番外編 シャルルとシエラの結婚 後編
「ありがとうございます、皆さん。シエラ、良かったですね」
「……ん」
鼻声で頷くシエラにシャルルは苦笑いを浮かべながら、その背中を撫でてやる。よく見ると、花の間に小さな妖精達が隠れているのに気付いたシャルルは思わず笑み崩れた。
「シエラ、見てください。花の妖精達もお祝いしてくれていますよ」
「え? ほんとだ!」
小指サイズほどの小さな花の妖精は、花を振ってシエラを見上げていた。それを見て涙が引っ込んだシエラは、仲間たちに向き直って頭を下げる。
「皆、本当にありがとう! 色んな人達に色んなお祝いの品を貰ったけれど、その中でも一番嬉しいわ!」
色んな人達から貰ったお祝いの品は、損得勘定に塗れ過ぎていて素直に喜べなかったシエラ。それにはシャルルも気付いていて、仕方ないとどこかで思ってはいたものの、まさかこんな所でこんなお祝いの品を貰えるとは思っていなかった。
「私からもお礼を言わせてください。皆さん、ありがとうござます」
「あとね、私から二人にもう一個プレゼントがあるよ! よく出来たからどっかに飾ってね!」
そう言ってアリスは部屋から持ってきた自分の荷物を漁って、そこから二枚の絵姿を取り出して二人に渡した。
心を込めて描いた二人の絵姿だ。夢中になりすぎてオヤツを一回抜いてしまった。もちろん、その後の晩御飯はいつもよりも多めに食べたが。
「こ、これは……噂の……」
シャルルはきちんと包装された絵を受け取って顔を引きつらせた。隣でシエラも引きつっている。
「あら、二人も描いたの? アリス」
「はい! 上手にできました!」
キャロラインの言葉にアリスが答えると、キャロラインはチラリとノアとキリを見た。すると、ノアは肩を震わせているし、キリなど真顔で首を横に振っている。
それを見るに、アリス画伯はまた何か凄いものを生み出したのだろう。
「二人とも、それを見る時は心の準備をしておいた方がいいわよ。私のように寝込むか、ライラのように大爆笑して拝むかの二択だから」
「そんな二択嫌だ」
リアンの声にシャルルとシエラも頷いている。この状況を面白がっているのはルイスとカインだ。
「二人とも早く開けてみろ!」
「そうだよ。せっかく画伯が描いてくれたんだから。見なきゃ失礼だろ?」
アリスの絵の破壊力はルイスもカインもよく知っている。他人事だと喜んでいたのだが、ここにアリスが爆弾を投下した。
「じ・つ・は! 皆のもあるんで、皆が結婚する時にもお祝いに渡しますね! 楽しみにしててくださいね!」
「えっ⁉」
自信満々にそんな事を言うアリスを、ルイスとカインは思わず二度見した。
「こ、これは俺達に結婚するな、という事なのか……?」
「何で結婚式っていう一大イベントにわざわざぶち込んでくんの……?」
「まぁまぁ二人とも。ちょっとは上達してるんだよ、これでも」
ノアが言うと、キリも頷く。
「そうですね。上達した分、小賢しい小技をきかせてきて、さらに酷くなっている気がしてなりません。だから俺は、お嬢様に絶対にミアさんと俺だけは描くなとキツく言いつけています」
「俺達のも頼んどいてよ! そこは!」
カインが言うと、キリは薄く笑って言う。
「そんな恐れ多い事出来ません。お二人のご結婚をお祝いするな、などとはとてもではないですが俺の口からは言えません。お嬢様、なのでこのお二人は思う存分、大きなキャンパスに描いてさしあげてください」
「分かった! 描きなおすね!」
「いい! 描きなおさなくていいから! そのままくれ!」
「えー……もっと実物よりイケメンに描けますよ?」
「いや! 俺はもう十分にイケメンだ! だから今のままでいい!」
「……アリスは失礼だし、王子は自分でイケメンとか言っちゃってるし、ほんと二人ともまだまだおが屑だね」
しかし、ルイスの気持ちは分かるリアンである。変に描き直されてもっとおかしな事になりかねない。
そんなアリスとルイスの会話を聞いていたシャルルとシエラがとうとう噴き出した。
「もう止めてください、二人とも! アリス、ありがとうございます。飾るかどうかは見てから決めますね」
「私もそうしようかしら」
涙を拭いながら笑う二人に、ライラがニコニコしながら言う。
「アリスの絵は朝一番に目に入る所に飾ると、一日笑って過ごせますよ! 是非試してみてくださいね」
「そ、そうなの」
それはライラだからでは。とは、シエラは言わなかった。そして恐る恐るアリスのくれた包装を解いて絵を見てシエラは噴き出す。
「あっは! ちょ、何コレ⁉ 誰⁉」
小麦畑らしきものを背景にシエラと思われる人が笑っている。とてもニヒルに。これはヤバイ。絵を見てお腹を抱えて笑うシエラを見て、シャルルも包装を解いた。
そして一言。
「アリス、真面目に目の医者にかかった方がいいと思いますよ……」
辛うじて髪の色は合っている。しかし、それ以外は何も合っていない。そう思いたい。これは一体何の罰ゲームなのだ。
けれどシエラはまだ笑っているし、じっと見ていると面白い気もして来たシャルルも小さく笑った。
「ありがとうございます、アリス。まぁ、どこかには飾っておきます」
「私もベッドの反対側に飾っておくわ。ライラの言う通り、朝一番に見たら一日笑顔でいられそうだわ」
「え⁉ い、いや、それは止めてください!」
シエラの言葉にシャルルは慌てて首を振った。朝ならともかく、寝る前に見てしまったら色々と萎えそうである。シャルルの言いたい事を察した男子達は思わず真顔で頷いてしまった。
そこへ遅れてやってきたチャップマン商会が到着してオリバーやダニエル、そしてエマとドロシーも合流した。
マリーとフランは店が忙しくて出席出来なかったが、お祝いに大きな二人を模したパンを焼いてくれて、それを見てやっぱりシエラは涙していた。
翌日、シャルルとシエラの結婚式がしめやかに執り行われた。
厳かな祭壇の前にはシャルルとシエラが立ち、参列席にはティターニアを始めとした妖精界の重鎮達と、すっかり元気になったレンギル元大公とシャルルの母、ナターシアが楽しそうに談笑している。
その後ろにはフォルスを支える重鎮たちがハンカチを片手に座っていて、最後列に仲間たちが座ってその時を待っていた。
「シエラ、綺麗だね、兄さま」
「そうだね。でも、僕のアリスには敵わないけどね」
「同じ顔ですよ、お嬢様もシエラさんも」
「ぜんっぜん違うよ! キリ、一回目の検査しようか」
「その言葉、そっくりそのままお返ししますよ、ノア様」
未だにアリスが猿にしか見えないキリである。だからついでにシエラも猿に見える、とは言わないでおく。
「あなた達、少し静かになさいな。ほら、始まるわよ」
いつだって賑やかなバセット家の三人を叱りつけたキャロラインは、祭壇の奥から現れた妖精王を見て小さな息を吐いた。
未だに、また何かの拍子で過去に戻ってしまうのではないかと怖くなる事がある。それを昨夜シエラに言うと、シエラも真顔で頷いて言った。
だからこそ、明日と言う日が待ち遠しくて仕方ないのだ、と。結婚という一つの区切りを乗り越えてこそ、シエラの中でようやく何かが終わるのだろう。
『自分で区切りを作らないと、いつまでも考えてしまいそうで怖いんです』
そう言って苦笑いを浮かべたシエラは、とても綺麗だった。それを聞いて納得したキャロラインは、自分の中にもある一つの区切りを作った。
それは、ルーデリアの王妃になる事だ。ここを一つの区切りとして、その先は今度はルーデリアの為に生きて行こうと決めた。国民は皆家族だ。家族が泣くのは嫌だし、家族が辛い思いをするのも嫌だ。そうならない様にする為に、自分は生きる。
「シエラ、幸せそうね」
誓いの言葉と決意を真っすぐ前を見て言うシエラを見て、キャロラインは涙を浮かべた。シエラの顔は初めて会った時とは違って随分落ち着いたような気がする。
「私、シエラは今日からシャルル・フォルスの妻として、フォルス公国の国母として、この一生をフォルスに捧げる事をここに誓います」
「私は、それを受け入れます。シエラを妻とし、支え合い、一生を彼女と共に過ごすことを誓います」
「では、互いの魔力の交換を」
凛とした妖精王の声に、二人は互いに手を取り合いそっと目を閉じる。
心が通い合っていなければこの儀式は失敗する。人間界ではあまり伝統的ではないが、妖精界ではこうやって魔力の交換をするのが習わしだ。
今回の結婚式でそれをしようと言い出したのはシエラだ。どれほど想い合っていると思っていても、心から想い合えていないと失敗してしまうという、ある意味怖い儀式であるにも関わらず、シエラはその方法を選んだ。
驚いたシャルルに、シエラは挑戦的に笑って言った。
『もしかしてシャル、自信がないの?』
と。
こんな事を言われては黙っていられないシャルルである。
もしもあの最終決戦で仲間たちと戦わなければ、シャルルは頷かなかったかもしれない。あの最終決戦のおかげで、シャルルは自分でも気づかなかったシエラの存在の大切さを思い知ったのだ。シャルルはいつの間にかアリスを模したキャラクターではなく、シエラという、たった一人の人を愛していたのだという事に。
儀式が始まると互いの体から魔力が流れ始めた。それが手の平でゆっくりと混ざり合い、二人の体にスルリと入り込んでいく。
何とも言えない感覚に思わず身を震わせたシエラは、体の中にシャルルの魔力が入り込んでくるのをゆっくりと受け入れた。
シャルルも同じ感覚を味わっていた。そして初めて気付く。シエラの魔力はとても柔らかくて温かかったのだな、という事に。何て心地いい魔力なのだろう。
「おい、いつまで交換しているのだ。もういいぞ、お前達」
いつまで経っても魔力の交換を止めない二人に妖精王が言うと、ハッとしてシャルルとシエラは目を開けて笑った。あまりにも心地よくて二人してうっとりしてしまったのは二人だけの秘密だ。そんな二人を呆れた様子で見ていた妖精王は言う。
「まぁ良い。後は思う存分二人だけの時にするが良い。ちなみに、魔力の交換をしながら夜の――」
「妖精王! それは今はいいでしょう? 皆がいらっしゃるのよ?」
一体何を言いだそうとしたのか、ティターニアは慌てて立ち上がって妖精王を諫めた。ティターニアに叱られた妖精王はシュンと項垂れて結婚式を続ける。
その後は色んな人達からのお祝いの言葉だ。それを一つずつ読み上げていくのはイライジャである。その中にはルカとステラからの祝辞もある。
本当はルカもステラも今日の結婚式に参加する予定だった。ところが直前でステラが懐妊していた事が分かって、それどころでは無くなってしまったのだ。
キャロラインに引き続きルイスにも今更ながら妹か弟が出来ると聞いて、大喜びしたのは国民達だ。戦争が終わっただけでも喜ばしいのに、ここに来てステラ懐妊のニュースは、あっという間にルーデリア全土に広まった。
イライジャは祝辞を全て読み終えて頭を下げて元の場所に戻ると、いよいよ最後に妖精王から、二人への祝いの加護付けである。
「二人とも、末永くフォルスが続くよう、これからも尽力せよ」
「はい」
「はい」
二人は返事をして目を瞑った。すると、途端におでこが一瞬温かくなる。二人のおでこに浮かび上がった紋章を見て、妖精王は肩を揺らして笑った。
「お前達、どれだけ仲が良いんだ。お揃いの加護がつくとは、大したものだな」
珍しい事もあるものだ、と妖精王が笑うと、シャルルとシエラはそれを聞いて顔を見合わせ、嬉しそうに微笑む。
こうして、しめやかで厳かなフォルスの結婚式は終わった。そのまま二人は手を取り合い、参列者の間を拍手に包まれながら出て行った。
この後、二人は真っ白な馬車に乗って城下町のパレードに向かうのだ。流石にここには参加出来なかったドラゴン達も、そのパレードには付いて行くという。
全てが終わった後、アリスがポツリと言う。
「あれ? 誓いのキスとかないの?」
と。それを聞いてノアも真顔で頷いた。
「無いみたいだね。へぇ、魔力の交換かぁ。面白いシステムだね」
「あなたの世界ではキスをするの? 結婚式で? 皆の前で?」
アリスとノアの言葉を聞いてキャロラインが頬を赤らめると、アリスとノアは同時に頷く。
「僕が居た所では魔力なんて無かったからね。だから皆にこの子は自分のだよーってお知らせする為にキスして誓うんだよ」
いや、本当の所は神に誓った誓約を封じ込める為にキスをするのだが、人間はいくらでも嘘がつける事を知っているノアは、結婚式のキスは皆に見せつける為だと捉えている。とんだ解釈である。
「そ、そうなの……すごいわね」
皆の前でキスするなんてとんでもない! 頬ならまだしも、口になんてとてもでは出来ないキャロラインが言うと、ノアは真顔で頷く。
「お前達も魔力の交換をしてみてはどうだ?」
横で聞いていたルイスが言うと、それに対してノアが真顔で首を横に振った。
「嫌だよ。何か間違えてアリスの中で僕の魔力が育って火とか水とか使えるようになってみなよ? それこそ地獄だよ?」
ありえない、とは言い切れないから怖い。ただでさえゴリラのようなパワーを発揮するのに、その上に炎やら水まで操れるようになってしまっては、流石のノアもお手上げである。
「王子、余計な事言っちゃ駄目だよ。それ、逆もありえるんだからね」
「逆、とは?」
「アリスの魔力を変態が使えるようになってみなよ? 悪魔じゃなくて最早魔王だよ。討伐案件だよ」
「はっ! ほんとだな! それはダメだ。あの魔法はお前は絶対に使っちゃ駄目な奴だ!」
リアンの言葉に青ざめてルイスが言うと、ノアは意地悪に笑う。
「アリスの魔法使えるのはちょっといいかも」
「ダメだぞ! 絶対に!」
そんな恐ろしい事、冗談でも考えたくないルイスである。
「大丈夫です、皆さん。ノア様は絶対にあんな儀式はしません。何故なら、あの儀式は互いの心が通じ合っていないと成功しません。万が一にも失敗してお嬢様と心が通じ合っていないと分かってしまえば、その時点でノア様は再起不能になってしまいます。ノア様は、決してそんな危ない橋は渡りません」
「……いや、その通りなんだけどさ……」
真顔でそんな事を言うキリにノアはがっくりと項垂れた。全く以てその通りだったからだ。そんな儀式でうっかりアリスの心が見えてしまったら、それだけでノアはもう生きる屍になってしまう。そんなノアを皆で慰めたのは、言うまでもない。
こうして、シャルルとシエラの結婚式は何事もなく平和に終わった。何の憂いもない二人の結婚パーティーでは、ようやく皆が心から笑えた。
そして待ちに待ったシャルルとシエラの念願の新婚初夜ではまた一波乱あったのだが、それは二人だけの秘密である。
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