番外編 戴冠式と結婚式2

「レスターは本当に働き者だな。ダニエルはまぁ、あれは一生あのままだろ。カインは災難だったな!」

「ほんっとうに迷惑だったんだぞ! ったく」


 何かを思い出したように怒るカインにルイスは思わず吹き出した。


 仲間たちは揃って首を傾げているので、ダニエルの結婚騒動を一部始終話すと、皆は呆れかえったように苦笑いを浮かべている。


「とりあえず、ルイスおめでと。これからは馬車馬のようにこのルーデリアの為に頑張って働いてね」

「お前な、その言い方は何とかならんのか」

「だって本当の事だからね。生半可な覚悟じゃ誰も殺さない国を作るのは難しいよ」


 ノアが言うと、ルイスは拳を握りしめて頷いた。ノアの言う通りだ。飢饉や洪水、戦争の時に身に染みて感じたのは、誰も苦しまない世界はとても難しいという事だ。


「まぁ今日だけはいいじゃん、そんな難しい話。明日は結婚式なんだし、王子がお姫様の事、どれだけ好きなのか朝まで一個一個語ってもらおうよ」


 もちろん冗談だ。おどけた調子で言ったリアンに仲間たちは笑ったが、ルイスだけは顔を輝かせる。


「仕方がないな! そこまで言うなら聞かせてやろうか。キャロの好きな所など語りだしたら一週間はかかるぞ。まずはだな――」

「冗談だよ! っとに、王さまになっても何も変わんないね、王子は」

「リー君、ルイスはもう王っすよ」


 誰も突っ込まないのでオリバーが言うと、リアンはキョトンとして言った。


「いや、王子はあだ名だから今更変えないよ? カイン様だって一生次期宰相だし、あんただってずーっと未来永劫モブだよ」

「……」

「……」

「……」

「うーん、てことは僕は一生変態かぁ」


 何故かおかしそうに言うノアに、ルイスもカインもオリバーも黙り込んだ。変わらない所がいいとは思ったが、変わらなさすぎるもどうかと思うのはワガママだろうか。


「あちらは今頃大騒ぎしてるんでしょうね」


 目を細めてそんな事を言うアランに全員が頷く。


「まぁ、結婚式は女性が主役とも言うしね。明日はルイスはせいぜいキャロラインを引き立ててやりなよ。明日にはシャル達もシャルル達も来るんだし、しっかり見せつけてやって」

「そこらへんは大丈夫だぞ。キャロは俺が引き立てなくてもいつでも輝いているからな!」

「はいはい、ごちそうさま」


 その後、男子チームはいつものようにトーマスやユーゴ、ルーイから色んな大人の話を聞いて青ざめたり顔を赤らめたりしていた。


 

 その頃女子チームはと言えば。


「アリス様! そこの大きな箱をこちらに運んでもらえますか⁉」

「はいよぉ! どっこいせー!」

「アリスさまー、ちょっとあの棚の上にある重たい箱下ろしてくださーい」

「任せとけぃ!」

「アリス様、すみません。ホールに大量にお祝いの品が届いたのですが、運ぶの手伝ってもらえませんか?」

「おっけー!」


 アリスが重い荷物や大きな荷物を運ぶのに大活躍していた。


 そんな様子をしばらく見ていたヘンリーが、アリスよりも随分軽くて小さい荷物を運びつつ苦笑いを浮かべている。


「アリスさんはあれだな、騎士よりも働くな!」

「父さまってば! 皆、アリスは一応お客様なのよ?」

「すみませ~ん。でもねお嬢様、アリス様が一人居ると本気で仕事捗るんですよぉ~」


 チームキャロラインの一番若い少女が言う。


「まぁ、それは分かるけれど……」


 そう言ってチラリとアリスを見ると、アリスは片手で大きな箱を抱えてもう片方の手で何やら重そうな荷物を軽々と運んでいる。


「アリス様、そろそろベッドと箪笥を動かしたいのですが」

「よしきた!」


 そう言って腕まくりしたアリスは箪笥を、よっこいせ、と一人で持ち上げてしまう。確かに騎士よりも働くかもしれない。


 キャロラインが青ざめながらそんな光景を見ていたが、続いてやってきたのはオーグ家のコックだ。


「アリス様をちょっと貸してもらえませんか? お嬢様の好物チーズフォンデュについてちょっとお伺いしたいんですが……」

「お! 分かった、すぐ行くー!」


 ウキウキしながら箪笥を指定の場所まで運んだアリスは、そのまま厨房にコックと共に走り去ってしまった。


 明日はキャロラインの結婚式だ。こんな事でキャロラインの役に立てるならお安い御用である。


「彼女は厨房まで担当しているの? まぁまぁ背中のテオが楽しそうねぇ。ずーっと笑ってるわ」


 そうなのだ。テオは今、アリスに背負われている。


 というのも明日の結婚式の準備で皆忙しすぎて誰もテオを構ってやれないのだ。かといってテオを一人にしておく事も出来ない。一人で歩く事を習得したテオは、すぐにあちこちで迷子になってしまうのだ。そんな訳でテオはアリスに括りつけられているのである。


 とにかくよく動くアリスの背中は、テオにとってはまるでジェットコースターにでも乗っているかのような気持ちなのだろう。


「ほんとだな。今日はまだ一度も泣いてないな。しかしそろそろオムツの時間じゃないか?」

「あ、それならさっきアリス様が替えてましたよ~」


 ヘンリーの言葉にメイドが言うと、それを聞いてヘンリーがとうとう苦笑いを浮かべる。


「そうか。頼もしい限りだな」

「本当ねぇ。バセット領ではこれが普通なのかしら……?」


 何せ全ての事を全部自分で済ませてしまうのがバセット家の人達である。アリスどころかノアだってキリだって料理をするし、洗濯だって掃除だって自分達でしてしまう。頼もしいとしか言いようがない。


 ステラがお気に入りのバセット領では、ステラでさえお手伝いに駆り出されるのだと笑っていた。テオがもう少し大きくなったらオリビアもまた一緒に行く気満々である。何よりもバセット領の温泉は最高に気持ち良かった。


 そしてそんなアリスと共にやってきた仲間たちはと言えば。


「アリス! これこれ、これなんだけど、隠し味は赤ワイン? 白ワイン?」


 厨房にはシエラが居た。ジャガイモの皮をむき人参を一口大にカットし終わった所だ。


 最初はシエラが厨房に来て手伝うと言い出した時には、皆ギョッとしてそれを止めた。何せフォルスの公妃である。


 ところがシエラはキャロラインは大事な友人で、友人の為に手伝いたいのだと皆の反対を押し切って厨房に入り浸っているのだ。シエラの今回の生まれは普通に平民だった。家事全般は小さい頃から叩き込まれている。こんなものは朝飯前だ。


「好みで大丈夫だよ! ちなみにキャロライン様は白が好きだよ!」


 何故かキャロラインの好みを知り尽くしているアリスが言うと、シエラは嬉しそうに言う。


「そうなの! じゃあ白にしましょう。あ、庭でライラとミアさんがお花摘んでたわよ。重そうだったから手伝ってきてあげて」

「了解! じゃ、テオ君! 次はお庭だぞー!」


 アリスはそう言って駆け出す。スマホで話せば早いのだが、皆スマホなど部屋に置きっぱなしである。それよりアリスの場合は呼んだ方が早いというのが皆の見解だ。


 アリスは思わずスキップしそうになるのを堪えながら庭に出た。そこにはライラとミアが重そうに花束が入った籠を二人で運んでいる。


「待て待て待てぇい! そういう重いのは私の仕事だよ!」


 庭に飛び出してきてすかさずキメッ! のポーズを取るアリスを見て、ライラとミアはホッとしたように微笑む。


「アリス! 丁度今呼びに行こうかってミアさんと話してた所よ」


 オリビアの指示通り花を摘んだはいいが、花は思ったよりも重くて運ぶのが大変だった。もう一人誰か呼びに行こうとしていた矢先に現れたアリス。


「どこに運べばいいの?」

「もう馬車に積んでお城に運んでもらおうと思っていたんですが、御者が足りなくてどうしようかと思ってて」

「ふんふん、なるほどね! じゃ、荷馬車に積んじゃお! 私ちょっくら行ってくるよ!」

「えっ⁉ アリス様は荷馬車も操れるんですか?」

「朝飯前だよ! しょっちゅう乗ってるよ!」

「凄いわ! 流石だわ!」


 大地の化身はどうやら荷馬車も余裕なようだ。ライラは感心したように手を叩く。


「じゃちょっと行ってくるね! テオ君もこのまま連れてくからオリビア様達に心配しないでって伝えておいてね!」


 アリスは言いながら軽々と花の入った大きな木箱を停めてあった荷馬車に積み込むと、そのまま唖然とする二人に手を振って、オーグ家を出て行ってしまった。背中にテオを背負ったまま。

 

「アリス! 随分かかったわね! ところでこれは……」 


 アリスが戻ったと聞いてドレスの着付けの最中だったキャロラインが部屋に飛び込むと、机の上には所狭しとお菓子や子供用のおもちゃが積んである。


「あ、キャロライン様! 街の皆がね、テオ君にってくれたんですよ!」

「そうなの……皆が……あら、このズボン……」


 キャロラインはそれを聞いて嬉しそうに笑みを浮かべて上機嫌でお菓子を頬張るテオの頭を撫でた。ふと見ると、テオはどこかで見た事があるようなないようなズボンを履いている。


「あ、これは途中でテオ君、オムツとズボンびちゃびちゃにしちゃったから、ルイス様が昔履いてたズボン借りてきたんです! まだテオ君には大分大きくてブカブカなんですけど、何も履かないよりはマシだってステラさまが」


 快くルイスの昔のズボンを貸してくれたステラに感謝しつつアリスが言うと、キャロラインはコクリと懐かしそうに頷いてテオのズボンを撫でた。


「ええ、そうみたいね。懐かしいわ、このズボン。よくルイスはこれを履いてたの。お気に入りなんだって教えてくれたからよく覚えてるわ。そう、まだステラ様は大切にとってらしたのね……」


 小さい頃、ルイスはこのズボンがお気に入りなのだと言っていた。あれは三歳か四歳頃の話だ。足が伸びて履けなくなってしまったと言って泣いていたルイスを思いだしてキャロラインが小さく笑う。


「大事なズボンですね! じゃあ修繕してキャロライン様の子が履けたら素敵ですね!」

「本当ね。ルイスと相談するわ。すっかり忘れてた……このズボンの事。アリス、思い出させてくれてありがとう」


 きっと他にも沢山忘れている事はあるだろうが、こういう物をいつかルイスと二人で語り合うのもいいかもしれない。それこそ、明日からはずっとルイスと一緒に居るのだから。


 

 翌日、冬にしては穏やかで暖かなまるで春のような天気の中、ルイスとキャロラインの結婚式が執り行われた。仲間たちはもちろん参列式に座らせてもらえた。


 爵位は皆バラバラだが、色んな事を一緒に乗り越えてきた仲間たちだ。何なら二人が無事に結婚できたのは、ここにいる仲間たちのおかげなのだ。


 ルイスは檀上でキャロラインが入ってくるのをソワソワした様子で待っていた。昨日は声すら聞く事を許されず、顔だって一目見ただけだ。


 そこへ、大きなラッパの音が鳴り響き、続いて鐘の音が鳴った。


 それと同時に重苦しい扉が開き、ヘンリーが厳めしい顔をして入ってくる。そして振り向き手を差し出したかと思うと、その手をキャロラインがそっと取った。


 それを見た途端、ルイスの中に何かが込み上げてくる。


 キャロラインは美しかった。それはここに居る人達全員が思った事だ。本物の聖女だ。 


 キャロラインは結婚式だと言うのに装飾品を一切付けなかった。唯一付けたのは、ルードと妖精達が共に作り上げたティアラだけだ。その事が余計にキャロラインの高潔さと美しさを際立たせているようで、誰もが息を飲んだ。


 やがてゆっくりキャロラインとヘンリーが壇上に近づいてきて、ルイスの心臓はもう飛び出してしまいそうな程ドキドキしていた。


 ルイスの元までやってきたヘンリーは、キャロラインの手をそっとルイスに託すと涙を滲ませてルイスに言う。


「後は任せたぞ、ルイス王」

「はい。必ずキャロラインを守り抜き、幸せにすると誓います」


 ルイスの言葉に頷いたヘンリーは、涙をハンカチで拭いながら参列式に戻って口を真一文字に引き結んでいる。きっと、あんな怖い顔をしていないと泣いてしまいそうなのだろう。


 ルイスはキャロラインをそっと壇上に引っ張り上げると、美しすぎるキャロラインを見てゴクリと息を飲んだ。

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