第67話 ご飯を食べよう2

「兵士?」

「ジャスパーに事情を聞きたがってる」

「ほぉ」


 ミミリラの口から飛び出して来た言葉の意味を詳しく聞いてみれば、別に不穏でも何でも無かった。ただ、面倒事であることに違いは無かった。


 ミミリラ達の話は先ず、僕が【紫玉の嘆きカーリー・グリーフ】を使って気絶したところまで遡る。気絶してそう間もない内に、僕の元にミミリラ達が到着した。そこである程度治療をおこなった後すぐにこの宿へと連れて来たらしい。そこまではいい。


 それからは宿でひたすらに僕の看病を続けていたらしいのだが、ある日突然ザルード公爵家の騎士を名乗る者が訪ねて来た。用件を聞けば、僕から色々と話を聞きたいから一度こちらに足を運んで欲しいと言う。

 僕のところに騎士が来たのは、間違いなくあの場に居た兵士や冒険者達から僕のことを知らされたからだろう。まぁそれもそうだ。あんなど派手なことをした人物だ、話の一つや二つどころか百くらい聞きたいことがあるだろう。

 この時点ではまだお祖父様は帰参していなかったらしいので、完全に騎士達の判断だ。足を運ぶ場所も、恐らくは官舎かそれに類する建物だっただろう。


 しかしながら僕は完全に昏睡中。そんな状態なので足を運ぶどころか話が出来る状態でも無い。そういった事情を説明した上で、騎士達を部屋にも入れず追い返したらしい。

 もちろんそれで素直に引き下がる公爵家の騎士では無い。

 その日は「改めてまた来る」と言って去って行ったそうだが、翌日から毎日宿に足を運んでは僕が目覚めたかどうかの確認に来ていたらしい。


 その度にミミリラ達は追い返していたのだが、段々と僕の睡眠を邪魔していることに憤りを蓄積させていったらしい。どうやらミミリラ達は僕が衰弱しきっているのが【一心同体ソール・コート】から伝わる感覚ではっきり分かっていたそうで、それもあってかなり憤懣やるかたなかったようだ。

 ちなみに、それを話してくれている時のミミリラ達は完全に無表情だった。


 そんな時に我が『ミミリラの猫耳キューティー・キャットイヤー』後続組が到着。合流した皆に僕の状態と現状を説明したところ、全員が激昂。それからは騎士が来ても部屋の外で追い返す為に警護しているのだとか。

 【万視の瞳マナ・リード】を使って部屋の外を確認しようとして、断念した。技能が使えないって切ないな。


 そしてここまではまだ良かった。状況が変わったのはお祖父様が帰参されてからだ。今度ははっきりと「ザルード公爵閣下の遣い」を名乗る騎士が現れたのだ。

 これは流石に無碍に扱うことが出来ない。しかし昏睡状態が続いている事実は変わらず、ミミリラ達はやや丁寧にしながらもお引取りを願ったらしい。ただ、やはり毎日一度は騎士が足を運びに来ている状況とのこと。


 そして最初の騎士の時と違うのは、この正式な遣いの騎士が現れてからは宿の周囲を公爵家直属の兵――直属兵かどうかは鎧ですぐに分かる――が常時見張るようになったのだとか。

 これが、ミミリラ達が言うところの僕が外に出て欲しくない理由だ。

 何と言うか「絶対逃がさない」と言う気概を感じさせるものがあるな。


「だから、今ジャスパーが外に出たら連れて行こうとすると思う。私達は連れて行かせないから多分……間違いなくその場で戦いになる」

「納得」


 なるほど非常に分かり易い説明だ。


 まぁ、向こうの気持ちは分かる。あんな絶望的な状況下の中、魔獣の群れを一蹴したと思われる男だ。あれから三週も経っていると言うことは、間違いなく要衝での戦いの報告も届いているだろう。

 自分で言うのも烏滸がましいが、僕は正しく領地の危機を脱するに貢献した第一人者とも言えるだろう。恩やそう言った面もかなりの割合であると思う。

 そんな人物に顔も合わさないどころか礼も伝えられない何てありえない。僕でも彼らと同じ行動を取るだろう。

 それに前半はともかく後半から騎士に指示を出しているのはお祖父様だ。あの秘伝の技を使ったことだって、他の人から聞いた話だけで理解するだろう。逃がす訳がない。


 あの秘伝に関しての事情は流石のミミリラ達も分からないだろうが、それを除いても彼らが引かないと言う答えには至っていても当然だろう。

 だからこそ、こうして僕のことを想って言ってくれているんだろう。

 何ともありがたいことだ。


 でも僕は行く。

 空腹感が辛いと言うのももちろんあるが、それとは別にこのままの状態はよくないという予感と言うか、確信的な感覚があるんだよな。

 それに関して、ミミリラ達に説明する。


「急激過ぎる魂位上昇レベルアップの時もそうだけど、今の俺みたいな状態の時に、身体が食事を求めるのには理由わけがあると思う。で、それなのに求めるだけの食事が取れないといつまで経っても回復しない気がするんだよな」

「それは確かに」

「と言うわけで馬車に行こう。今外を出歩いている奴らも馬車に呼んでおいて。取り敢えず……体格的にパムレル、背負ってくれ」

「え? はい、分かりました」


 部屋の中に居た一人のサガラの女、パムレルはここに居る中では背が高い。加えて身体能力に優れている獣人種だから女性でも普通に背負って行けると思う。駄目なら言うだろう。と言うか「レ」の後に「ル」って何気に凄い気がするよな。

 パムレルはちらっとミミリラの方を見てすぐに目線を逸らした。僕がミミリラを見ると、にっこり可愛い笑顔を見せた。気にしないようにしよう。


 パムレルに背負われて部屋を出ると、そこには見事に強面こわもてな我が連盟員ギルドメンバーの姿があった。強面と言うのは言葉通りの意味での面構つらがまえではない。彼らが完全に無表情でありながら気を張り詰めていたからだ。間違いなくこれは警護と言うに相応しい。その辺の門衛より余程に仕事をしている。

 そんな彼らも、僕の姿を見るなり驚いたような安堵したような、そんな何とも表現の難しい表情を浮かべた。

 そんな中、真っ先に声をかけてきたのはニールだ。らしくないことにかなり深刻な顔をしている。


「ジャス、大丈夫かお前」

「この滑稽な姿を見て大丈夫と思うならニール、冒険者引退だな」


 僕が笑いながらそう言うと、ニールは眉を寄せた。


「そんな状態で外出るのかよって意味だよ」

「お腹空かないか?」

「あ? そりゃ空くが」

「飯食いに行こうぜ」


 僕のそんな軽い返しに、ニールは一瞬呆れたような、それでいて嬉しそうな苦笑を浮かべた。


「……流石俺達のマスターだぜ」


 主と長、どっちの意味のマスターなのやら。

 僕はその状態のまま階段を下りて宿の外に出ていく。途中、僕を見た宿泊客らしき人や女将の顔は中々に面白かった。ちなみに別に恥ずかしくは無かった。むしろパムレルの匂いを楽しんでいたくらいだ。


 そうしてさぁ宿から出た瞬間だ。早速声をかけられた。


「ようジャスパー。良い格好してるじゃねぇか」

「マジか」


 まさかのまさか。何と王太子直属直轄軍隊長のエルドレッドだった。

 確かにミミリラは直属兵が見張っているとは言ったが、ザルード領の中でも上から数えた方が早い上位騎士が見張っているなんて誰が想像出来ようか。これは完全に予想外だ。ましてや今この都市の中は人手が足らないだろうに、その部分含めて完全に意識の埒外だ。

 しかもよりによってエルドレッドか。いや、顔を合わしたことがあるからこそ、か。それでも戸惑いは隠せない。


「え、何でここに?」

「王太子殿下が実家帰りしてこいと仰ってくれてな」


 うん、それは知ってる。


「じゃあ宿の前に居る理由は?」

「分かってると思うがお前さんを公爵閣下の下へお連れする為だ」


 今のこの状態を見てさらっとそれを言えるところが凄い。

 まぁ取り敢えず飲もうぜ、と誘ってくる冒険者アドベル傭兵ソルディアのような気軽さだ。

 向かう先は酒場食堂じゃなくて公爵家のお屋敷だけど。

 

 取り敢えずだ。女に背負われて動けない無様な格好の冒険者を最上位貴族の下へ連れて行こうとするのは止めて欲しい。しかも今の僕は旅装ですらないのだから。


「この格好見て無理だって分からない?」

「なに、公爵邸で休めば良い。公爵閣下からもそう仰せつかってる」

「それはありがたいけどお腹空いてるからさ。今から皆で焼肉するんだよね」

「飯なら食わしてやれる。だから来てくれねぇか?」

「絶対に足りないし、連盟員は無理だろ? もし大丈夫だとしても公爵邸でさかるのは流石に勇気が要るから今は断る」


 冗談っぽく僕がそう言うと、エルドレッドは微妙な顔をした。


「お前ってそんな性格だったんだな……あの時の無敵の男、って印象イメージ返せよ」

「ははは、諦めろ。で、ついでに今は本気で行かないからそれも諦めろよ」

「どうしてもか?」

「身体が治ればご挨拶には伺うつもりだ。今は諦めろ」


 行きたく無い訳じゃない。ただ、今の状態だとお屋敷にお邪魔しても迷惑をかけるだけと分かりきっている。ならせめてまともに身体が動くようになってからが良い。

 それに姿形は変わっても、身内であろうとも――身内だからこそ、見せたくない姿もある。こんな軟弱な姿、お祖父様には見て欲しくはない。


 いやまぁ、色々聞かれるのが分かっているので率先して行きたいとは思わないんだけどね。


 あと正直に言えば今はミミリラ達と離れたくないのもある。

 女々しい言い方になってしまったが、今こいつらから離れたら冗談抜きでよろしくないことになる、そんな気がするのだ。言葉にしづらいが、魂がそう訴えている感じだ。

 そんな訳で我が忠実なる騎士エルドレッドよ、諦めてくれ。


 だがそんな主人の切実なる想いは届かなかったらしく、エルドレッドは眉を寄せながら頬をかいた。


「お前は間違い無くこの都市……いや領地の恩人だし、俺も感謝してる。公爵閣下からも丁重にお連れしろと言われてる。ただ俺も騎士だ。役目は果たしたい」

「言いたいことは分かる。手荒にしたく無いんだろ?」

「ああ、分かってくれるなら助かる」


 どうやら引いてくれる気はなさそうだ。まぁそういう姿勢は美点の一つだし、好ましく思っている。もし姿がジャスパーでなければ「誠立派な心構え。これからも励め」と称賛しているくらいだ。


 だがそれは今ではない。

 エルドレッドには心苦しく思うが、ここは引いて貰うとしよう。


「なぁマルリード」

「何だ?」


 僕は目を細めながら少しだけ力を出した。

 魂位レベル8,000を越える男が放つ魂の波動威圧だ。


「手荒にして連れて行けると思うか? それとも俺がこんな姿だから侮られてるか?」

「……いーや、その状態のお前さんとやっても勝てねぇな。ほんとバケモンだな」


 いや普通に負けるけどね。生命力も精神力も体力も空っぽだもの。それに、今の魂の波動の圧力、思った以上に弱かった。そして軽く威圧しただけなのに身体全体が更に重たくなった感じがする。やっぱり魂そのものが弱っているんだろうか? この弱体化効果バッドステータスはちゃんと元に戻ってくれるのかな。ちょっと不安になってきた。

 あと、パムレルには悪いことをした。今の間違いなく直撃受けたな。今は【母の手ラ・メール】使えないから頑張って元気を出してくれ。


「約束は守るさ。どっちにしても一人で動けるようになるまでは諦めてくれ。俺は決して公爵閣下を軽く見ているつもりは無い。ただ今の状態では会えないってだけだ。公爵閣下には誠申し訳なくは思う。無礼は承知。だが必ずこちらからご挨拶に向かうと伝えてくれ」


 正直に言えば、こうしてエルドレッドが迎えに来てなかったら身体が回復した時点でさっさと帰っていたとは思う。お祖父様やお祖母様はもちろんのこと、別に誰かに恩を着せたくてやった訳でも無いし、今回の行動は全てが僕の我がままでしかないのだから。

 ただこうして上位騎士を遣わせてまでもお祖父様からお呼びがある以上、無碍になんて出来る訳も無い。


 そんな訳で我が忠実なる騎士エルドレッドよ、今日のところは諦めて引き下がってくれ。僕は本当にお腹が空いて仕方が無いのだ。正直、さっきから痛いくらいの空腹感で辛いんだ。威圧してからそれが増したんだ。いや、これは自業自得か。


 ずるいとは思うが止めを刺しておこうか。


「なぁマルリード」

「ん?」

「お前自分の尊敬する人、あるいは仕えている人の前で無様な姿晒せるか? 俺にとっては公爵閣下はそういう御方なんだよ」


 僕のその言葉に一瞬面食らった様子のエルドレッドだったが、思い切り顰めっ面を作ると、大きく息を吐いた。


「そう言われちゃしゃーねぇな。どっちにしてもお前に無礼は俺個人としても出来ねぇからな。分かった。公爵閣下にはそのままお伝えする。ただお前の周りをウロウロするのは見逃してくれ」

「何で? 見張りか?」

「似たようなもんだが、どっちかって言うと正真正銘お前の護衛だ」


 お願いだから不穏な話は止めて欲しい。ほら、僕を囲んでるニール達から魂の波動が漏れてるからさ。


「俺何かしたか?」

「助かることはしてくれてる。だが逆に言えばし過ぎてる。そういう人に馬鹿なことを企む奴が居たら許せないって話だ」


 何となく言いたいことが分かった。つまり、僕は目立ち過ぎたのだ。


 エルドレッドが言う「馬鹿なこと」と言うのは幾つか思いつくが、現段階で最も可能性が高いのは、「僕の命を奪うこと」だろう。

 各地の要衝の話を知らないとしても、僕はあれだけの魔獣の群れを倒す程の力と結果を城塞都市ポルポーラで見せつけている。裏を返せば、それを成す程の高魂位を持っていると証明してしまっているのだ。

 経験値とは別に魔獣だけでなく、凡ゆる生物を殺すことで手に入れることが出来る。もちろん人もそうだ。戦に参加する貴族や騎士、直属兵や傭兵が強い理由の一つがこれだ。


 もし僕を殺すことが出来れば爆発的な魂位上昇は間違いない。何せ十万を越える魔獣を殺した後の、莫大な経験値が詰まった宝石箱なのだから。

 ましてや僕が倒れた上で宿に担ぎ込まれている情報も、知っている者は知っている筈だ。何せ騎士が場所を特定して来る程だ。連盟ギルド同士での繋がりが強いここであれば情報が一気に広がっていても不思議では無い。連盟の者達がそう言ったことを企まなくても、それを耳にして魔が差したと言う奴が現れてもおかしくはない。


 つまり、莫大な経験値が詰まった宝石箱を、苦もなく手に入れることが出来る機会チャンスが今なのだ。多分エルドレッドが言っている主な理由はこれじゃないかなと思う。

 確かに領地や都市、家族や知人友人を守った人がそんな理由で殺されるのはエルドレッド達からすれば絶対に認められないことだろう。他にも理由はあるのかも知れないけれど、納得は出来た。

 まぁ、今の僕を殺す為には二十一人のサガラと、魂位千を越える三人娘を倒さないといけないので、出来る奴は限られていると思うけどね。


 僕は納得を伝えるように頷いた。

 ついでだ。どうせ周囲に護衛として居ると言うのであれば、ここは巻き込むことにしよう。


「それなら良いさ。何なら今から一緒に飯食うか?」

「お、そりゃ良いな。俺の兵士も良いか?」

「何人?」

「俺含めて六人だな」

「『戦士のみなもと』ある?」

「ねぇよ馬鹿」


 二人して笑う。


『戦士の源』とは、ザルードで作られる酒の一種だ。

 元々は貴族や騎士、兵士問わず戦士達を労う為に作られた酒で、すっきり水のように飲めるのが特徴――らしい。僕は飲んだことないから知らない――で、戦や任務などの後の一杯にこれを飲み、また次も頑張ろう、と言う意味で愛飲されているお酒だ。元気になったら是非飲んでみたいな。


 ようやく穏やかな空気になってくれたな、と少し安心して、僕はエルドレッドを促した。


「じゃあ行こうか」

「おう。馳走になるぜ」


 その状態のままエルドレッドと並び、馬車のある方へと進んでいく。軽い雑談を交えながら、僕はエルドレッドの前でどうやって隠して食糧出すかな、なんて考えていた。

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