番外編 ノエルとアミナス 後編

 アリスはドアを開け、いつものようにテヘペロをして驚く仲間たちに向かって言う。


「皆! 集まってくれてありがとうございます! 赤ちゃんは男の子で名前はノエルだよ! よろしくね!」


 突然現れたアリスに、仲間たちは凍りついた。つい今しがた産声が聞こえた気がしたが、もしかして自分達の気のせいだったのだろうか。


「ア、アリス……? ど、どうしてそんなに元気なの……?」

「お、お前、う、動いて大丈夫なのか……? 今産んだん……だよな?」

「ねぇ! ちょっともう怖いんだけど!!」


 突然やってきてそんな事を言うアリスに、仲間たちはゴクリと息を飲んだ。


 少し、いや……大分元気すぎやしないか?


 その後に続いて慌ててやってきたのはノアとキリだ。ノアの腕にはしっかりと赤ん坊が抱かれている。


 やっぱり生まれたんだ……。仲間たちがそんな視線を赤ん坊に送っていると、ノアはノエルの小さな手を振って笑顔で言った。


「あ、ノエルだよ。よろしくね。ところでアリス! まだ処置終わってないんだから早くベッドに戻って!」

「そうですよ、お嬢様。産後の処置がまだなんですよ」

「大丈夫! 筋肉は! 裏切らない!」

「そういう事じゃありません!」


 キリはゴツンといつもの様にアリスの頭にゲンコツを落として、アリスを引きずるようにして隣の部屋へ戻って行ってしまった。


 ノアはそんなアリスとキリを見送って、いつもの様にニコニコしている。


「いや……色々おかしくね?」

「……っす。何でも筋肉でどうにか出来ると思ってるの、本気でヤバイっす」


 恐怖で震える仲間たちとは違い、エリザベスとアーサーはノアが抱いているノエルを覗き込んで感動に震えていた。


「あのアリスが! お母さんですって! 兄さん! 髪の色がバセット家だわ!」

「ああ! 未だに僕には信じられないよ……でも見てごらんリズ。他はどこからどう見てもノアだよ」

「ええ! 私はそこにも感動しているわ! 良かった……怪獣が怪獣を産んだらどうしようかと思っていたの」

「二人とも酷いな。でもまだ油断出来ないよ。僕は女の子も欲しいから、そっちはもしかしたらアリスによく似た怪獣かもね。今の内から覚悟しててね、父さん、母さん」


 そう言ってニコッと笑ったノアを見て、アーサーとエリザベスは同時に顔を引きつらせた。


 

 あれから二年後。


「あなたが達が生まれた時は、それはもう平和でした。三日間仲間たちはバセット家に何だかんだ理由をつけて居座り、あなた達を散々撫でまわして可愛がってくれたものです。ですが、いいですか、ノエル、レオ、カイ。今生まれたアミナス。あれは確実にお嬢様似です。姿形もですが、中身も確実にお嬢様似です。幼いあなた達にも分かるでしょう? 大人達の顔が引きつっているのが」


 キリはそう言って子供達の肩を掴んで言うと、子供達は小さいながらも、集まった仲間たちの顔を見渡して神妙な顔をして頷いた。


 窓の外ではさっきから雷鳴が狂ったように鳴り響き、あちこちに雷が落ちている。


 何だかそれが今しがた生まれたばかりのアリスとノアの第二子、アミナスの今後を物語っているようで、仲間たちも子供達も青ざめていた。


 そんな中、アリスとノアはと言えば、早速隣の部屋で生まれたばかりのアミナスと格闘していた……。

 


「まだ飲むの⁉ アミナス、そろそろ離れようか!」


 ノアがアリスの胸に貼りついて離れないアミナスを引きはがそうとするが、タコの吸盤のようにアミナスはアリスの胸に張り付いて剥がれない。


「痛い痛い痛い! 取れちゃう! 取れちゃうから!」

「ご、ごめん、アリス。ほらアミナス、お腹もうパンパンでしょ? 止めとこ? ね?」


 どうにかアリスからアミナスを引きはがす事に成功したノアだったが、次の瞬間、家が揺れるんじゃないかと思う程の雄叫びがアミナスから上がる。


 それを聞いてノアは急いでアミナスをアリスのお乳に戻すと、アミナスは機嫌よくまたお乳を飲みだした。


 初乳は大事だ。それは分かっているが、初乳からこんな馬鹿みたいに飲むのはどうかと思う。


 そもそも産んですぐに初乳が出てしまうアリスもどうかと思うが、そこはアリスである。色々と規格外なのだ。もう深く考えずにそういう事にしておく。


「ねぇ兄さま、お腹減った……」

「アリスまで!? このタイミングで!? キリー! キリー! ちょっとー!」


 第一子のノエルの時は感動に震えたアリスとノアだったが、第二子のアミナスは生まれた瞬間から思わず産んだアリスでさえ耳を塞いでしまうほどの産声を上げた。


 そして感動する間もなくジタバタと暴れて今に至る。



「……ちょっと、呼ばれてるよ」


 一向に動こうとしないキリにリアンが言うと、キリは真顔でコクリと頷いた。


「ええ。聞こえています。ですが、無視しています」

「いやいやいや! 行ってやれよ! 何か……すごい大変そうだしさ……」


 カインが言うと、仲間たちは一斉に頷いた。時折聞こえてくるノアとアリス、そしてハンナの絶叫に仲間たちは顔面蒼白である。


 ノエルの時は良かった……などと何かを思い出しながら渋々立ち上がったキリを見て、ミアは苦笑いを浮かべて双子に言った。


「二人とも、キリさんをよく見て育ってね。アリス様をあしらうのはキリさんが一番上手だから」


 そこまで言ってミアは今度はノエルに言う。


「それからノエル様、あなたはノア様をよく見ていてくださいね。ノア様がアリス様を可愛がるように妹を可愛がってあげてください」


 ミアの言葉に三人はやはりコクリと頷いて隣の部屋をじっと見つめている。


「見て来ていいですよ。アミナス様に初めましてを私達の代わりにしてきてあげてください」


 コクリ。三人はそれを聞いて隣の部屋に駆けだした。


 そんな子供達を見ていたキャロラインが、落ち着く為にお茶を一口飲んでソファにもたれて言った。


「……それにしても凄いわね……今の雄叫びもさることながら、さっきの産声……あれは本当に生まれたて?」

「私もビックリしました! 大地の化身の子は、やっぱり大地の化身なんですね! 空もまるでアミナスの誕生を祝福してるようですよ!」

「いや、ひっどい嵐だけど⁉ これ、祝福なの⁉」

「何か、祝福って言うより、魔王爆誕って感じなんっすけど……」

「……言えてますね」

「家、ちょっと揺れたものね……。皆見て、窓の外」 


 皆の言葉に頷いたシエラが窓の外を指さすと、そこにはアミナスの雄叫びを聞きつけた森の仲間たちが、窓にびっしり張り付いてずぶ濡れになりながら隣の部屋を凝視している。

 


 やがて産後の処置が終わったアリスと、既に疲れ果てているノアとハンナ、そしてアミナスを抱いたキリと子供達が隣の部屋にやってきた。


 何故か出産した本人と生まれたばかりの赤ん坊が一番ピンピンしているのが怖い所である。


 そんなアリス達に一番に駆け寄ったのはルイスだ。


「おお! アミナス! 本当にアリスにそっくりじゃないか! キャロも見てみろ!」


 嬉しそうに手を出したルイスを見て、アミナスはあからさまに顔を歪める。まだ目などろくに見えてもいないだろうにこの仕打ちである。


「まぁ本当。小さいアリスね!」


 一方、キャロラインが手を差し伸べると、アミナスは嬉しそうに顔を綻ばせた。


 たとえ魔王爆誕と言われても、可愛いものは可愛い。笑顔でキャロラインに手を伸ばしてくるアミナスを見て、キャロラインも嬉しそうにアミナスの頬を撫でる。


 それを見てアランがポツリと言った。


「やっぱり中身もアリスさんですね」

「どういう意味だ!」

「いや、そのまんまだろ。あー……見えるなぁ、アミナスがキャロラインにばっかり懐いて邪険にされるルイスの未来が」

「ぐぬぅ!」


 カインの言葉にとうとうルイスは黙り込んでしまう。


「お疲れ様、ノア。で、どうなんです? アミナスはやっぱりアリス似ですか?」


 ソファに倒れ込んだノアにシャルルが言うと、ノアは無言で頷いた。それでも顔はやはり嬉しくて堪らなさそうだ。


「アリスによく似て可愛いよ。ちょっと……尋常じゃないぐらい元気なのが今から心配だけど……」

「とーたま、アミナスだっこしゅる」

「うん? じゃ、そこ座って。はい、どうぞ」


 ノアはいそいそとソファに座ったノエルにキリから受け取ったアミナスを抱かせると、アミナスは嬉しそうに手足をバタつかせた。


 それを見てノエルは嬉しそうに頬を染める。


「ちょっとレオ、カイ、隣に並んでみ? おお~! 新・バセット4兄妹!」


 カインはそう言って四人の姿を写真で収めて喜ぶが、キリとハンナと使用人、そしてアーサーは引きつっている。これから始まる地獄を思い描いているのだろう、きっと。


 そんな子供達を見ていたノアは、ふと何かを思い出したように笑った。


 アリスとノアとキリは生まれた時から一緒に居た訳ではないけれど、何だか子供達がアミナスの頬をつついたりしている様を見ていると、昔の事を思い出す。


「あはは! 何だか懐かしいね。あと二年もすれば、本当に僕達みたいになるんじゃないかな」


 ノアの言葉にアリスもキリも頷く。


「だったら嬉しいなぁ!」 


 アリスは子供達をまとめて抱きしめて一人一人の頬にキスをして言った。


「皆、元気にスクスクおっきくなるんだぞ! そして素敵な未来を掴むんだよ、私達みたいに!」


 ルーデリアの歴史が始まって以来、最も激しい嵐を観測した日、バセット家ではいつまでもいつまでも沢山の笑い声で溢れていた。


               


                             おわり。






※最後に今までのお礼をさせてくださいませ。


今日まで、本当にありがとうございました!

これで『アリス・バセットの受難』は本当に最後を迎えます。

ここまで応援してくださった皆様、本当にありがとうございました。

感想や評価、ブックマークやフォローや♡がとても力になりました!


それでは、ここまで応援してくださった皆様、本当に本当にありがとうございました!

明日からの予定と新作のあらすじを近況ノートに書きましたので、どうぞそちらもご確認くださいませ!


紋白彗椰

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る