならいいか。と思ったんだけど。

 思ったより、傾斜が急だ。


「ほら。早く滑ろ?人が待ってるよ」

「ああ、わかったって」


 二人乗りのゴムボートに乗って、覚悟を決める。


「ひゃー、気持ちいいー♪」

「……」


 微妙に胃の中が持ち上がるような感触を我慢して、トライ。


「気持ち良かったね。もう一度行かない?」

「いや、一回だけで十分」

「気持ち悪そうな顔してるけど……ウォータースライダー苦手だった?」

「苦手って程じゃないけど。傾斜が急だったんで、ちょっとな」

「じゃあ、次は普通のプール行こ?」


 というわけで、大勢の人が戯れる、流水プールへGO。


「やっぱ、こういう普通のプールが落ち着く」

「みーくん、昔っから、アトラクションそんなに好きじゃないよね」

「落ち着いて景色眺めてる方が性に合うんだよ」

「ま、いっか」


 何か諦めた様子の古織と一緒に、プールでしばしのんびりしたり。


「あー、極楽、極楽」

「お父さんみたいなこと言ってるよ

「でも、実際問題、気持ちいいだろ」

「それはそうだけど……」


 まるでお風呂のようなジャグジーでやっぱりのんびりしたり。

 二人でのんびりとした時間を過ごしたのだった。


「そろそろ、待ち合わせ時間か。行こうぜ、古織」

「その前に、ちょっとこっち来て?」


 と手を引っ張られて、何やら物陰に連れ込まれる。


「それで、どう?私の水着姿」

「え?」

「「約束」したでしょ?他の人が見てないならって」

「根に持ってたのか」


 言われて、マジマジと古織の姿を眺める。

 しかし……試着の時と違って、水に濡れた分、色々……。

 とにかく、「約束」したわけだしな。


「すっごい似合ってる。活発な感じで健康的だし。それに……色っぽい」

「そっか。色っぽいんだ?」

「ま、まあな。なんか、抱きしめたくなる」

「じゃあ、抱きしめてもいいけど?」


 恥じらいながらも、こちらをちらちらと見てくる。

 プールで何やってるんだろうな、俺たち。

 そんな事を考えながらも、水着越しに柔らかな身体を抱きしめたのだった。


「意外とドキドキする、ね。これ」

「お前な。自分から言っといて」

「だって。水着で、なんて初めてだもん!」

「ま、これはこれで、その、嬉しいけどな」

「そ、そっか。じゃあ、良かった」

「みーくんの心臓の音が伝わってくる。ドキドキ、してるね」

「お前もかなりドキドキしてるだろ」


 お互いに照れながら、数分間抱きしめあったのだった。


 その後、集合場所にて。


「二人とも、なーんか妙な雰囲気なんだけど。やらしーことしてないわよね?」

「し、してないって、ね。みーくん?」

「ああ。さすがに場所はわきまえるって。プールだぞ?」

「ならいいんだけど」


 やらしーことじゃないよな。普通にハグしてただけで。

 お互いにそう言い聞かせた俺たちだった。

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