第五百十三話 女王とメイドの罰
崖下では仲間たちが手伝ってくれた妖精達に挨拶をしに行っている。
「お嬢様は私が担ぎます。俺達も行きましょう」
牢にギュウギュウに敵兵を詰め込むのを手伝っていたキリが、キャロラインの膝からアリスを肩に担ぎ上げて言うと、ノアもキャロラインも頷いて立ち上がった。
崖下には仲間たちと、一緒に戦ってくれた妖精達の他にも沢山の妖精達が集まってきていた。皆、涙を流し抱き合ってお互いを称え合っている。
「ノア! キャロライン! アリスはどうだ⁉」
ルイスが駆け寄ってきて二人を見たが、二人は肩を竦めてチラリと後ろのキリを見た。キリの肩にはがっつりアリスが担がれている。まるで小麦粉でも運んでいるかのようだ。
「お、おお……そ、そんな運び方してやるなよ」
「いえ、お嬢様は一度寝てしまえばどんな運び方をされようと目覚めないので大丈夫です」
「そ、そうか」
一応、今回の一番の功労者だと言うのに何たる仕打ちだ。そう思わないでもないが、ルイスは大口を開けて寝るアリスを見てすぐに首を振った。
まぁアリスだしいっか、と。
すると、小さな妖精達がどこから持ってきたのか綺麗な布を地面に敷いてアリスをここに寝かせろと言ってくる。
皆もまたアリスに礼を言いたいのだろうとキリがそこにアリスを下ろすと、待ってましたとばかりに妖精達が次々にどこから持ってきたのかアリスに花を乗せていく。
最初はその様子をおかしそうに見ていた仲間たちだったが、いよいよドラゴン達までもがアリスの側に花を添えて手を合わせだした所でリアンが青ざめて突っ込んだ。
「死んでないよ⁉ 何で今、手合わせたの⁉」
「ギュ?」
「ギュ? じゃないよ! 止めてよ! 色々思い出しちゃうんだから!」
まだ忘れられないノアの死は最早リアンのトラウマだ。
「まぁまぁ、リー君。人間と違って妖精達は別に弔いの為にこんな事してる訳じゃないですよ。これは彼らなりの感謝なんです。それを、いつしか人が死んだときに真似るようになったんですよ」
「ややっこしいよ!」
ははは! と笑うシャルルにリアンが言うと、あちこちから笑い声が起きた。
そこに、アメリアとエミリーを乗せた囚人馬車と共にルカとロビンとヘンリー、そして妖精王がやってきたことで、和やかな空気が途端に引き締まる。
「この者達の処分をお前達と妖精達に任せようと思う」
突然の言葉にルイスとカインは目を丸くして思わずルカを二度見した。
「ルカ達と話し合った結果です。今回の事は、大半があなた達の功績でした。そして誰よりも彼女達に恨みを募らせているのは、我々ではなく妖精達でしょう。なので、妖精王と妖精達と共に、この者達の処分を決めてください。我々はそれに従います」
ロビンが言うと、シャルルも胸に手を当てて頭を下げた。
「私もその決定に従います。どうされますか? 妖精王」
「ふむ……妖精は本来どれほど酷い目に遭っても仕返しをしたりはせぬ。というのも、そんな事を考えている時間が無駄だと考えるからだ。友たちよ、この者達の処分はどうすればいいと思う?」
はっきり言って何も思い浮かばない妖精王である。というよりも、同胞を狩られたという怒りはもちろんあるが、アメリアやエミリーに怒りの矛先を向けた所で消えた者は戻りはしないのだ。
怒りに任せて処分などしていたら、あっという間にこの星は滅ぶ。
妖精王の言葉に仲間たちが全員考え込んでいる中、ノアが何か思いついたように口を開いた。
「二人はこの先どうしたいの? どうして欲しい?」
「か、帰してちょうだい! 私達を外の世界に!」
「でも、元の世界に戻ったらまた兵士集めて攻めてこようとしない? それに、妖精をまた狩ったりとかさ」
「もう二度とここには戻らないわ! 妖精にも手は出さない!」
突然のノアの問いかけにアメリアが叫んだ。それを聞いて妖精王は、ふむ、と頷く。
その顔を見てアメリアもエミリーも内心ではほくそ笑んでいた。素直で純粋な妖精は、アメリアが言った通り知恵が無い。それは決して頭が悪いという事ではない。ただ、悪だくみをするのが下手なのだ。
ノアにしてもそうだ。思っていたよりも馬鹿ではなかったようだが、やはり身内には甘い。所詮は子供だ。
「そ、そうです! もう二度とこちらには来ません! 向こうへ戻ったら、神に一生を捧げます! 妖精にも手は出しません!」
アメリアの意図を読んだエミリーが言うと、それを聞いたノアがニコッと笑った。
その笑顔を見て仲間たちは引きつるが、まだアメリアとエミリーはノアを信じているようで、その顔を見て馬鹿正直に喜んでいる。
「いいんじゃない? 帰してあげれば。その代わり、もう二度とこちらには来られないっていうのと、妖精には手を出せないような魔法をかければいいと思うな。妖精王、二人は自らそれを願ったんだから、そういう魔法、かけられるよね?」
「そうだな。自ら願いを口にしたものな」
ノアの言葉に妖精王は、少年とは思えないほど意地悪な笑みを浮かべてアメリアとエミリーを見て何かを唱えた。
二人が、しまった! と思った時には遅かった。突然おでこが熱くなり、すぐさま何事もなかったかのように落ち着く。
「お前達と契約をしたぞ。自ら自分達を罰するとは、なかなか根性があるじゃないか! 契約を違えればそれはすぐに発動し、お前達の命を奪うだろう。しかと心に刻め。それで、こいつらを帰すのか?」
妖精王が言うと、ノアはコクリと頷いた。
「もちろん、フェアリーサークルを通ってもらってね」
それを聞いた途端、妖精王は何かを理解したかのように声を出して笑った。
「なるほど! それほどこいつらにぴったりな刑はないな! 取り上げた羽を返してやるがいい」
「……帰すの?」
不満気なフィルマメントにルカ達も納得いかなさそうに顔を顰めたが、仲間たちは分かっていた。ノアと妖精王とシャルがこんな顔をしているという事は、きっとろくな事を考えていないだろうという事を。
アメリアとエミリーは顔を輝かせて返してもらった羽を握りしめて牢の入り口の取り合いをしている。互いを口汚く罵り合う様は、とてもでないが聖女からは程遠い。
「さあ戻れ! お前達の世界に帰るが良い!」
妖精王が言うと、ロビンが囚人馬車の扉を開けた。その途端にアメリアとエミリーは同時に牢を飛び出し、我先にと返してもらった羽でフェアリーサークルを作ってくぐろうとする。
「さよなら、アメリア、エミリー。元気でね?」
そう言ってにっこり笑ったノアに、エミリーはこの期に及んでまだ頬を染めているが、アメリアはフンと鼻で笑った。
「あなたもね。覚えてらっしゃい。必ずこの借りは返すわ」
「そう? まぁ、頑張って」
ひらひらと笑顔で手を振ったノアを見て、アメリアとエミリーはフェアリーサークルをくぐって消えて行った。
事情を知らない王達や妖精達は不服顔だ。そんな中、リアンがノアを呆れた目で見て言った。
「で、種明かしは?」
「ん? ああ、今ね、人間がフェアリーサークルを通ると皆、お年寄りになっちゃうプレゼントがついてるんだよ」
「どういう事?」
「そのまんだよ。無理やりフェアリーサークルをくぐったら一律で五十歳ぐらい年取っちゃうの」
それを聞いて仲間たちはおろか、王達も青ざめた。
「え……じゃ、じゃあ、あの二人……」
「そ! あっちについたらおばあちゃんだよ。そんなおばあちゃんがさ、自分はアメリアとエミリーだって言ったって、誰が信じる?」
「……信じない……ね」
「でしょ?」
ニコッと笑ったノアにカインは何かを思い出したかのように声を上げた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます