第122話 これが本当の経験値稼ぎ1

 一夜が過ぎて朝が来た。

 温かな朝食を終わらせ皆が歓談に花を咲かせる中、僕は食後の紅茶を飲みながら、ふと以前から気になっていた疑問を口にした。


「そういえばニール、ちょっと聞きたいんだがな」

「ん? 何だ?」

「昨日も話題に出たが、俺と寝てる女達が魂位レベルとか能力値ステータスが異常に高いの知ってるよな」

「ああ」

「お前達サガラの強みは集合体連携パーティープレイだ。女だけが特出してやりづらくないか?」


 これは結構以前から思っていたことで、放置していい問題では無いと感じていた。いずれは何とかしなければ、と悩んでいた部分ではあるのだが、実際のところはどうなんだろうか。


「ああ。最初は正直あったな。ただ今は全く無いぞ」

「どうして?」

「女達が全員遠距離の戦闘方法バトルスタイルに切り替わったからな。そうなると男衆は前衛に集中出来る。時期タイミングよく威力のある攻撃や魔術カラーが後ろから飛んで来るし、安心して戦うことが出来る。だから乱れるってことは今はねぇな」

「なるほどな。そう言うところで上手く調整バランス取れてたんだな」

「だな。むしろ今は助かってるくらいだ。後ろや周囲を気にせず攻撃に専念出来るからな。引き受け役タンクやってるバングルのところなんて魔獣が可哀想だぞ」

「動きを引きつけてる間にどっかんどっかんか。確かにな」


 それなら良かった。

 確かに昨日見たサガラの戦いは見事なものだった。弓矢や魔術などによる遠距離からの補助はもちろん、支援魔術バフ阻害魔術デバフも上手く使えていたし、これからも問題なさそうだ。


「了解。ただ今回の経験値稼ぎレベリングで一気に魂位が上昇するだろうから、今後は多少の身体慣らしが必要になるかも知れないな」

「ああ、それはあるな」


 それから暫くくつろぎの時間を過ごしてから、昨日と同様の形で僕達は探索を開始した。

 特に語るべきことはない。最短距離を進み、現れた魔獣を倒して【僕だけの宝物箱カラーレス・ジュエルス】に回収、ただこれだけなのだから。



 ※



 そのまま探索を続けること数時間後、僕達の姿は三十一階層にあった。

 魔獣の強さが変わる階層に至ったにも関わらず、これと言って魔窟ダンジョンの景色に変わりは無い。僕達が立つ広間も、その向こうに続く道も、土色の洞窟が続いているだけだ。


 ただ、【万視の瞳マナ・リード】で見るこの階層全体はこれまでよりも遥かに広くなっていた。それに比例して、姿を見せる魔獣の数も増えている。

 経験値稼ぎを目的とする僕としては嬉しい状況ではあるが、真面目に攻略したい冒険者にとってこれは結構辛いものがあるだろう。


 ところどころに隠されている罠には殺傷性があるものも含まれており、この魔窟の本当の姿はここからなのかな、と思った。気のせいじゃなければ、漂っている空気にも重たいものを感じる。

 恐らくはこの階層に潜む魔獣の強い魂の波動に、感知技能が反応しているのだろう。生物の魂が強ければ強い程、感知技能が優れていれば優れている程に、そう言った感覚は重たいものへと変わっていく。

 三十階層まではこんなことは無かった。つまり、それだけ強い魔獣がこの階層からは存在していると言う証左なのだろう。


 僕は広間を一通り見回してから口を開いた。


「ようやくか」

「だな」

「危険度段階の最高は5の中で合ってたよな?」

「斡旋所に報告されている情報通りならそうだな。まぁ5の上が普通にうろうろしてる場所なら流石に公式記録の冒険者達だけじゃ無理だったろうし、そもそも魔窟探索難易度段階アバドン・ランクが4の上じゃ済まないだろう」

「確かにな」


 とは言え、ここ城塞都市ガーランドの冒険者でこの階層まで潜る冒険者アドベルはそう居ないとも聞いている。そう言う意味では、どこまで情報が正確かは定かではない。

 三十五階層から下なんて潜った冒険者は公式では居ないことになっているのだから、実は魔獣の最高危険度段階が5の上であってもおかしくは無い。


 一応四十二階層まで潜ったと言う非公式記録を持つ冒険者達も、出てくる危険度段階は5の中までだと口にしていたらしいのだが、あまり当てにはならないだろう。


「ニール、仮にもし5の上が出た場合、今のお前達でどうにかなるか?」

「魔獣の特性とかにもよるな。今は集合体三組3パーティーの計二十一人だから、余程に厄介な奴でもない限り、三体くらいまでなら死人無く勝てるとは思う」

「ほう」


 集合体連携の兼ね合いもあるだろうが、単純に受け取れば七人集合体一組ななにん1パーティーで5の上一体と対等に渡り合えると言うことか。

 嘗て見たニールの個体情報ヴィジュアル・レコードを前提にして考えると、正直無理のある発言だ。そう思いながら改めてニールの個体情報を見てみると、何ともまぁ、あの頃とは比べ物にならない程の成長を遂げていた。

 魂位も優に百以上上昇しているが、能力等級値や技能値の上昇具合が凄まじい。僕が居ない間、どれだけニール達が励んでいたのかが強く伝わってくる。


《カイン様の為です》


 ミミリラが思念でそう声をかけてくる。


連盟拠点ギルドハウスでの訓練もそうですし、狩りの際、どんな弱敵でも全力で取り組んでおりました》

《それなら能力値も上昇して当然だな》

《はい》


 それ程に皆が励んでいるだなんて知りもしなかった。

 今度、皆には労いも含めて褒美として何か渡した方が良いのかも知れないな。


《お言葉だけで良いかと》

《お前に与えられるものが俺の言葉だけで、一年くらいしとねを共にすること無かったら?》

《喜びます。ただ涙することはお許しが頂きたいです》


 こういうところ、本当可愛いよなこいつ。

 そう思い、僕はミミリラの耳を撫でてやった。


 三十一階層を【万視の瞳】で見る限り、僕達の他に冒険者の姿は無かった。

 予定ではここから僕が主導となって経験値稼ぎをする予定ではあったが、僕は一度だけ、危険度第5段階の中の魔獣とサガラの戦いを見せて貰うことにした。

 この階層までに出てきた危険度第4段階の上では、彼ら、彼女らの相手にはなっていなかったから。ある意味、ここからが本当の戦いと言うものになるだろう。


 そんな訳で、現在サガラ集合体三組3パーティーが向かい合っているのは、土竜もぐらを巨大化させた姿の魔獣だった。危険度段階は5の中で、個体名は『さそり土竜もぐら』。

 見た目こそ四足の、体高二メートル、体長三メートル程の土竜なのだが、長く伸びた尻尾はまるで蠍のような毒針となっており、また口は齧歯げっし類のような歯では無く、歪曲した刃のようなものが幾つも飛び出しうねりながらカチカチと音を立てている。

 目や耳が無く、顔は口以外の全てが毛皮で覆われていることもあり、見た目からして非常に気持ちの悪い魔獣だ。


 ただこいつは動きも速く、土属性の魔術カラーのような技能スキルを使ってくるので非常に厄介な相手だ。

 知性ある「魔物」ならともあれ、想像ディ・ザインの出来ない魔獣は基本的に魔術は使えないとされている。その代わり、独自の特性による技能によって魔術に近い現象を起こすことが可能となっている。

 危険度第5段階の魔獣は普通にそういった攻撃を放ってくるので、下手をすれば一撃で致命傷に陥ることもある。


 サガラと『さそり土竜もぐら』の戦いは、中々に激しいものだった。

さそり土竜もぐら』の尻尾はまるで独立した意思を持つ蛇のように、常にサガラに狙いを定めている。あの尻尾の先にある太い針には猛毒があるので、刺されるどころか飛ばしてくる毒液に触れることも許されない。

 また素早い動きで迫り巨大な爪で攻撃してくる他、時折岩を生み出し発射したり、僕の【土柱グランド・アイクル】のように地面から尖った形の土を生み出したりもしている。

 サガラ達はそれらの攻撃を巧みに躱し、受け、時に強引に弾いている。そして隙あらば見事な集合体連携で以て、一斉に攻勢に掛かっている。


「ふーむ……」


 そんな戦いを見据えながらに、これが危険度第5段階の中か、と僕は内心驚いていた。いや本当、危険度第4段階とは比べ物にならない。これまで見てきた魔獣がまるで子供のようにすら思えてくる。

 もちろん僕が戦えば一瞬で殺すことは可能だし、実際にザルード領の大発生スタンピードに於いて、直接相対した危険度第5段階の魔獣はその全てが脅威には成り得なかった。

 翻って言えば、僕と危険度第5段階の中程度では“戦い”にならない。僕にとっては危険度第3段階も4段階も5段階も皆等しい存在だ。結果、戦闘時に於ける脅威を感じることは殆ど無い。


 故に、こうして改めてその脅威を事細かに観察していると、確かに危険度第5段階の中と呼ばれるだけのことはあるな、と思わされてしまった訳だ。

 実際に戦っている場所が現在、動きを制限される魔窟の中なので外なら多少は容易い相手にもなるだろうが、それにしたって一歩間違えれば誰かが即死してもおかしくない程には強い。


 それでも僕が安心して見ていられるのは、皆の動きに焦りが無く、上手く連携を取れているからだ。動き自体も負けてない。むしろ者によっては優っている程だ。

 ニールやヒムルルなんてその筆頭だ。爪を躱し飛び込み、迎えるようにして噛み付いてくる牙を蹴飛ばし、一度下がったと思えば一気に飛び込んで剣を叩きつけている。

 ヒムルルなんて振り下ろされた相手の爪を掴み取り、そのまま投げ飛ばす一幕すらあった。いや、流石は戦闘特化の熊属、そして「ル」の纏め役であり、現在の副族長なだけある。

 彼の戦いは初めて目にしたが、感嘆の声が漏れる程に素晴らしいものだった。


 ただ、と。そんな危険な魔獣との戦いを眺めながらも、僕は少し考えていた。

 危険度第5段階の中でこれなら、危険度第4段階の特殊個体はどれだけ危険な魔獣なのかと。


 危険度第4段階と危険度第5段階、このどちらが脅威かと言えば当然危険度第5段階になる。では危険度第4段階の特殊個体と危険度第5段階の中、どちらが脅威かと聞かれれば、殆どの冒険者が口を揃えて「危険度第4段階の特殊個体」と言うだろう。

 これは冒険者としての経験や知識を蓄積していって理解したことなのだが、「特殊個体」とはその“該当する危険度段階に属する個体”が通常とは違った特性を得た場合に分類される。


 例えば魔窟に入って最初に出てきた『飛び付きテンカ』の危険度段階は2の下だが、仮にあの魔獣の足が速くなり能動的に人を襲うようになれば2の特殊個体に認定されるだろう。

 この程度ならまだ脅威に感じることも無いかも知れないが、もう一つの例として、僕がニールやキース、マッシュ達と初めての護衛依頼の道中で出会った『刃金鳥』と言う魔獣を挙げよう。

 あれは討伐の面倒さもあって危険度第4段階の上だったが、仮にあの個体が火や毒を吐けるようになったらどうだろうか。延々と飛び続けていられる体力がある上に夜目が効く魔獣だ。狙われた場合、危険度段階は4なんかでは済まない。

 しかし、あの魔獣の認定段階は元々が4の上だ。結果、危険度第4段階の中での特殊な個体と言う認定になる訳だ。仮に『刃金鳥』が巨体になって高速で飛び回るようになれば危険度段階は繰り上がるだろうが、それはまた別の話になるだろう。


 そんな訳で、特殊個体と認定された魔獣は一つ上の危険度段階の魔獣よりも遥かに面倒な場合が多数を占めるのだ。だからこそ危険度第4段階の特殊個体では討伐の依頼が発生する事態へと発展することがある。

 逆に危険度第5段階の下から上が出たとしても、討伐の依頼が出ることはあまり無い――これは人に明確な被害をもたらす特殊個体は“あぶれ”であることが多いこともその要因の一つではある。ザルード領のビードルを例外とすれば、通常の危険度第5段階の魔獣は滅多に人の住む場所に現れることは無いのだから――。


 正直なところを言えば、冒険者となって初めの頃は危険度第4段階の特殊個体のことを、単純に「危険度第4段階の上と危険度第5段階の下の間くらいなんだろうなぁ」、と思っていた。今となっては何とも気恥ずかしい記憶だ。


 戦いは段々と終盤へと向かっていった。

 ダメージや体力の減少で下がり気味な『さそり土竜もぐら』は、しかし女衆からの遠距離攻撃の嵐に襲われている。それに怯んだ隙にまた前衛部隊に攻め込まれ、最早一方的な戦いとなった光景に哀れみすら感じてしまう。

 今なんて、ヒムルルに「さっさとくたばれ糞虫が!!」なんて罵声を浴びせかけられながら脳天を殴り飛ばされていた。何だか、ニールの言うヒムルルのおっかなさが垣間見えた気がするな。って言うかヒムルル、お前実は一人で倒せたりしないか?


 ちら、と視線を送り、僕は側に立つ女達に問いかけてみた。


「ピピリ、お前ならあれどうする?」

「殴ってどん、なのん」

「ニャムリは?」

「燃やしてぼん、ですね」


 僕の集合体の中で特別秀でている二人に聞いてみるとそんな答えが返ってくる。まぁそうだろうな、と言う感想だ。続かない僕の言葉に、ミミリラが「私には聞かないの?」と言う無垢な顔を向けてくる。分かってやっているんだろうけれど、それは愚問と言うものだ。

 取り敢えず、その表情が愛らしかったので撫でてやった。


 そうこうしている内に戦いは終わりを迎えていった。

 最後は女のサガラが放った火属性の魔術が口の中で爆発し、叫声きょうせいを上げながら『さそり土竜もぐら』は地へと伏していった。

 戦闘時間にして大体二十分程だろうか。時間こそ掛かったものの、サガラ集合体三組3パーティーの誰一人として重傷を負ったものは居なかった。安全を最優先に戦っていた様子も見受けられたので、それが理由でもあるだろう。


 なるほど、確かにこれならニールの言うように、危険度第5段階の上でも安心だな、と素直にそう思えた。


「さて」


 そう言って、僕は息を整えるニール達へと足を進めた。ここからは本当の経験値稼ぎの始まりだ。

 まぁ、戦いなんてものは無いのだけれども。

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