34. 入学試験
「…じゃあ次。『私はあのりんごを食べたい』」
「えーっと、私、したい、食べる、あのりんご…『Te ard blap vax kent』か」
ペンを走らせ、文を記す。
「正解。次、『赤いりんご達がその机の上にある』」
「えっと…複数形で…存在するだから…『Kentaz jelant exlo slap xe qibla』」
「正解!これで全問正解だね」
「よかったー…超ギリギリだった」
「試験はもう明日だもんね」
リーサとの大陸共通語の勉強の成果が出て、ようやく文法テストで全問正解を叩き出すことができた。
本当に、毎日依頼を受けては夜に勉強する生活だった。
多分30年の人生でこの1ヶ月が一番真面目だったと思う。
そもそも一つの言語を突貫工事で文字だけとはいえ学んだのだ。我ながらよくできたものだった…
「正直語彙が若干心配だけど…」
「学び始めて1週間でギルドの依頼書をある程度読めてたヒロキなら大丈夫なんじゃない?それに辞書の持ち込みはOKだし、わからないところは質問していいって」
「そのへんの根回し本当に助かる」
「いいのいいの。一緒にいると得になる相手には居場所を用意しなきゃね」
いつだったか俺が言った『打算』を流用して、リーサはいたずらっぽく微笑んだ。
「それじゃ、俺も得な相手でいられるよう頑張りますか…」
「応援してるよ」
リーサは、会ったときよりもだいぶ柔らかくなった微笑みを浮かべた。
「そんじゃ、行ってくるよ」
「いってらっしゃい!」
「俺たちも応援してるぜ」
リーサにガルゼ、そしてあのときいた3人に送り出され、俺は宿をあとにする。
足取り軽く…とまではいかない。緊張はある。
それでも一歩一歩、確実に踏み出して歩いていく。
今はもう読めるようになった『エルディラット技術大学』のプレートを横目に、門を通り抜ける。
石造りの校舎が、やけに大きく見えた。
職員らしき人を捕まえたり、看板を見たりして高校の校舎へ向かう。
案内図で指定された教室を見つけ、階段を上り、扉を開ける。
「お待ちしておりました。そちらに着席してください」
言われるがままに、問題用紙が置かれた席に座る。
「科目は数学でよろしいですね?」
「はい」
科目はいくつかある中から1つ選択する方式だった。
仮にも技術大学附属としては緩すぎないかとも思ったが、そもそもエルディラットに高校・大学がここしかないらしく、誰でも入れるようにはなっているらしい。
魔法や科学(物理や化学など)は多分中世レベルだし、前提からして間違ってる可能性があるから選ばなかった。
その点数学なら、少なくとも高校入学レベルくらいなら大丈夫だと踏んだ。
あとは問題文をちゃんと読めるかどうか…一応辞書はあるが。
「それでは試験を開始します。問題文が読めないところがあったら聞いてください」
「わかりました」
俺はペンを手に取り、インクに浸した。
書き終えた解答用紙にざっと目を通す。
「終わりました」
「…早いですね。ペンを置いてください」
さすがに数学用語を何度か辞書で引いたが。なんとか解き切った。
元々高校入試でしかない。日本とカリキュラムが違えど、問題のレベルはたかが知れている。
加えて、元々30歳近かった俺は当然ながら高校数学を学んでいる。ここで躓く道理はない。
…変な読み間違いがなければだが。
「それでは、採点をしてきます。しばらくお待ちください」
職員が解答用紙を持って教室を出ていったのを見て、俺は大きく息を吐いた。
問題は結構日本のそれと似通っていた…と思う。
「…腹減ったな」
緊張の糸が切れると、途端に空腹を自覚した。
意味もなく窓を開けて、外を眺めた。
見えるのは大学と附属高の敷地内だ。
そんなに大きな街ではないはずだが、それでも学内しか見えないのは本当に大学が大きいということだろう。
…今日も天気がいいな。
あちこちに視線を彷徨わせ物思いに耽っていると、ガラリとドアが開く音がした。
「お待たせしました。採点結果が出ました」
振り返ると職員が戻ってきていた。
「合格です。100点中92点、素晴らしい成績です」
「よかった…」
俺は胸を撫で下ろした。
大丈夫だとは思っていたが、やはり合格を聞かされると安心感がある。
「それでは制服の採寸を行いますので、ついてきてください」
「ただいま」
「おかえり!どうだった?」
出てきたリーサに、紙袋を掲げてみせる。
制服の入った袋だ。
「合格!92点だってさ」
「ヒロキ、お前頭良かったんだな…」
ガルゼがなんか失礼なことを言ってきたのを無視して、俺はリーサに話しかける。
「もう明日から行って良いんだよね?」
「うん!職員室行かないといけないから、ちょっと早めだけど。いつもどおり起こしてあげるから一緒に行こう」
俺は表情を変えずに頷く。
しかし内心、ちょっと動揺していた。
まさか、女の子と登校する青春が今更来るとは思わなかったからだ。
…まあそれでも、楽しみなのに変わりはない。
10年以上ぶりの高校生活、せっかくだから楽しませてもらおう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます