第五百二十一話 それぞれの想い

 全員を並ばせてアリスが思わず拝んでいると、ノアが苦笑いを浮かべて言った。


「アリスは? アリスは誰の隣なの?」


 その言葉にアリスは顔を輝かせて走り出し、ノアに飛びつく。


「もちろん、兄さまの隣だよ!」

「うん、いい子」

「これはいいですね! 皆さん、はい、こっち見てください!」


 そう言ってスマホを掲げたのは、ロビンだ。嬉しそうに全員を写真に収め、ホクホクして言った。


「これを大きな絵にしてもらいましょう! それにしても華やかですね! ああ、でも一番の功労者、ドンちゃん達も動物たちも居ないなんて!」

「親父、また後で庭で撮ろうな。全員で」

「ああ、そうだな。それじゃあ皆、準備はいいかな? そろそろ移動しよう」


 ロビンに案内されるがままに城の長い廊下を歩いていると、アリスがお腹を押さえながら苦しそうに言った。


「兄さま、コルセットちょっと緩めてもいい? もう限界だよぉ」


 野山を駆けまわる体力はあるが、パーティーにはめっぽう弱いアリスが弱音を吐くと、ノアは苦笑いを浮かべて首を振る。


「もう少しだけ我慢して、アリス。ご飯食べる時になったら緩めていいから」

「む~……分かった。ねぇ、これから何するの?」

「これから王様が僕達の功績を称えてくれるの。勲章もらったりとか爵位上げてもらったりとかそういうのだよ。その後パレードだね」

「う~ん。それなら私、お菓子一生分とかの方が嬉しいなぁ」


 真顔でそんな事を言うアリスに、キリの冷たい視線が突き刺さる。


「お嬢様、どこの世界に功績を称えてお菓子一生分くれる王様が居るんですか。誰もついてきませんよ、そんな王様」


 そんなやりとりを聞いていたキャロラインが、クスリと笑みを漏らす。


「あなた達は本当にどこへ行っても変わらないわね。少しその度胸が羨ましいわ」

「全くだな。俺は今から何か粗相しないかヒヤヒヤしていると言うのに!」

「俺でも緊張するよ」


 ブルリと震えたルイスとキャロラインとカインを見て、仲間たちはゴクリと息を飲む。そんな中、バセット家だけはいつも通りだ。


 

 こんな風に王の前に立つのは、謁見の時以来だ。ノアはそんな事を考えながら頭を下げていた。流石のアリスも今はじっとしている。


 キリはこの部屋に入る前にアリスに言った。


『いいですか、お嬢様。お嬢様は一言も口を利かないでください。いいですね? 絶対に! 口を利かないでくださいね!』


 そのあまりの迫力にアリスは無言で頷き、大人しくノアの隣で頭を下げている。


 謁見の間に入ると、中央の一段高くなった所にはルカが。そしてその隣にはシャルルが正装で座っている。


 生憎シャルとオリジナルアリスとシエラは部屋でお留守番だ。あの三人はパレードとこの後のパーティーにだけ参加予定である。


 物々しい雰囲気に仲間たちは圧倒されていた。そして、ルカと椅子を並べて座るシャルルを見て、改めてシャルルは大公なんだなと実感する。


「皆、頭を上げよ。此度は、そなた達の功績を称える為に集まってもらった。忙しい中、全員が欠ける事無く集まってくれた事に感謝する」

「私からも、お礼を言わせてください。皆さん、よくやってくれました。そして何よりも、この島を守り抜いてくれた事、感謝いたします」

「……ありがたきお言葉、感謝いたします」


 凛としたシャルルの言葉に、ルイスが代表して返す。


 その途端、仲間たちの肩から何故か力が抜けた。別に魔法をかけられていた訳ではないが、何となく仲間の一人があちら側だと思うと安心したのだ。


「では始めようか。まずはルイス・キングストン。そなたは王子という立場にありながら、下位貴族の立場や意見を守り続けた。決して否定せず、常に仲間たちを支えたと聞いている。よって、ここに勲章を授ける」

「ありがとうございます」


 ルカが言うと、ロビンがすかさず横から出て来てルイスに勲章を差し出した。それを受け取り、ルイスはもう一度頭を下げて一歩下がった。


 ルイスは今までの事を思い出していた。もうじきルイスは王になる。


 王の仕事は誰も殺さない事だと言ったノアの言葉は、今もずっとルイスの心に刻み込まれている。戦争が終わり、これからルーデリアの未来を守るのはルイスの仕事だ。その時、ここに居る仲間たちに胸を張れる自分でいたい。


「次にキャロライン・オーグ。そなたは今や、どこへ行っても聖女と名高い。その振る舞いは、正に聖女であったとあちこちから私の耳にも届いている。誰に対しても決して奢らず、平等に分け隔てなく行動したからこその聖女という異名だろう。何よりもそなたは豊かな心と視野を持って、あらゆる危機を乗り越えた。そしてよくぞ今までルイスを支えてくれた。感謝する。よって、ここに勲章を授ける」


 その言葉を聞いて、キャロラインはじわりと涙を浮かべた。そんな風に想ってくれていたのか、ルカは。


 最初は悪役令嬢だった。それを半ば無理やり聖女に仕立て上げられたキャロラインだが、不思議なもので色んな土地に行き色んな立場の人達と交流した事で、気づけば自分から進んでああしたい、こうしたいと思う様になっていた。どうすれば皆を守れるのか、どうすれば皆が笑えるのか、そればかりを考えていたのだ。


 それは、公爵家の令嬢だからではない。次期王妃だからでもない。キャロライン・オーグが本当にしたかった事が、ようやく分かっただけだったのだ。


「次に、カイン・ライト。そなたは多くの作戦を、ノア・バセットと共に立ててくれていたと聞く。そなたが居なければ、恐らくここまで事は上手く運ばなかっただろう。用心深く周りを観察するのは、流石次期宰相である。そなたが居れば、この国は安泰だろう。これからもルイスの右腕となり、彼を、国を支えてやってくれ。ここに勲章を授ける」

「ありがとうございます」


 カインは深々と頭を下げながらノアに食って掛かった日から今日までを思い出していた。


『いつか手の平返しそうで怖いね』


 ノアのあの一言が、どれほどカインの心を揺さぶっただろう。そうはなりたくないと思う自分と、そうなってしまうかも知れない自分が、ずっと共存していた。


 けれど、今ならはっきり言える。ルイス以外の元では働きたくない。働かない、と。ようやくそんな自分になれた事に何よりもカインは胸を張りたかった。


「次に、アラン・クラーク。そなたはその強大な魔力をただの一度も自分の為には使わなかった。全ては誰かの為だったと聞く。それは何よりもクラーク家に受け継がれるべきものである。そなたはそれを守り、戦の場ではその力をこの島全土の為に遺憾なく発揮した。私は、そなたのような魔導士がこの国に居る事を誇りに思う。ここに、勲章を授けよう」

「ありがとうございます」


 アランは勲章を受け取って、家で待つ両親やチビアリスを思った。


 手枷と口枷を嵌められて過ごした幼少期。フードが無ければ話せなかった学生時代。それがいつの間に素顔を晒してもいいと思えるようになったのか、自分でもよく分からない。


 ループが始まりアリスと出会い、恋をして。それでも今思い返せば、あれも今のアランを形作る重要な時間だったのだろうと、素直に思えた。


「リアン・チャップマン。怒らないで聞いて欲しい。私ははっきり言って、どうして君がこのメンバーの中に居るのか、ずっと理解が出来なかった。飛びぬけて成績が良い訳ではない。家柄が特別良い訳でもない。それなのにルイスが君をいつも褒める。何故だろうとずっと思っていた。けれど、最後の戦いを終えてようやく分かった。君の存在は、このメンバーには必要不可欠だったという事が。個々の力を発揮出来ない彼らをずっとまとめていたのが、君だったのだな。よって、君に勲章を授けよう」

「ありがたいお言葉ですが、この勲章、僕は辞退させてください」

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