第五百十一話 因果応報

 その声に兵士たちは何かに気付いたように足元を見た。知らぬ間に男達の足元にはひたひたと水が押し寄せている。


 次第に流れがきつくなり、立っているのがやっとだという時に、正面から大きな波が高い壁になって押し寄せてきた。それを見た兵士たちは急いで崖に登り逃げようとするが、崖から飛び出る無数の手を見て悲鳴を上げる。


 土の妖精達が崖から、今まさにゴーレムに姿を変えて這い出て来ようとしていたのだ。


「何なんだ! 一体どうなってるんだ⁉」

「何で俺達がこんな目に遭うんだ!」


 兵士たちは逃げ惑いながら叫んだ。


 すると、それを聞いてパパベアに乗って暴れていたアリスがキレた。


 その怒鳴り声は、比喩ではなく大地を揺らす。


「お前達が妖精狩りとか言ってしてきた事と同じだろーが! あんた達はこうやってずっとずっと弱い者を虐めて来た! 同じ事されて文句言うとか、お門違いなんだよ!」


 アリスの言葉を聞いて、様々な場所から声が上がった。妖精はもちろん、動物もドラゴン達も声を上げる。


「皆! いっけぇぇぇ!」

「うおぉぉぉぉぉ!」


 地響きのような叫び声に敵兵は焦った。早く逃げなければ。外に戻って体勢を整えてからもう一度策を練り直さなければ勝ち目はない。


 そう判断した敵兵の隊長は、どうにか森の中に逃げてフェアリーサークルを探した。


 アメリアが開けたフェアリーサークルはとっくに塞がれてしまったので、予備にこっそり作っておいて良かった。そんな事を考えながらフェアリーサークルを探すが、いくら探してもフェアリーサークルは見つからない。


「もしかして、外に繋がるフェアリーサークルを探してる?」

「! お前……レヴィウスの……第四王子か」

「よく分かったね! ああ、肖像画を見たのか。それよりも、君が作ったフェアリーサークルはエミリーがとっくに僕に場所を教えてくれてね? 妖精のお姫様に塞いでもらったよ」

「なん……だと⁉ あの女……くそっ!」


 隊長はそう言って隠し持っていた妖精の羽根を乱暴にポケットから取り出すと、千切って自分の周りに撒いた。これが最後の羽根だった。


 これが無ければ向こうに戻ったら年を取るか若返る。散々実験した結果、年齢の振り幅はおよそ十歳程度だ。たまに物凄く若返る事もあるようだが、それは稀だ。男はまだ若かった。少々年老いても若返ってもさして支障はない。そう踏んだのだ。


「残念だったなぁ、王子様。こちとらあんたみたいに、のほほんと生きてきてねぇんだよ。じゃあな。また近いうち会おうぜ」


 隊長はそう言ってニヤニヤ笑みを浮かべて自分で作ったフェアリーサークルに足を踏み入れた。それと同時に眩暈に似た感じがして、目を瞑り笑みを漏らす。


 外の世界に出たらまずはこの事を全て教会に報告しなくてはならない。


 妖精達とあの兵器みたいな少女と物凄い魔力の青年をどうにかしない事には勝ち目はないだろう。ここはじっくりと策を練ってから……。


 男はそんな事を考えながらようやく収まった眩暈に頭を押さえて目を開けて息を飲んだ。目の前にはまだ、レヴィウスの王子が腕を組んだ状態で立っていたからだ。


「な……なん……で……」

「何でって、ここまでしてきたのに僕達が何の対策もしてないと思ってる? ていうか、第二陣が来るまで僕達が待っていた、とは考えないの?」

「……は?」

「こちらにはどれだけの兵士がやってきても勝てると思えるぐらいの戦力があった。だからあえて、アメリアを泳がせて外の勇者と連携して君達教会の力を二分させる。そして君達がこちらにやってきたのを見計らってこの戦場を閉じてもらったんだよ。ここからは妖精王の許可なしには出られない。もしも無理やりフェアリーサークルを通ろうとすれば、君みたいになるよ」


 エミリーから話を聞いて、ノア達は急いで作戦を練りなおした。教会の連中が外からやってくるのあれば都合がいい。あえてやってくるまで待って、そこを一気に叩く。こちらにはまだ到着していない仲間たちが沢山居る。


 それを信じようと言ったのは他の誰でもない、ノアだ。


 支倉乃亜の頃からは考えられないような思考だが、今の自分はノア・バセットで、あの頃の自分とは違って心から信頼できる仲間が沢山いるのだから。


「俺……みたいに?」


 王子が何を言ってるのか分からず自分の手を見た隊長はギョッとした。


「な、なんだこれ! なんだよ、これぇ!!!」


 手がシワシワだ。慌てて顔を触ると、目は落ちくぼみ頬もだらしなく垂れ下がっているのが分かる。何よりも乾燥してカサついた肌に、体のあちこちが痛む。慌てて歩き出そうとすると、何もない場所で躓いて転んでしまった。


「どうせフェアリーサークルをくぐっても精々十歳程度しか変わらない。だから大丈夫、だとか思ってたんでしょ? でもねぇ、それは妖精王の善意だったんだよ? 本来フェアリーサークルを妖精以外が通るって事は、体に相当の負担がかかる。それを今まで妖精王が最小限に押さえていてくれたんだよ。だからね、それを解いてもらったんだ。妖精王は喜んでたよ。これで面倒な事をしなくて済むってね。ついでに今までは若返るか年を取るかどっちかだったけど、これからは年を取る一択にするんだってさ。これからそんなに君の未来は残ってないだろうけど、少しでも幸せが訪れるといいね、おじいさん」


 ノアはそう言ってまだ唖然としている隊長を見下ろしてニコッと笑ってその場を立ち去った。

 


「アリス、本気出していいですよ」

「本気って言ったって、私もそろそろお腹減って――」

「いえいえ、あなたはまだまだ動けますよ」


 覆面を大量にばら撒いたシャルが降りて来て言うと、アリスの肩をポンと叩いた。それと同時にアリスの頭の中はまるで霞でもかかったかのようにぼんやりする。


 目の前には大量のゴリラの群れだ。


「敵ゴリラと味方ゴリラ……」

「そうそう。敵ゴリラはどうするんでしたっけ?」

「敵ゴリラ……悪いゴリラ……悪者……倒す……」

「そうですね。では、頑張って倒しましょう! ほら、ゴー!」

「おう!」


 アリスはパパベアから降りて剣を構えて走り出した。そんなアリスを見たシャルはさっさと天幕に戻っておかしそうに肩を揺らして笑う。


「単純ですねぇ」

「ちょっと止めてくれる? アリスで遊ぶの」

「ノア、戻ったんですか。どうでした? 案の定逃げようとしてたでしょ?」

「まぁね。おじいちゃんになったから、余命長くないけどがんばってって言っといた」


 肩を竦めたノアを見てシャルも笑う。そんな笑い方は二人ともそっくりだ。


「ね、ねぇ、あの子……あれ、大丈夫なの……?」


 一番に避難させられたキャロラインが戦場を見下ろしながら言うと、隣でそれを見ていた仲間たちも青ざめて頷いた。


「大丈夫ですよ。まだまだあんなものじゃないはずです。ねぇシャルル?」

「え⁉ わ、私に聞きます⁉」

「だって、あなたでしょ? アリスのステータス弄ったの。あのステータスのマックスは素手でそうですね……城ぐらい壊せるんじゃないですかね」

「え⁉」


 その一言にその場に居た全員が凍りついた。


 ノアなど本気でシャルルを睨みつけているし、シャルルからしてもステータスのマックス値がどれぐらいかなんて知らなかったのだから、そんなに睨まれてもどうしようもない。


「あ、でも動き鈍って来たよ。よしダニエル、あれちょうだい」

「お、おう。こんなもんどうすんだ?」

「こうするの! アリスーーーーーー! 受け取れぇぇぇぇぇぇ!」


 そう言ってリアンは崖下で暴れるアリスめがけて何かを投げた。

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