第100話 カー=マインとしてのこれから
一先ず代わりの紅茶と茶菓子をメイドに持ってこさせて、僕は改めて指を振って【
「さて、ここからは王位継承権に関係する話だ」
父上の顔が真剣味を帯びる。
「カイン、お前現在の王宮や継承権争いについてどこまで知っておる?」
「ダイン兄上の特殊個体討伐に於ける裏や、奥の方々の派閥についてでしたらある程度は。そこから関係してロイが戦に趣いた経緯も」
「なら話は早い。知っているだろうが、今はニコラ公爵家の横槍が激しい。あれでダインは確かに文武共に優秀だからな。武の功績としても先の討伐で知らしめておる。俺もそこは認めざるを得ん」
そこは僕も素直に頷けるところだ。
ダイン兄上の実力や才能に関しては以前ザルード領で述べた通りだが、父上までもがここまで称賛すると言うことは、僕が思っている以上に今のダイン兄上は優れた戦士へと成長を遂げているのだろう。
そう言えば、幼い頃は本当の意味で尊敬していたこともあったっけ。あの頃はダイン兄上も僕のことを可愛がってくれていたな。立派な王になってくれカイン、と――
――追憶から意識を戻し、父上の言葉に返す。
「はい」
「そして残りの公爵二家も、後ろで動いている」
まぁ今まで表立っては動いていなかっただけで、王位継承権争いが本格的になってきた今、自分達の利権の為に動くのは自然な流れだろう。国を支える四つの柱とは言え貴族は貴族。己の一族や領地領民の為、得られるものは手中にするのが当然だ。
「コンコラッド公爵家は元よりニコラ公爵家に力を貸しておる。カルミリア公爵家はこちら寄りの中立だな。その代わり子をロイの側室にと言ってきておる」
「側室?」
「表立ってはお前の婚約者のままだが、ロイの成人と同時に婚約者はミニカとなる」
「ああ……なるほど」
元々王太子の婚約者だ。そりゃあ自動的にそうなるだろう。王太子妃だって決まったようなものだ。実権はともあれ、大公と公爵の娘では権威からして違うのだから。
まぁ父上の今の言い方だと、僕とドミニカとの婚約破棄は早い段階で決まっていたのだろう。よくあのドミニカを説得出来たものだと感嘆してしまう。父上をして「あれは手が付けられん」と口にしていた程のお転婆娘だったのに。
「ザルード公爵家は言うまでも無いが、現状で継承権争いは均衡を保っているようで、その実、派閥の大きさからニコラ公爵家の方が声としては大きい」
「はい」
「そこで、お前だ」
父上が強く見つめてくる。
「ジードの言葉では無いが丁度良かった。お前の力であれば何も言うことは無い」
「と、仰られますと?」
父上が笑う。
「お主、当主になって何か大きな手柄を立てよ。戦でも魔獣の討伐でも構わん。その武を見せつけろ」
「武を?」
「うむ。無能と思われていたお前が公爵家当主となり、国内でも比類無きまでの武を見せつける。さすれば領内だけでは無い、公爵級を含む上位貴族の中でも凄まじい発言力と存在感を持つことになるだろう」
まぁ無能がいきなり、冒険者で言えばそのまま実力第6等級程の力を持つのだ。印象は凄まじいものがあるだろう。ましてや無能が来たとがっかりする領民には尚のこと。
言葉で戦う貴族の社交場、即ちサロンでもそれは顕著だ。武を尊ぶお国柄。元無能だなんて関係無い。一瞬で話は広がり称えられるだろう。そしてサロンで噂になれば、必然的に国中の諸侯にも一気に広がっていく。
元王太子であり、国内有数の公爵家当主でありながら凄まじい力を持つ。先ず間違いなく全ての王侯貴族が一目置く存在になるだろう。
父上の話は続く。
「そしてカイン、お主その力を以てロイを支えよ」
「はい」
話の結論を聞くまでも無く、僕はそれに答えた。
父上は満足げに頷く。
「後見としてそのままジードを付ける。国内で最上位の力を持つザルード公爵家の当主となり自由に動け。そしてザルードの英雄ジャスパーとしても動き、ロイを表裏両方で支えよ」
言うまでも無いが、公爵とは国内では凄まじい権力と権威がある。そして当主は戦士として抜きん出た強さを持っていて当然。それが英雄級であれば、武を尊ぶアーレイ王国では異議を唱えるものなんて殆ど消え失せる。他の公爵三家であろうとも似たようなものだ。事実、今のお祖父様の存在がそうなのだから。
そんな力を持った公爵家当主の腰が軽くなるのだ。意味が分かる者にとっては
一例を挙げれば。以前述べたように、この国では領地間の移動に制限は無い。領主間での
つまり、気付けば公爵家当主が自分のお膝元でお茶をしているかも知れない、あるいは毎日のようにサロンに現れることもあるかも知れない、と言うことだ。
王侯貴族の手が届かない場所に関しては、ザルードの英雄と呼ばれる
これまで述べてきたように、力のある冒険者には名声や利権その他諸々が付き纏うし、支配者ですら手が出しづらいというのは邪行を成した
今述べた類のことを公爵として冒険者として実行するかどうかは別として、父上が言葉にしているのはそう言う意味だ。弟にとっては最大級の後援になるだろう。
ただそこでちょっとした疑問が生まれる。
それだと僕は当主としての仕事の一切に触れられないのではなかろうか?
「父上、公爵家の公務はどう致しましょう? 当主としても教わることが多く、割ける時間もまた有限かと」
「その為のジードだ。下手に当主の座に縛られてはお前の有用性が潰れてしまう。ロイが王位に就くまでは自由にせよ。ジードもそれで良かろう?」
「無論。子供は外で動き回るのがよろしい」
「違いない」
ははは、と笑い合う父上とお祖父様。この二人の動き回ると言うのは絶対手に槍か剣があるに違いない。そしてもう片方の手には人か魔獣の首があるのだ。
折角なので僕も楽しそうなその輪の中に入ってみる。
「と言うことはつまり、戦が始まればお祖父様は留守役ですか?」
その言葉にお祖父様の表情が固まる。僕を見た後に、目を見開いて父上を見る。
ちょっとしたお茶目で言ったつもりだったんだけど、今の目は結構本気だったな。
「おいカルロ」
「国の為領地の為お家の為。諦めろ。そしてカインとロイの為でもあるぞ?」
「くっ、ならば致し方無し」
多分止めは最後の孫二人の名前だったと思う。ありがとうございますお祖父様。
視線を移し、お祖父様に対してほくそ笑んでいる父上に言葉を向ける。
「で、あれば。私は当主就任後も基本的には各地で武を振るい、戦あれば思い切り暴れれば良いと」
「端的に言えばそうだな」
「私、本気になれば一瞬で十数万の魔獣を吹き飛ばすのですが、その場合敵の兵は一人残らず肉片です」
「……その時にまた指示を出す」
「はい」
以前述べたように、戦とは基本的に金が出ていき、そして入る。だが入れる為にはある程度敵側の貴族を生かしておかなければならない。また、大事な交渉事に使えることもある。
そう言うこともあって、敵対する奴らは皆殺しだ! と言うのは避けねばならない。国内では敵対する愚かな奴らは皆殺しにすれば良いだけに、他国との戦の難しさが分かろうと言うものだ。
ちなみに、アーレイ王国の王太子や王族が捕虜になったからと言って交渉材料には絶対にならない。捕虜になるような無様な王太子や王族なんて生きる価値が無い。むしろ相手方に「さっさと殺せ」と言い返すだろう。断言出来る。
まぁ今の会話はお互いに分かった上でのちょっとしたお茶目だ。
何だかちょっと浮かれてる自分に気づかされるな。
父上が息を吐いて椅子に背を預けた。何だか肩の荷が軽くなった感じだ。
「しかし予想外の収穫だ。助かったな。カインにそれだけの力があると知れて悩みの大半が消えた。良かったなロイ。お前にとって最大最高の決して裏切らぬ仲間が増えたぞ」
「はい、父上」
「あまり期待されると困ります」
「そんなことはありません、兄上が居れば例え
僕はそれに頬をヒクつかせた。昔から僕のことを尊敬してくれている可愛い弟よ。兄は流石にそれとは戦いたくは無いぞ。あれは初代アーレイ王をして「あんなのとやってられるか。殴っても傷一つ付きやがらん」と言葉に残しているのに。
「まぁ尽力はする。出来ることは何でもな。いつでも声をかけよ」
「はいっ」
まぁ、その地位を押し付けた僕が偉そうに言えたものではない。でも、だからこそ、求められた時は全力を持って支えたいと思う。
と、そこで気付く。母上が物凄く嬉しそうにニコニコしている。
「どうされましたか母上?」
「いいえ。また昔みたいにこうして二人が仲良くしているのが嬉しくて。カインちゃん、いつでもお城にいらっしゃいね」
僕はまた頬をヒクつかせた。
「いえ、母上。そうはこれぬと思いますが……」
「あら、ジャスパーなら可能でしょう?」
それはもう嬉しそうに言う母上に、僕は否とは言えなかった。ジャスパーなら確実に可能だったから。
「はは、時間がありますれば」
「楽しみにしているわ」
「取り敢えず重要な話はこれくらいか。後は三人で気になることを聞くが良い」
父上がそう言うと、母上と弟が色々と話を聞いてくる。弟とは戦の帰りに多少話していたけれど、離れていた時の話や、それこそジャスパーになってからの話とか。
ジャスパーの話は言えないところが多いので濁しながら話していたが、それでも二人は楽しそうに聞いてくれていた。
と、そこで父上が思い出したかのように身体を起こし、口を開いた。
「そう言えばカイン。お前
どうやら僕の試練はもう少しばかり続くようだ。
父上、出来ればそれは母上の居ないところで聞いて欲しかったです。
※
その父上の言葉から母上は驚いた後に楽しそうに笑い、弟は尊敬した目で見つめてきて、お祖父様は苦笑しており、そんな中父上は割と真剣な顔をしていた。
僕は女達に手を出したことを認めつつも、新しい避妊魔術を開発したから大丈夫と懇切丁寧に説明した。
ジャスパーとしての力があり、また王太子と言うもの、王族と言うものを理解している僕の言葉なら、と父上は一応の納得をしてくれた。
その代わり、もし胤を撒いている場合、撒いてしまった場合は必ず報告すると金の神の誓いは立てた。そして子を宿してしまった場合の扱いに関してはその都度話し合って決めると。
我が子を大事にする母上と、同じく孫すら大事にするお祖父様の前での話し合いだったからかは定かでは無いが、この段階で母と子を消すことはしないと約定を頂戴することが出来た。
そう言えば、真剣な顔でやりとりをする父上と僕を他所に、この話を聞いている時の母上とお祖父様が楽しそうだったのは孫と曾孫に関係する内容だったからなのかな? 一応国王直系の胤に関係する重大な話なんだけど、流石母上とお祖父様だ。万が一に子が出来てしまったら隔離先はザルードになりそうだな。
そして、ここから続く話で僕の心は削れに削れていった。今までどこの女に、何人に、どうして手を出したのかまで根掘り葉掘り聞かれたから。言えないところは濁したが、それでもきつかった。
まさか家族の前で下世話なことを語るのがこんなにも恥ずかしいとは思いもよらなかった。王族だからそう言う部分を恥ずる必要はないんだけど、ジャスパーとして成したことだからかな? 実際話を聞いている父上に母上、お祖父様だけでなく弟ですらが普通に聞いている。上位者って本来こういうものなのだ。
王太子屋敷での生活を振り返れば分かるのだけど、王族、王太子には不愉快こそあれど性的な恥なんて殆ど無い。幼い頃から着替えも沐浴も排泄も、更には性的な処理ですら侍女やメイドにやらせるのだから。そう考えたらこの恥ずかしさは新鮮さすら感じるな。
ひたすらに嬉しそうに微笑む母上の笑顔や、瞳を輝かせる弟の眼差しや、お祖父様が
「父上、少し真面目なお話が」
「何だ」
僕の表情に、父上も真面目な顔になる。
「今の娼婦に関することで。長くなりますがお耳に入れて頂けましたら」
「ああ、話せ」
僕はそこで、アンネ達が城塞都市ポルポーラに来てから城塞都市ガーランドに戻るまでの全てを包み隠さず話した。そこにはアンネ達がどうしてそう言う行動に出ていたかの理由も含めている。
その話を聞いている時の父上とお祖父様の表情は、酷く凶悪で恐ろしいものだった。これまで見たことの無かったこの顔こそが、国王と最上位貴族本来のものなんだろう。だだ、恐ろしく密度の濃い覇気が漏れかけていたので、思わず母上と弟に【
覇気を感じていただろうに、変わらぬ様子の母上は流石だなと心底思った。弟は表情が完全に固まっていたと言うのに。
「カイン」
「はい」
「今の話、一切の偽りは無いな?」
「金の神に誓って」
僕の誓いの言葉を聞いて、父上とお祖父様は厳しい表情で背を預けた。
弟と母上も難しい顔をしている。やっぱり誰が聞いてもかなり繊細だよねこれ。
ただ、お祖父様はともかくとして、父上は確実に何かしらの情報は得ていた筈だ。仮に王都から遠い領地で目を配る優先順位が低かったとしても、最低限の情報は得られるようにしてあった筈。ならば今の顔は敢えてそう見せているのか、あるいは知らない情報があったからこその反応なのか。
まぁアンネ達のような、長くお世話をしている最高級娼婦達でないと仕入れられない情報も確実にあるだろうから、そこは新規の情報になると思う。
そして、話しておいて何だが、正直少し気まずい。なにせリリーナが庶子だと分かった上で連れ帰っている。表面的には問題無い。僕は娼婦達を本人の希望で妾にし、連れ帰っただけだから。
襲って来た傭兵達や盗賊団に関してはどうでも良い。野盗なんて殺して当然。冒険者登録した傭兵だって同じことだ。
伯爵達に関しても最終的に何事もなく済んでいるし、別に殺していたとしても堂々と口に出来る。理由はあの時述べた通り、アーレイの掟に従ったことと、伯爵達の無様があるからだ。
ただ、やはり他国の上位貴族の庶子と知った上でリリーナを連れ帰ったこと、これは繊細なところだ。まぁ父上に「交渉材料にする、寄越せ」と言われたら人生初めての親子喧嘩の開幕だ。申し訳無いが王城の一部が吹き飛ぶくらいじゃ済まない。
長い時間考えに耽っていた父上は大きく息を吐いてから僕を見た。
「まぁ分かった。少し調べておこう。カイン、ご苦労だった」
「はい」
父上は硬い表情のままだが、お祖父様は何とも微妙な顔をしている。多分もっと早くに教えて欲しかったのかも知れない。領地も近いことだし、ジャスパーの姿で対面した時にスーラン伯爵達についての情報は既に入手していた訳だし。
でも前はジャスパーだったからな……みたいなことを考えているのだろう。多分。
それはそれとして、
「父上。庶子はそのまま手元に置いても?」
「ああ、構わん。知らんかったことにしておけ。それにお前、渡せと言えば渡すのか?」
「全身全霊を以て親子喧嘩に臨もうと思います」
「喧嘩の意味を調べて来い戯け」
ふんと父上は鼻を鳴らした。それを見たお祖父様はさぞ愉快と言った表情だ。
ああでも良かった。これでリリーナに関しては父上公認だ。少なくとも国内に居ることに不安を覚える必要はないと帰ったら伝えてやろ……ああ、そうだよジャスパーだった。いや、いけるか?
そうだ、喜ぶと言えばサガラだ。国王陛下とザルード公爵閣下に存在を許して貰えたと言えば喜んでくれるだろう。間違い無い。
まぁミミリラ辺りからは「ふぅん、そうですか」なんて表情が返って来るんだろうな。
そう言えば、ずっと気になっていたことを思い出した。調べたいと思っていながらも、結局叶うことなく今日を迎えてしまったあれだ。
「父上。これは聞いて良いことか分かりませんが」
「何だ?」
「ナーヅ王国との戦はどうなったので?」
ああ、と父上は言った。
「お前でも知らなかったか。あれは終わったぞ」
「は?」
思わず漏れた声は、自分でも呆れる程に間抜けなものだった。
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