17. 赤魔法開発 #4

「話を戻そうか。赤魔法を使うということは、魔子を直接放出するということ。それには、体内で水から魔子を引き剥がす必要がある。本来、これは人間なら誰でも…それこそ、喋ったり指を動かしたりするように普通にできることなんだけど、やり方を知らないと無理だから、そのやり方を教える。ただ、口では説明しづらいから、俺がリーサを通してやってみせる。それを真似してくれればいい」

「わかった」


 両手を通して、リーサの体内で、魔子と水分を分離させていく。そして、その魔子を手や足を通して体外に放出していく。

 リーサはじっくりと感覚に集中しているようだ。

 他人の体でやるのはなかなか難しかったが、なんとか一発で成功した。


「どうだ?できそうか?」

「…なんとなくわかったと、思う」

「じゃあ、やってみて」


 俺は魔子の放出を徐々に弱め、そっと手を離す。

 リーサはひとつ深呼吸をすると、部屋のロウソクを点火する魔法陣に手を置いた。

 息を吹きかけて、ロウソクを消す。部屋は暗闇に包まれた。


「いくよ」


 リーサはそう宣言した。

 次の瞬間、魔法陣の赤い光が暗闇に浮かび上がった。

 そして再び、ロウソクに火が灯る。


「…できた…」

「できてたな。おめでとう」

「…できた!!」


 リーサは振り向いた。…上半身裸で。


「ちょ、服…!」


 言う隙もなく、俺はリーサに抱きつかれ、押し倒された。


「できた…!!わたしにも、赤魔法が使えた!!」

「ちょ、リーサ、苦しいって…」


 そこまで言って、リーサの声に涙が混じっているのに気づいた。


「…おめでとう」


 そっと手を回して、頭を撫でた。

 しばらくの間抱きつかれるままにしていたあと、ふとリーサは顔を上げた。


「…お礼、しなくちゃ」

「え?」


 リーサが体を持ち上げる。


「その…約束通り、好きにしてくれていいから…」

「待て、俺には約束した覚えがないぞ」


 胸が視界に入る前に、俺は目を閉じてリーサを引き剥がした。


「そもそも、俺は体でのお礼など受け取る気はない!」

「で、でも、わたしお金とか持ってないし…」

「俺はそもそも、今日リーサに助けられなきゃ死んでたよ。だからこれで恩を返した。それでいいだろ」

「で、でも、赤魔法使いにしてくれるなんて、そんな、恩が大きすぎて、一生を奴隷に捧げても足りないのに…」

「大げさだって。でも…そうだな、じゃあ頼みがある」

「な、なんでもどうぞ!」


 リーサが身構える。


「俺に、この世界のことをいろいろと教えてほしい。まず、俺は文字が読めない…というか書かれている言語がわからないからそのへんを教えてほしいのと、あとは冒険者という職業が何をすればいいのか、って感じかな。あとは、俺が一ヶ月後に無事転入試験に合格できたら、学校でのいろいろな手助けも頼みたいかな」

「それだけでいいの…?」

「大事なことだよ。俺はこの世界で生きていくにはあまりにも知識がなさすぎる。常識も持ってないから、このままではいろいろとトラブルを起こしかねない。その点リーサにならこの件の見返りってことで頼みやすい。というか、リーサ以外の人とはロクに話をしてないからね。リーサしかいないんだ」

「…わかった。そういうことなら、なんでも教えてあげる」

「頑張って学習するよ」


 これで一件落着だ、と思ったその瞬間。


「さっきからお前らうるせえぞ!」


 突然、男が怒鳴り込んできた。俺はびっくりして思わず目を開けてしまった。

 そこにいたのは、昼間俺が倒した筋骨隆々な男だった。


「…あー、邪魔、したな?」

「へ?」


 俺が前を向くと、リーサは未だに胸をさらけ出したまま俺に覆いかぶさっている。


「うん、俺が悪い。これは俺が悪かった。うん、邪魔したな。よし、俺は行こう。兄ちゃん、頑張れよ」

「違うんだぁーッ!!!」


 そんな不幸で、異世界初日は幕を閉じた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る