第79話 お引越しは夜逃げで

 結局ジャルナールが貸出してくれたのは大型の馬車が十五台だった。

 僕達が元々借りていた馬車は全て商団にもって帰らせることにした。と言うのも、商団で使っている馬車は僕達が借りていたものよりも大きなもので、乗れる人数も三十人。こちらの方が良いだろうという判断からだった。

 野営時に全員が馬車の中で眠ると仮定してもかなりゆとりがあるが、これで城塞都市ザーケルで馬車を探す必要はなくなったので非常にありがたかった。


 だが、現状六十人の移動でこの数はありえない。と言う訳で誰にも見られない場所まで馬車を移動させ、向こうに着くまでは不要な荷台の全てを【僕だけの宝物箱カラーレス・ジュエルス】に入れておくことにした。


 【僕だけの宝物箱】に関しては絶対隠していると言う訳ではないので問題は無いが、出来れば無駄に口外はしないでくれとジャルナールの商会員や使用人、そしてアンネ達娼婦連中には頼んだ。

 ジャルナールの方は本人が何とかしてくれるだろうしそもそも商会の人。秘密の重要さは知っているだろう。娼婦の女達も職業柄秘密の大切さは分かっている上に、これから自分達を守ってくれる主人からの言葉だ、守ってくれるだろう。


 正直もう広がっても良いかな、と言う気持ちはある。

 ジャスパーの名前は確実に国中に広がるだろうし、隠しきれなくもなるだろう。それに冒険者第6段階アドベルランク6にもなる冒険者アドベルだ、そのくらい出来てもおかしくはないと思ってくれる筈だ。多分。


 さてここで一つ問題がある。馬車と言うものは文字通り馬が引く荷台車を言う。つまり馬車があればそれだけ馬が居るのだ。

 今回は商団用の大型が十五台であり、支援物資を運ぶことを前提にしていたので馬車一台には馬が六頭付く。単純計算全部で馬は九十頭。出したままにする大型四台分を差し引いても六十六頭が空いている。

 よって非常に面倒ではあるが、仕方無く何人かが馬に乗りそのまま何頭かを紐で引っ張るという手段を取ることと相成った。

 出だし早々これか、なんて思いながら僕達は城塞都市ポルポーラを出発した。


 通常都市から都市へ移動する際は必ず護衛や見張り番が付く。

 今回はその役割を『ミミリラの猫耳キューティー・キャットイヤー』がする訳だが、僕は馬を引く者達以外は全て馬車の荷台に押し込んだ。【万視の瞳マナ・リード】で全ての役割をすると言ったからだ。もし護衛や見張り番などを付けるとしたら僕が疲れた時か仮眠をしている時くらいだろう。

 これで皆の負担は随分減る。旅路は長い。楽が出来る時に楽して貰おう。


 途中【万視の瞳】に入った獣や魔獣は遠慮無く魔術で殺し【僕だけの宝物箱】に収納した。売り物になるし、何より食料になる。正直に言えば【僕だけの宝物箱】の中は少しばかり寂しい状態になっている。今後どうなるか分からない以上は集めておくに越したことはない。


 そしてどちらかと言えばこちらが主目的ではあるのだが、新しい戦闘方法を考えたのでそれの鍛錬をしているのもある。

 今回の大発生スタンピードで学んだこと、そして城塞都市ポルポーラでの戦闘をて増した自分の能力を鑑みて、これまでとは違った戦い方を実現する為に、のんびりした今の内に鍛えておこうと思ったのだ。

 高い能力値と多数の魔術カラー技能スキルを手にして初めて可能となるこれは、恐らく僕であっても本当の意味で使いこなせるようになるには相当の時間がかかるだろう。

 けれど、間違いなく今後の僕の力になってくれる筈だ。


 特にこれと言った問題もなく訪れた最初の野営。僕達は馬車の荷台複数で円を作り火を囲んでいた。

 馬車の外側までは僕の【僕だけの部屋カラーレス・ルーム】で覆っており、内からの音や気配は漏れないし、外からもまた見えない上に防御は完璧だ。

 内側には【光よ在れライト・レイズ】で光の玉を浮かべており、正直火の明かりなんて必要ない。これはあくまでも調理用だ。気温だって直接火属性魔術フレイム・カラーで温めているので快適そのものだ。


「いや、お主がおると楽で良いわい」

「でありますな、支店長」


 食事が終わってテーブルを囲むベルナール商会一同は、紅茶を飲みながらのんびりくつろいでいる。娼婦達も同様だ。サガラの面々も立った者や座った者と分かれているものの、酒を飲んだりしている気を抜いている。酒に関しては僕が許可を出した。初日から気を張り詰めたって仕方が無い。


「楽もそうだけど、これだけ安心出来る状況も中々無いわね」

「確かにそうだな。この障壁もあるし、何かが襲ってきてもジャスパーや多数の連盟員ギルドメンバーがおる。何より裏切りの心配がない、これに尽きる」

「それは大きいですな」

「私も分かるわ」


 こういった旅路で護衛される側が最も恐れるのは護衛している者に裏切られることだ。これだけはどうあっても防げない。だからこそ基本的に護衛は信用等級が高い者が選ばれるし、昔から馴染みの者を雇う。

 信用等級が低い冒険者や傭兵ソルディアが使われない理由がこれだ。


「分からないぞ。寝ている間に土虫を服の中に入れるかも知れない」

「それは酷い。歴史上そんな残虐な裏切りは聞いたことがないわい」

「私そんなことされたらジャスに泣きつくわ」


 ジャルナールとアンネが笑い、それに釣られて皆も笑う。

 土虫とは土の中に居るうねうねした十字の形をした茶色の虫だ。害は無いし益虫なのだが、見た目と動きが非常に気持ち悪いのだ。


《私はカイン様にして頂けるなら何でも受け入れます》


 ミミリラが思念でそんなことを言ってくる。多分本気だろう。この娘は僕にされることは何でも嬉しいのだから。


 ちなみに、ミミリラの僕に対する呼称は愛称で呼ぶことを許した。

 何故口調が変わったのか聞いてみれば、僕がお祖父様のお屋敷で「ミミリラのカー=マインに向ける時の口調って本当可愛いんだよなぁ」なんて思ったことが全ての原因らしかったので、何を言わずともそれを実行したご褒美みたいなものだ。


「しかし裏切りはともかく、ここら一帯は野盗とかどうなんだアンネ」

「正直に言えば少なくないとは聞くわね。ちょうど領主様の兵の見回りや冒険者の通りが少ないところなのよ」

「へぇ。斡旋所への依頼は入らないのか?」

「位置が微妙なのよ。大きな被害があったりお貴族様に関係する方々に何かあれば話は違うんでしょうけど。依頼する側の市民だって金額的な負担から何度もする訳にはいかないし」

「ふむ」


 僕は腕を組んだ。サガラの面々が少し表情を硬くしている。

 なので、僕は敢えて笑いながら言った。


「つまり、野盗が襲ってきたら臨時収入があると言う訳だ」

「ふふっ。ジャスが居るならそうなるわね」


 盗賊や野盗とは金が無い者が殆どだが、『盗賊団』のように群れると財貨などを溜め込んでいる場合がある。そんな奴らが襲ってきてくれたらお小遣い間違いなしだ。

 まぁこの国で大人数の『盗賊団』なんて集団が生き延びられる訳がないので、実際に居たとしても十数人が精々だろうな。もしくは『盗賊団』同士が連合体レイドを組んで襲ってくるとか。


 僕とアンネの言葉に大仰に頷いたのはジャルナールだ。


「鑑定なら任せよ。良い品があれば高く買い取ろう」

「支店長。最近は宝石の価値がまた上がってきております」

「益々襲ってきて欲しくなるではないか」


 商会組のお茶目なやりとりにまた笑いが起き、サガラの面々にも笑みが浮かぶ。

 自分で言うのも何だが、現段階では僕が居て問題が起きるなんてありえない。問題が起きるとすれば城塞都市ザーケルに到着した時、娼館の娘達を城塞都市ガーランドまで運ぶ道中なのだから。これは本当にどうなるか読めない。

 何があっても良いように、途中経由する町と城塞都市ザーケルでは出来るだけ多くの食料やその他必要な物資を買い集めておくことにしよう。


 そんな感じで就寝。

 半径五百メートル以内で魔獣や野盗などが近づいてきたら反応するようにしたので大丈夫なのだが、それでもと言い張るサガラの不寝番を置いて僕は荷台の一つで女衆に埋もれていた。

 現在僕が寝ている荷台の中ではミミリラ達を含む十五人が眠りについている。正直狭い。だと言うのにサガラの女衆は抱き合ったり身体を寄せ合って眠っている。まだ荷台は余分にあるというのに、わざわざ寝苦しい状態を選んでいる原因は恐らく僕にある。


 いつからか、彼女達と交わった後の匂いを【還元する万物の素ディ・ジシェン・ジ・マナ】で消した後に物足りなさと不愉快な気分を覚えるようになってしまったのだ。恐らくそれに気付いたミミリラ達がサガラの女衆全員に伝えたのだろう。

 彼女達の甘い匂いを好んでいると言う趣向的な部分は否定しないが、実際問題、僕の精神的な面を落ち着かせてくれている。そしてこれが理由なのか、彼女達が側に居るか居ないかで生命力や精神力の回復量が目に見えて違っていたりもする。


 ミミリラが初めて僕の寝床に来た時の個体情報ビジュアル・レコードの状態欄にあったが、精神的に安堵していたり快楽に浸っているとそういう現象が起こるようだ。

 そう言う訳で、僕としては彼女達を感じられる現状に人としても冒険者としても男としても非常に助かっているので一切の文句を言うつもりはない。


 むしろこいつらの匂いが無いと眠れなくなりそうで不安を覚えているくらいだ。


《女達には命じておきます》

《ジャスパーさんの集合体パーティーは七名にしましょう》

《誰にするか考えておくのん》


 僕の思考は思いっきり彼女達に読み取られていた。

 彼女達が居ないと眠れなくなる日はそう遠くないのかも知れない。



 ※



 翌日。僕が獣や魔獣と言う食料を誰も知らない内に手に入れていること以外は何もない旅路が続く。

 僕の側にはミミリラ達三人と数人のサガラの女、そしてアンネを筆頭にした娼婦達が付いている。

 昨日の昼も夜もサガラと言う鉄壁の守りに屈したアンネ達だが、どうにか今日は世話役の座を勝ち取ることが出来たようだった。

 聞きたいことがあるから良いよと僕が言ったことも理由の一つではあるが。


「アンネ。実際聞きたいんだが、娼館に残っている娘は本当に全員がそうなることを了承しているのか? 俺は金の神への誓いや契約紋カラーレス・コアまで言葉にしたが」

「全員間違いなくよ。そう言われることも考慮した上で決めたから。ちょっとでも悩んでいる娘は皆違う娼館に移したわ」

「なら良いんだがな。後から話が違う、とかだったら本気で追い出すぞ」

「構わないわ。私達もそんな娘は不要よ」


 強い視線が返ってくる。

 どうやらアンネもかなりの覚悟で今回のことに望んでいるらしい。


「後これも言っとくが、連盟員と変な揉め方をするのも無しだ。悪質なことをしたり阻害するような奴は居ないと断言した上で言っておく」

「それももちろんよ。私からも重々言い聞かせる」

「なら良い」


 言ってから小さく息を吐く。

 先程から娼婦連中にマッサージをして貰っているのだが、かなり上手い。あまりされた経験が無いのもあるけれど、何だか疲れが取れていく気がする。

 他に何か聞いておくことがあるかなと考えるも、大事なことは殆ど聞いているか。


「そう言えば店に男は居ないのか? 力仕事とか色々あるだろう」

「基本問題になりそうなことは無くすようにしているの。それが必要な時とか、お店の警護は馴染みの連盟ギルドに殆ど委託していたから。今回城塞都市ポルポーラまで行く護衛をしてくれたのもそこよ」

「へぇ。娼館は縁が無かったからそう言った部分の仕組みとか知らないんだよな」


 いや本当に。初体験を終わらせた後は「気が向いたら娼館に行っても良いかな」なんて思っていたのに、どこぞの猫耳娘のお陰で全く縁が無くなってしまった。


 折角だから色々聞いてみるかな。


「先代って言ってたけど、それは何歳なんだ?」

「三十歳よ」

「ん? 三十?」

「ええ」

「お前は?」

「私は二十歳になるわね」


 アンネがその年齢で店主をしていることもそうだけど、先代と呼ばれている女もかなり若いな。


「娼館の店主はそんなに早く代替わりするのか? 若すぎる気がするが」

「他の店や私娼だと三十歳の後半とか。若く見えれば四十歳とか普通に居るわよ? ただ、うちは本当に女の質にこだわってた店だから。商品価値が損なわれていると判断した時点で代替わりするわ。たまにどうしても先代が良い、って言うお貴族様や豪商が居た場合だけお相手しているけどね。そもそも娼館の店主と言うのは、店の長であると同時にお店の看板そのものだから」

「じゃあその前の店主はどうしてる? まだ若いだろう今の話なら」

「うちは先代までは相談役として店の運営に携わっているの。代が変わると、先々代は店のお手伝い、使用人みたいな形になることが多いの。もちろん身請けされる人も居るけどね。

 娼婦は女としての価値がなくなった時点で終わり。本当なら違う行き着く先を選ぶんだけど、今の先々代はお店に対する感謝の気持ちと、現役の娘達への応援という意味で働いてくれているわ。その辺り、他の娼館とはちょっと変わっているかも知れないわね」

「ふぅん」


 ちょっとだけ娼婦という存在の一端を垣間見た気がする。

 やっぱり彼女達は身体を売るしかない賤業せんぎょうと言う訳じゃない。矜持を持って仕事をしている。それだけ真剣に娼婦として向き合っているからこそ男に夢を売れるのだろうし、男もまた夢に浸れるのだろう。

 まぁそもそも高級娼婦の一部は貴族婦人の代わりに色々なところに同伴することもあるくらいだから、準貴族と言っても過言ではないんだよな。歴史を遡れば国王より女準男爵バロネテスを授与された公娼も居るし。


「お店の全員がジャスの妾。だから先代も抱きたいなら問題ないわよ?」

「はは、考えとく。じゃあ年齢の一番下は?」

「七ね」

「おい」

「下働きや見習いよ。流石に未通女おぼこよ」


 アンネが口に手を当てて笑う。完全にからかわれたな。


「少しびっくりした」

「現役の最年少は――ね」


 僕はそれを聞かなかったことにした。女の年齢は見た目では分からない。部屋に入って来た娼婦が何歳かなんて分からない。だから僕は今何も聞いていない。

 寝床に来た時は出来るだけ年齢を確認するように気を付けよう。でもあの最中って気を付けようがないんだよな。


「後は何かあったかな……もう移動するだけか。ああ、ちなみに建物や土地は売ったりとかしたのか?」

「いいえ。正直今回は夜逃げに近いから」


 僕はちょっと眉根を寄せた。


「どうして――ああ、なるほど」


 その先を聞こうとして止めた。そもそもアンネ達が僕を求めてやって来た理由がそこにあるのだから。正に聞くも愚問だ。

 そんな自己完結した僕に、アンネは頷いた。


「ええ、そう言うこと」

「じゃあ今店はどうしてるんだ?」

「一応今は通常通り営業しているわね。あくまでも私達は『稼ぎ時の都市に出張娼婦として出かけているだけ』だから。それも貴族の方々へは『経験の浅い娘達に学ばせる為に随行してくる』と言う風に説明してる。男爵様、子爵様とかは直接お店に足を運ばれることもあるし、営業をめる訳にはいかなかったの」

「なるほどな。ちなみに他の店にやった娘達はどう言った理由だったんだ?」

「色々あるけれど、身請けして欲しい男が居る娘が大半ね。それ以外だと城塞都市ザーケルを離れることや知らない男の妾になることを不安に思う娘とか」

「至ってまともな理由だな。むしろそれだけ残ってることが凄いぞ」

「家族みたいな娼館だからね。それは自慢の一つよ。だから先代や私を信じて付いて来てくれる。外に出した娘達も、謝罪を口にして泣きながらお店を出て行ったわ」

「なるほどね」


 アンネの物憂ものうげな言葉に、僕は頷きだけを返した。

 お涙頂戴待ったなしの話だが、僕の意識はそれ以外に向いていた。


 外に出た娘が居て、受け入れた店がある。で、ありながらも“夜逃げ”という行動を可能としているのか。娼婦や娼館同士の秘密管理の徹底さは恐ろしいものがあるな。

 アンネが娘達をどういう名目で外に出したのかは分からないが、受け入れた側も色々と感づくところはあるだろう。何せ家族のような生活をしている娼館の娘が何人も店を移っているのだ。その不審が娼婦の誰かから客に漏れてもおかしくない。

 だと言うのに、今のアンネの口ぶりではそこに一切の不安を抱えているようには見えない。もしかしたら娼婦同士でしか分からない仲間意識や暗黙の了解があるのかも知れないが、それでも凄い。


 まぁ僕視点からすれば、もし情報を外に漏らしてアンネ達が捕らえられた場合、後の報復が怖いのかな、という感じもする。

 例えばアンネがアジャール侯爵の屋敷に捕らえられ妾にされたとする。もしそこでアンネが「あの娼館に昔嫌がらせをされていた」なんて泣きながら口にしたらとんでもないことになるだろう。

 僕としてはそっちの理由の方が納得出来るかな。


「お前が今回俺にそういう話を持ってきたのもその辺が理由でもある訳だ。もし何人かだけ妾ってことになってたらひっそり夜逃げだったか。いやどれにしても本当の夜逃げだったのか」


 アンネ達の秘密が漏れていようといまいと、もし僕や『ミミリラの猫耳』が護衛をしなかった場合結構な数の娼婦が捕らえられていただろう。

 何せ貴族御用達の、秘密を抱えた娼婦集団だ。纏まって移動すればすぐにばれる。小分けにして都市から逃げ出すにしても似たようなものだ。最初の方に移動する集団はなんとかなっても、最後の方になれば流石に何をしようとしているかばれるだろう。そして店に兵が押し寄せてくるか、街道を移動している最中に追っ手が掛かり捕らえられて終わりだ。


 そしてアンネは店主だ。きっと最後まで残っていただろうから、その運命は決まっていたようなものだ。例え馴染みの連盟の冒険者達が護衛していようともそれは変わらない。そもそも侯爵なんて上位貴族と争うなんて危険リスクを負ってくれないだろうし、たかが一つや二つの連盟では本気になった侯爵級の軍には勝てないだろう。


 考えれば考える程に、今回のことに臨んだアンネ達の覚悟が見えてくる。

 僕に全てを賭けると言う言葉にも一切の偽りがない。


「そう言う訳ね。だから今回一緒に来てくれたのは本当に助かるわ」

「俺は一度自分のものにする、守ると口にした約束は絶対に破らないさ。例え金の神に誓わなくてもな」


 僕がミミリラを筆頭にしたサガラの女衆を見ると、それはそれは嬉しそうに微笑んだ。


「最悪アジャール侯爵と揉めたら、ザルード公爵閣下に褒美代わりに助けて貰うかな」

「あら、それは良いわね」

「いや。それはそれで借りになりそうだな。やっぱりさっさと帰ることにしよう」

「ふふ。全てお任せしますわ旦那様」


 マッサージを受けミミリラ達の尻尾を弄びながら、アンネの話と、城塞都市ポルポーラを出立前にドドル達と話したことを纏めてみる。


 城塞都市ザーケルはアジャール領の主要都市にして、アジャール侯爵の住まう都市だ。もちろん都市の中には派閥の貴族が多数邸宅を構えているだろう。つまり完全にアジャール侯爵の手の内な訳だ。

 そのど真ん中に店を構える、貴族達が女としても人としても逃がす訳にはいかない娼婦百二十人を安全、確実に城塞都市ガーランドまで連れて行かなければいけない。

 しかも現在城塞都市ザーケルや周辺の地区には、アジャール侯爵を筆頭にした派閥貴族お抱えの傭兵団連盟ソルディアーズギルドが闊歩しているという、敵地とも言える状況。


 もうこれだけで幾つもの危険な場面を想定することが出来る。

 元々城塞都市ポルポーラを出る時点で悠長には出来ないだろうと考えていたが、これはきちんと手順を決めて迅速に行動しなければ予想以上の面倒事になるのは間違いない。ジャルナールとは後で打ち合わせをしなければならないだろうし、それを皆にも周知しなければならない。


 ただ一つ嬉しいことがある。娼館自体はまだこちらのものと言うことだ。

 娼館とは娼婦達の住まい。そしてそこの家主はアンネ。そのアンネや娼婦達は僕のもの。

 それはつまり、建物自体を僕が貰っても良いと言う訳だ。


 住まいの問題は解決したな、と僕はほくそ笑んだ。

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