第五百三十二話 仲間と掴んだ今

「で、でもお嬢様に早くお会いしたくて! キリさん、今日だけは多めに見てくれるって約束したじゃないですか!」

「多めに見ますが、無茶をするのなら多めには見ません。ミアさんはお嬢様とは違う意味で少しもじっとしていないので、俺はいつもハラハラしっぱなしです」

「そうなの。ミアはいつも何かしら動き回っているのよ」


 言いながらキャロラインは二人を見て目を細めた。この夫婦はいつまで経ってもお互いをミアさん、キリさんと呼ぶ。何だかそれがお互い尊敬しあっているのだという事が見て取れて嬉しいキャロラインだ。


「無茶ばかりしていたら、お父さんとお母さんに言いつけますよ?」

「う……そ、それは勘弁してください」


 ミアの両親は今はもうミアよりもキリである。双子が生まれた時もキリにそっくりな事に一番に喜んだ二人だ。本当に失礼である!


 何よりも家事全般を不器用なミアに代わってほとんどキリがこなしていると聞いて驚かれてしまった。


 シュンと項垂れたミアの頭をキリは軽く撫でて言った。


「冗談です。でも、無茶は止めてください、お願いですから」

「……はい」


 思いがけないキリの優しい声にミアが頬を染めていると、仲間たちが続々と集まって来た。


「ノア、この間言ってた大きい商店の話なんですが――」

「アラン様、駄目だよ。今日はお仕事の話は無しでしょ?」


 やってくるなり仕事の話をしだそうとしたアランを止めたのは、すっかり大きくなったチビアリスだ。


 チビアリスは最初の頃とは比べ物にならない程綺麗になった。おまけにその尋常じゃない魔力はアランにも匹敵すると知って、それこそひっきりなしにあちこちから養子にしたいという声が上がったらしく、クラーク家は全力を上げてそれを阻止した。


 それが駄目ならせめてうちの子と結婚を……と早い段階で結婚の申し出も多数あったようで、それに慌てたアランがチビアリスに告白をして、現在お付き合い中の二人である。


 結婚まではあと一歩という所だろう。


「アラン、その話はまたゆっくりしよう。あと病院の話もね」

「ええ! さ、アリス。行きましょうか。早目に行かないとアリスの好きなおでんが無くなりますよ」

「え! ノア様、先に広場に行っててもいい?」

「もちろん。あ、お皿はアランに持ってもらうんだよ?」


 ノアがからかい交じりに言うと、チビアリスはイー! っと顔を歪めて楽しそうにアランと共に広場に行ってしまう。


「仲が良さそうで何よりだな」


 広場に向かう二人を腕組しながら言うルイスの後ろから、すっかり大きくなったレスターの声が聞こえてきた。


「ルイス様ー! カイン様ー! ノアー!」

「レスター! 久しぶりじゃないか! 最近全然連絡も寄越さず、一体何をしていたんだ!」


 振り返ったルイスは駆け寄って来たレスターを抱きしめて早口で言った。もう身長はさほど自分と変わらないが、それでもレスターの事は今でも我が子の様に孫の様に可愛がるルイスである。


「レスター! 久しぶりね! また少し大きくなったんじゃないの?」

「キャロライン様! いえ、流石にもう背は伸びませんよ!」


 レスターはそう言って隣にぴったりと並ぶヴァイスの頭を撫でた。ヴァイスの背中には小さな女の子が乗っている。そしてその後ろからヴァイスの子供達がゾロゾロとついて来ていた。

「大きくなったわね、スイ。瞳の色がレスターとそっくりだわ!」


 キャロラインはヴァイスの背中の女の子を抱き上げて嬉しそうにその顔を覗き込む。瞳の色がレスターと同じ、見事なアースカラーだ。


「レスター! スイのおむつ忘れてるぞ!」

「え! ごめん、ついはしゃいじゃった!」


 そう言って笑うレスターに、しょうがないなぁと言って笑うのは、飛べる様になったロトだ。その後ろからカライスも大荷物を持ってやってくる。


「皆、久しぶりだ。これ、土産」


 カライスから受け取ったのはエントマハンター達が丹精込めて作った野菜たちである。ノアはそれをお礼を言って受け取ると、ヴァイスに頼んで屋台に運んでもらった。


「ところでレスター王子、奥さんは? 相変わらずなの?」


 四人だけでやってきたレスターを見てノアが言うと、レスターはおかしそうに肩を竦めて笑ってみせた。


「相変わらずです。今頃やっとドレスが決まった頃じゃないかな」

「ほんっとうにルウはいつまでも変わらない! あいつ、三日前からずっとああなんだぞ! 何とか言ってやってくれ」

「変わらないのはロトもだろ。ルウには何でも早目に知らせてある。多分、もうすぐ来ると思う」

「そっか。二人が結婚するって言いだした時はどうなる事かと思ったけど、楽しそうだね」

「はい!」

「いや、あれはもう完全に押しかけ女房……」

「レスターに結婚を迫った時のルウが一番迫力あった……」

「二人とも、僕はちゃんとルウが好きだから結婚したんだよ? 押しかけ女房でも何でも、君達が居たから僕はこうやって笑ってられるんだ。誰が欠けても駄目だったんだ。それにルウぐらいだよ、こんな僕がいいって言ってくれるのは」


 そう言ってレスターが笑うと、それを聞いていたその場に居た全員が黙り込んだ。それは違う、と。


 ルウの牽制が凄すぎて誰もレスターにアタック出来なかっただけである。


 けれどレスターは本気でそう思い込んでいるし、それを知ったとしても僕の為にそこまでしてくれるのはルウだけだ! なんて言い出しそうで皆口にはしなかった。


 結局の所、レスターもレスターでいつの間にかルウの事が気になっていたのだろう。そういう事にしておく。


「何にしてもルウが来るのはもう少し先ね、きっと」

「はい、多分。だから先に始めてしまいましょう! ところでアリスは?」

「ああ、うん。いつも通りだよ」


 ノアはそう言って森を指さす。それを見てレスター達は納得したように笑ってスイをキャロラインから受け取って広場に向かった。


「よー! 居ないなと思ったら、皆ここに居たんだな!」

「ダニエル、あんたエマが怒ってたよ! また勝手に販路増やしたんだって? そういうのこっちにまず相談してよね!」

「わりぃわりぃ。東の奥の方に誰も行かないからさ、泣きつかれちまったんだよ!」


 ダニエルは悪びれる事もなく頭に手を当てて笑っている。そんなダニエルを見てリアンは眉を吊り上げて何か言おうとした所にライラが止めに入って来た。


「まぁまぁ、リー君。ダニエルもきっと何か考えがあったのよ。でなきゃそんな勝手な事何回も何回もしないわよ。相当におバカじゃないなら」

「お、おう……わりぃ」

「……ライラ……」


 いつも一番無自覚に相手にダメージを食らわせるおっとり毒舌ライラは今もなお健在である。それが一切利かないのが唯一アリスなのだ。今も昔も。


「ところでエマはどうしたんだ?」

「広場でマリー達と話し込んでたぜ。キャシーのミルクがどうのこうの言ってたから、何か思いついたんじゃね?」

「なるほど。娘ちゃんは?」


 カインが言うと、ダニエルは肩を竦めて広場に視線を移した。するとそこには他の子供達と何故かレスターに教鞭を執るダニエルとエマの一人娘、アリアが居る。


「流石商売人の娘だね。しっかりしてるわ」


 集まった子供達に仕事とはどうあるべきかを大声で説いているアリアを見てカインは思わず吹き出した。


「誰に似たんだかなぁ」

「いや、間違いなくエマでしょ。あんたに似なくて良かったよ、ほんと」

「それは言えてる」


 リアンの言葉に全員が頷くと、ダニエルはバツが悪そうにさっさと広場に退散してしまった。

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