第86話 帰路と考えごと

 それからの道中はとても穏やかなものだった。

 流石に第二陣は無いようで、それらしい奴らが襲って来ることは無かった。まぁこれで襲って来たらあの最後のやりとりは何だったのかと言う話だし、彼ら以外の集団が襲って来るにしても明らかに戦力不足だろう。


 進んで行く馬車、その荷台の中で僕はミミリラ達に囲まれて寝転んでいた。

 何故か分からないが、あの話し合いが終わってから精神的な倦怠感が残っている感じで、どうにも元気が出ない。だから現在の移動中は半径一キロの範囲に広げた【万視の瞳マナ・リード】こそ使っているものの、護衛はほぼサガラに任せっきりだ。


 そんな駄目男を晒しながら、僕は色々なことについて考えていた。


 はっきり言って、もうサガラを裏人としては使えない。強さは分かった。そこは信用も信頼も出来る。

 ただ連盟拠点ギルドハウスの人が増えすぎて、サガラを裏人として外に出すことが出来なくなってしまっている。ただでさえ目立つ連盟拠点だし、我がことながら、僕は名を売りすぎてしまっている。裏を返せば、連盟ギルドの名を売りすぎている状態なのだ。

 そんな連盟の連盟拠点に百を超える美女や美少女が加わるのだ、危なくて仕方無い。街に出て買い物をするにも護衛を付ける必要が出てくるし――ああいや、今後必要な物は全てジャルナールに直接連盟拠点に持ってこさせよう。アンネ達も元々そういうやり方をしていたと言うし、参考にさせて貰おう。


 まぁ、娼婦連中のことを抜いても連盟拠点防衛の人員は欲しい。あそこには使用人として働いている、非戦闘のサガラも居るのだから。

 そして冒険者業もしなければならない。お金がどうのこうのではなく、魂位レベルを上げなければいけないし、技能値もまた同様だ。彼らの強さは頷けるものだったが、今回の大発生スタンピードみたいな何かがあった時を考えればまるで足りない。大発生程とはいかなくとも、例えばジブリー領の『木で出来た埴輪クレイウッド』みたいな魔獣でも、今のサガラでは手も足も出ない。そんな時の為に、力を手に入れておかなければいけない。

 冒険者アドベルや連盟としての活動実績なんて数年無くても、斡旋所も文句は言ってこないだろう。それかジャルナールに適当な直接依頼を出させればそれでお終いだ。


 連盟拠点防衛や冒険者業の為にサガラが使えなくなる、それは気になっていたナーヅ王国についての疑問が解けなくなったと言うことでもある。ジャルナールに頼めば調べてくれそうだが、そうすれば彼の手先が減ってしまう。それは嬉しくない。

 それと、アジャール侯爵の動きも僅かながらに気になる。別に彼が何をしようと問題ないと言う結論には至ったが、万が一にも城塞都市ガーランドに裏人や何かしらの刺客を送られた場合面倒だ。

 裏人足るサガラが居るので大丈夫だとは思うが、僕が城塞都市ガーランドから離れている時に何かされるのはあまり気持ちの良いものではない。


 地味に気になっているのが王太子屋敷。

 もう城塞都市ガーランドを出て随分と日数が経っている。何かあったら連絡しろとは複製体マイ・コピーに言っているけど大丈夫だろうか。

 あれは魔石の中の魔力が失くならない限りは動き続けるが、失くなった瞬間に崩壊してしまう。ここまで長期間魔石を交換しなかったことが無いので非常に不安になってしまう。まぁその辺りも含めて問題がありそうなら連絡しろとは言っているので大丈夫だと思いたいが。

 もし今「ごめん、明日には魔力失くなるかも」なんて連絡が来たら最悪、シリルから貰ってそのままの記憶転送石を使うしかなくなる。あれは取っておきたい魔道具なので出来れば頑張って欲しいものだ。


 今回の大発生スタンピードみたいなことが起きた時を考えると転移系の魔術カラー創造マテリアル・レイズした方が良いんだろうけれど、難しいんだよな。仕組みは分かるし想像ディ・ザインも出来るのだが、どうしても創造に至らない。多分僕が「本当に思ったところに行くのだろうか?」と言う疑問を持ってしまっているからだろう。今後の重要課題だ。


 ――馬車は順調に進んでいく。マリード地区を通り過ぎ、サイレンド地区の城塞都市サラードを経由してセイラード地区のセーナード町を抜けていく。


 そう言えば一つ、困っていることがある。【王者の覇気】についてだ。

 これ、実は城塞都市ポルポーラに居る時に『ジレーナの大地』の連盟副長サブマスタードドルや、それ以外の冒険者第5段階アドベルランク5の冒険者や傭兵に手伝って貰って発動の練習をしていたのだが、非常に困ったことが発覚した。

 何とこれ、常時発動型技能パッシブスキルだったのだ。つまり、僕が発する威圧や殺気は全て覇気として発せられてしまうのだ。

 違うことを期待して【透魂の瞳マナ・レイシス】で【王者の覇気】を詳細に見てみると、説明にそう表示されていたので間違いない。


 魂の波動とは人の核足る魂が発するものだ。つまり魂が進化したり変化すれば、魂の波動も変わる。元々魂と言うものは成長と共に変化していくものだが、今回のこれも意味合いとしては同じだろう。

 つまり、僕の魂に上位者としての在り方が染み付いたことで、魂の波動そのものに覇気が宿ってしまったのだ。以前僕が説明した、覇気は魂の波動の上位版と言う意味をはっきり理解した瞬間だった。


 そしてこれが何とも困ってしまうのだ。

 覇気とは上位者、この場合で言えば支配者層だけが使える技能スキルと言われている。つまりこれが使える時点で僕は自分が支配者に位置するものだと知らしめていることになる。

 スーラン伯爵とフーダ伯爵に対して覇気を発したことも、致し方なかったとはいえ本当はよろしくなかった。ただの冒険者が覇気を使える訳が無いから。

 これが王侯貴族以外なら問題なかった。平民が使える訳が無いし、それが魂の波動によるものか覇気によるものなのかを判断出来る者は極一部だろうから。


 スーラン伯爵とフーダ伯爵にはもう使ってしまったから仕方無いが、今後仮に貴族とまたああいった対し方をする時はかなり困るなぁ、と悩みを抱いている訳だ。

 覇気を発している相手を黙らせるにはそれ以上の覇気や魂の波動で押しつぶすか、直接殴り飛ばすしかないのだから。


 考えごとをすればする程に、何だか疲れていく気がする。

 そんな僕に、耳に心地良い言の葉が舞い降りてくる。


「旦那様、お加減はどうですか?」

「全身が柔らかいな」

「あら」


 そう言って微笑むのは荷台の中、僕の傍でずっと身体を摩ってくれているリリーナだ。

 あれからリリーナはよく僕の側に居るようになった。獣耳娘三人は自分の定位置を侵さない限りは何も言わないし、僕も特に不満は無い。それに、彼女に関しては精神面的な不安があるかも知れないという考えもあって側に侍ることを許しているのだ。

 それ自体は良いのだが、この娘、かなり尽くすタイプと言うことにここ数日で気づかされた。

 娼婦全員そういうものだろと言われたらそれまでだが、リリーナからはそれ以上のものを感じる。何と言うかこう、ミミリラ達程じゃないにしても、人見の瞳に、少し澱んだものが映って見えるのだ。


 そう言えば、この人見の瞳に関しても新しく分かったことがある。

 これを語る前に、『えにしほだし』と言うものについて説明しなければならない。

 この世全ての人は、知己がある相手とは僅かながらに魂と魂が繋がっていると言う。これが「縁」だ。そしてその繋がりの強さ、太さのことを「絆」と言う。


 これが間違いなく存在すると言う証明として、経験値や共同体パーティーがある。

 経験値が何故生物を殺すことで手に入れられるのか。それは生物と出会うことで「縁」が生まれ、殺すことで「絆」を得るからだとされている。その「絆」から殺した生物の経験値を己の魂に取り入れているのだと。

 そして共同体。これは互いに一時的に「絆」を強めることによって、その経験値を分配することが出来るのだと。

 この二つのことから、『縁と絆』という現象は存在し、人と人との魂は繋がっているとされているのだ。これを前提として考えれば、僕の【久遠の結晶紋マルバリアン・アイビー】は『縁と絆』を技能化したものと言えなくもない。

 まぁ魂に関することなので、この辺りに関しては先ず間違いなく金の神の力が関係しているとも言われている。


 そして話を人見の瞳に戻す。

 どうやらこれ、この「絆」が強ければ強い程に見えやすくなるらしい。例えばミミリラの魂を人見の瞳で見ようとすれば、澄んだ水の底を見るが如く、綺麗鮮明に映る。それはニャムリもピピリも同じだ。

 しかしアンネやアンナ、それ以外の娼婦では強い霧が邪魔していると言うか、澱んだ水底を見るような感じで、魂そのものの色や形を殆ど見ることが出来なかったのだ。


 娼婦達で比較的見えたのは、アンネを筆頭にした、ラッシ町で肌を交わらせたことがある女達だけだった。これは恐らく一夜を共にして「絆」が強くなったからだろうと推測できる。

 以上のことから、「絆」が強い、魂と魂の繋がりが強い程に人見の瞳にははっきり映ると推測出来る。そこまで気にするものでもないが、なるほどなぁと知識欲を刺激される出来事だった。

 ちなみに、一度も肌を交わらせていないのに、リリーナは魂が見えた。何だか表現出来ない恐ろしさを感じさせられた。


 ――馬車は進む。荷台を揺らし、馬蹄の音を響かせながらのんびりと。


 そんな中、ふと僕の身体に触れ続けているリリーナの耳を見た。彼女の耳は小牛属と言うだけあって牛のようだが、微妙に違う形をしている気がする。


「リリーナは小牛属と言う割に少し人種寄りにも見えるな? と言うか他種族同士での子供って実際どっちの種族で生まれるんだ?」


 視線を上げて僕に膝枕をしているミミリラに聞く。彼女は僕の中で他種族筆頭だ。

 繁殖、繁栄に関して多少の知識は僕も持っている。ただ実際のところどうなのかは知らなかったりする。


 基本的に、人種が他種族との間に子を成せば、ほぼ確実に他種族の子が生まれる。人種以外の他種族と他種族が子を成せば魂位が高い方の種族が生まれる。

 但しこれは絶対ではなく、人種と他種族でも、人種側の魂位が著しく高い場合は人種が生まれるらしいし、他種族同士でも魂位が低い方の種族が生まれることもあると言う。この辺りの真相は七大神にでも聞いてみなければ分からないだろう。


 まぁそもそも遥か昔と現代とでは妊娠する方法自体が変わっていると言うし、その辺も関係していると思う。現在の知性ある生物が子を成す能力は劣化しているのだ。


 僕の質問に、ミミリラが幾度がまばたきしてから答えてくれる。


「絶対的にどちらか、と言うものは無い。基本的には魂が強い方に寄るとは言われているけど。場合によっては混血種として生まれる場合もある」

「へぇ、その辺は一般的な知識通りか。じゃあ俺が人種以外だとして、俺とミミリラが子供作ったらどっちに寄るだろうな?」

「確実にジャスパー」

「それ以外ありえないです」

「なのねん」

「旦那様の血に勝てる人って居るのかしら」

「先ず居ないでしょうね」


 女共が好き勝手言ってくれる。ちなみにミミリラ、お前の魂位は僕の倍以上あるんだから、そう言う意味では猫耳生やした子供が産まれてくる筈だぞ。ちゃんと気づいてるぞ。僕が野盗百人殺した後、また魂位が上昇したのは。


 まぁ僕が子供を作ることなんて十割ありえないだろうな。

 初体験から始まってこの方、避妊魔術は欠かしていないし、効果も抜群だ。そもそも僕は子供の世話をするよりは世話をされたい。王太子屋敷に居た頃では考えられない感想だ。あの頃は煩わしさすら感じる時があったから。

 思えば避妊魔術って魔術名カラー・レイズ付けてないな。必要無かったから付けなかったけど今度付けておこうかな。


「そう言えばアンネ。お前前にラッシ町で俺と一夜を共にした後調子が良かったって言ってたよな。どんな感じだった?」

「分かり易く言えば身体の疲れが失くなった感じかしら。肌の張りが良くなったり食事が美味しく感じられたりもあったし。体調全般が良くなったわよ」

個体情報ヴィジュアル・レコードの変化って見たか?」

「え? それは流石に。ああでも冗談で魂位や能力等級値が上昇してるって言ってる子は居たわね」

「だろうな」

「え?」


 どう言うこと? という顔を向けて来るアンネを肩をすくめて流す。

 あれって結局どうしてなのか未だに分かっていないんだよな。実は城塞都市ポルポーラで男の冒険者達にそういう効果を聞いたこと、あるいは体験したことがあるかと確かめたら全員が首を振った。会話の輪に参加してきた女冒険者達に聞いてもやはり同様だった。

 では僕と何が違うのか。非常に気になる部分だ。まぁ「ジャスパーと寝たら強くなれるし元気になれますよ」なんて表に出たら種馬待ったなしだろうな。


 そんな感じで首をかしげている僕にアンナが微笑みを向けてくる。


「それを聞いて私も興味を持っていたんです。ジャスパーってどんな人だろうって」

「ただの色ぼけで残念だったな。今目の前で百数十の妾を手に入れてだらし無い姿を晒している駄目な冒険者がそれだぞ」

「最高の旦那様になってくれましたわ」


 アンナの賛辞を聞きながら、首を摩ってくれているミミリラの尻尾を掴む。相変わらず良い滑らかさだ。いつまでも触っていたくなる。

 この尻尾もっと伸びないかな。今でも十分過ぎるくらいには長いけれど、伸びたら肌に触れる面積が増えてもっと気持ちよくなれそうだ。


《頑張ります》


 凄まじい覚悟の感情と共にミミリラが思念で伝えてくる。

 割と本気で期待してしまった。是非とも頑張って欲しい。


 ――そんな取り留めの無いやりとりを繰り返し、休憩し、食事し、野営し、を繰り返して、ようやく僕達は国王直轄領はガーランド地区の最も東にあるランド町へとたどり着いた。ここは規模も大きい町だから食料もそこそこ手に入るだろうし、宿もある。疲れが溜まっている奴は休めるだろう。僕もベッドで眠りたい。


 なんて思いながら、少し楽しみにしている僕が居た。

 何故なら、ここは冒険者として初めての護衛依頼で来た町であり、ニール達との思い出がある町でもあるのだから。

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